悪魔と魔女とサキュバスと

第四 決戦 Feb祭前夜(8)


 「ハックショーン!!!! ハックショーン!!!!」

 ミスティのくしゃみは止まる気配がない。 他人のくしゃみをかぶって嬉しいはずもなく、サキュバス女生徒達は

顔をしかめつつ、ミスティのくしゃみから逃げ回っている。

 「雰囲気だいなし」

 「ほんと……あれ?」

 エミと麻美は、腕組みをしてその様子を眺めていたが、女生徒達の様子がおかしいのに気が付いた。 一人、また

一人と倒れていく。

 「エミさん、あれ」

 麻美とエミは、倒れた女生徒の一人に近寄った。 赤い顔で荒い息をして地面に倒れている。 

 「……」

 エミは彼女の脇に膝をつき、警戒しながら額に手を当てる。

 「ひどい熱だわ」

 「え!? 風邪をうつされたの!?」 

 「馬鹿言わないで。 この子たちが悪魔っ子に会ったのは、ついさっきなのよ」

 「でも……」

 麻美が指差す方向を見ると、もはや立っているのは大河内マリアただ一人。

 「ナニヲ……したの……」

 マリアは苦しそうに呟き、次いで地に伏した。 倒れたマリアの角と尻尾、翼が小さく縮んでいく。

 「ね、確か病気って悪魔の仕業とか言われてたのよね……」

 「やめなさい」

 エミはくしゃみを続けるミスティを凝視する。

 「しゃれにならないから」


 「マッテェェェ!!」

 「トメテェェェェ……レレ? ソージューキ!」

 ”その言い方やめなさい!”

 『バオバブ』状態のスライムタンズは、エミからの『リンク』が張られたのを感じていた。

 ”あららら、感覚をリンクしたらこっちも目が回りそう…… スライムタンズ、男の子たちは?”

 「巻キ込ンデ、目玉ガグールグル」

 ”目を回しているのね、私の呼ぶ方に来なさい。 操縦してあげるから” 

