深き水

4.不幸な捜査員達


熱風に小刻み揺れる黄色いテープ、黒い文字が目に入る「Keep Out」、警察だ…
畳の部屋を土足で無遠慮に歩き回る、もっとも、畳は殆ど見えない部屋だが。

年配の小太りの捜査員らしき男が指示を出し、回りで鑑識らしき男達が2人で写真を取っている。
「汚い部屋だ、全く…」「ゴミタメだな…」
身も蓋もない感想を口にしながら、てきぱき写真を取っているが、ゴミの写真集になることは間違いない。
部屋の中央、万年床の上に、パンツをはいたミイラが寝ている。
手が宙を掴み、口が開いていている。
悟りを開いた即身成仏ではなさそうだ。

朝、目覚ましがやかましいという隣人の苦情で、大家がやって来てこれを発見した。
大騒ぎの後、警察が呼ばれた。
近所の聞き込みの結果、前日に部屋の住人が目撃されていた事がわかり、このミイラは住人以外の人間に違いないとされた。
そして、部屋の住人と連絡が取れない事、昨日今日は勤務先に出勤していない事も確認された。
後はお定まりの手続き、消えた住人を重要参考人として探し、このミイラが誰か聞き出す事になる。

「ぶはっ…なんだこりゃ…」「どうした…」「このミイラのパンツ汚れてますよ…あれで…」
その場にいた全員が渋面を作る…
何があったにしても、最低の事件になることは間違いない。
「おい、ミイラは警察病院で解剖…それと…」
玄関から手帳を持った若い男が入ってくる…
「山さん、住人の身元確認とれました」
「おぅ。で、何かでたか」「大家の申告で間違いないそうです、傷害で逮捕歴がありました」
「ふん、なら指紋が割れるな。鑑識残して引き上げるぞ」「そりゃあんまり…」
「これを尋問するわけにもいかんだろうが」言ってミイラを指差す。
「しっかり仕事しろよ」言い残して去っていく2人の捜査員…

表にでると、日差しが強烈だ、汗をぬぐう…
「こっちがミイラになりそうだ…」「全く…?…」
警察の張ったテープの所にちょっとした人だかりができている、携帯でビデオや写真を取っている連中がいる、TV屋はきていない。
その向こうに、赤い麦わら帽子のがこちらをじっと見ていた、でかいサングラスをかけ、辛子色のTシャツ、タイトな皮スカタート。
顔が良く見えないが、見事な胸の張り、かなりの美人と見た、黒く長い髪が印象的だ…妙に引かれる…
彼女は昨夜、このアパートの屋根の上にいたのだが、『川の字』が知る由もなかった。
「おい!川の字!引き上げるぞ…」『山さん』に呼ばれ、若い捜査員は慌てて後を追いかける。

翌日、警察にとって予想外の事実が判明する。
「部屋の住人!?ミイラがか、ばかをいうな!おとといまでピンピンしていた奴が、1日でミイラになったというのかよ」
山さんが鑑識課員を怒鳴りつけている…
「すみません、念のため照合したんですが、指紋が一致したんですよ」淡々と告げる鑑識課員。
「ばかな、照合間違いじゃないのか!大体ミイラからまともな指紋が取れるのかよ…」
だが、鑑識課員は強情だった、今のところ全ての調査結果がミイラ=部屋の住人という事を示している。

『山さん』は暗澹たる思いだった…確かなのはこのくそ暑い中、訳のわからん変死事件を調べる羽目になったという事だけだ。
「おい、川の字…どう思う…」「双子ってことは…」「おう!それだ、それらなら説明が…」
「つきません」無情に鑑識課員が言う「指紋は双子でもクローンでも違います」
「おめぇ、ろくな死に方せんぞ…」『山さん』がげそっとして言う。
「よく言われます」しれっとしている鑑識課員。

「どうします…」これは『川の字』。
「今のところは変死体があっただけだ、まだ刑事事件じゃないが…」
「でも警察の仕事ですよ、生きたままミイラになったのか、死体をミイラにしたのか…まずそれから確認しないと…」
「うーむ…取り合えず、職場と大家、隣の聞き込みをもう一度、それとお前!」鑑識課員を指差す。
「何でしょう?」
「ミイラの死因が判明したら連絡してくれ。それと、1日で生きた人間にしろ死体にしろミイラになる方法を調べとけ!」
「物理的に不可能ではないかと…どうやってもミイラが損壊すると思いますよ…」
「その不可能が起こったんだろうが…まてよ、ということはその方法さえわかれば解決に大きく近づくはずだな」
「方法がわからないから厄介ごとになっているのでは?」つっこんだのは鑑識課員
「…行くぞ、川の字」憮然とする『山さん』。

署を出て行く2人。
鑑識課員はそれを見送り、悠然と麦茶を飲み、ほっと一息つく…
「がんばって…多分迷宮入りですよこりゃ…」


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