 「リョーカイ!」

 暴走していた『バオバブ』は突如向きを変え、マジステール大学の正門から校内に突進した。 メイドンガーで

後を追っているスーチャンが、そして川上刑事達のパトカーが続く。

 「山さん!丸太ん坊が」

 「まじいな校内に入っちまった。 中には『ジョーカー』やマリア嬢ちゃん達がいるはずだ」 

 その時、車載の警察無線が鳴った。

 『酔天宮4、聞こえる? 大学の辺りでロボットの暴走している通報があったの。 警邏中のパトカーをそちらに

向かわせたわ。 合流して』

 「何ぃ!」

 耳を澄ませば、パトカーの警報音がこだまのように聞こえてくる。

 「……山さん」

 山野辺刑事と川上刑事は顔を見合わせた。


 「トーチャーク!!」

 地響きを立て『バオバブ』が止まった。 固い木の幹に見えた物が、緑色の半透明のゼリー状に変わり、中に巻き

込んでいた男子生徒たちを解放する。

 「見事に目を回しているわね」

 「ほんと」

 「ハックショーン!!!!」 

 サキュバス女生徒達を全滅させたミスティが戻ってきて、今度は男子生徒たち目がけてくしゃみをしている。 よろよろ

しながら立ち上がった者も、ミスティのくしゃみの直撃を受けると、バッタリ倒れて動かなくなる。

 「やめなさいよ。 みんな病院送りにする気なの」

 「そうか、その手があったわね」

 エミが妙なことを言い、麻美が驚きの表情を見せた。

 「像は破壊したから、時間がたてばこの子達は人に戻るかもしれないわ。 このまま動けない状態にして入院させれば、

その時間が稼げるかも」

 「そ、そうなの?」

 エミは首を縦に振った。

 「熱がひどいし、一週間は身動きできないし、病院から出られないと思うわ」

 「……いいのかな」

 麻美がぐるりと首をめぐらした。 辺りに倒れている女生徒、男子生徒たちは苦しそうに咳き込んだり呻いたりしている。

 「大丈夫かな」

 麻美が首を傾けるていると、ドタドタ騒がしい足音を立て、スーチャンを頭に乗せたメイドンガーが駆け込んできた。

 「どうしたの!? それ」

 エミが驚きの声をもらした。 エミと麻美は、スーチャンが『バオバブ』を止めようと、メイドンガーを動かしていたことは

知らなかったのだ。

 「タイヘンタイヘン! ターポーターポー! イッパイ!イッパイ!」

 メイドンガーの頭の上から、スーチャンが叫んだ

 「は?」

 エミは首をかしげ、はっとして耳を澄ました。 パトカーの警報音が何重にも聞こえ、それが大きくなってくる。

 「まずい! 警察が大挙してくるわ」

 「え? そうなの」

 麻美は緊張感のない声で応じた。

 「でもお巡りさんなんでしょ? もう悪魔の像もなくなったし、問題ないんじゃ」

 「その事が問題なの! この惨状を見てごらんなさい! 音楽室には砕けた像の破片があって、貴方がハンマーと

タガネを持っているのよ!? 何と説明する気なの!?」

 「あー……えー……」

 麻美は口をパクパクさせた。

 「えーと……」

 「この場から逃げ出すのが正解……まずい」

 エミは耳をそばだて、表情を硬くする。

 「パトカーがあちこちからやって来るわ」

 街中を警邏中だったパトカーが呼び集められた結果、偶然にもマジステール大学を中心としたパトカーの網が作られ、

それが絞られつつあった。

 「飛んで逃げたら?」

 「貴方一人ぐらいなら抱えて飛べるけど、スライムタンズとスーチャンに悪魔っ子がいるのよ」

 「校舎に隠れるとか」

 「生徒がこれだけ倒れているのよ。 他に倒れている者がいないか、念入りに探し回るはずよ。 下手をすれば校舎から

二、三日でられなくなるかも」

 麻美は落ち着かない様子で辺りを見る。 校庭には、Feb祭の準備で雑多なものが溢れている。 メイドンガー、ステージ、

出店、部活動の成果発表……

 「あれ! バルーン同好会の熱気球!」

 「飛ばせるの……?」

 呟くエミを置き去りにし、麻美は熱気球に駆け寄った。

 「あっ、ガスボンベがない!!」

 「危険物だから、飛行しない時は外してあるのね」

 実は夏に体育館でガス爆発があり、それ以来、可燃物の管理が厳しくなっていたのだ。 その事件にもエミが関係して

いたのだが、それは彼女の知らないことだった。

 「どうしよう……この下に隠れようか?」

 麻美が、ナイロンのバルーンを持ち上げる。 いまや彼女の耳にもパトカーの音が大きく聞こえている。

 「!」

 エミが顔を上げた。

 「スライムタンズ集合! スーチャン!リヤカーとミスティをここに!」


 「あああ」

 「……」

 山野辺刑事と川上刑事のパトカーを先頭に、一群のパトカーがマジステール大学になだれ込んだ。 そのヘッドライトが、

倒れている生徒達を照らし出す。

 「おおっ! 大変だ」

 川上刑事達はパトカーを降りると、生徒達に駆け寄る。

 「どうした!? いかんひどい熱だ!」

 「救急車! 急げ!」

 警官たちは、生徒達をパトカーに運び介抱し始めた。 一方、ほかに倒れている者がいないかと辺りを探し回る。

 「川の字、『ジョーカー』はどうした」

 山野辺刑事が小声で川上刑事に尋ねた。

 「見当たりません。 それに丸太ん坊はどこに行ったんですかね?」

 「うむ……」

 二人は腕組みし、何気なく空を見上げた。

 「!」

 あげかけた声を飲み込む。 夜空にでっかい熱気球が浮かび、飛び去ろうとしているではないか。

 「まさか……あれか?」


 気球には、ゴンドラの代わりにリヤカーが吊り下げられていた。 リヤカーを支えているのは、蔦に変身したスライム

タンズ。 そしてリヤカーには麻美とスーチャンとエミが。 そして熱気球の中には……

 ハークシュン!!!!

 ミスティが中に入っていた。 風邪で高温になったミスティの体が、気球の中の空気を加熱、熱気球を浮かせていたのだ。

 「だめもとで試してみたけれど……なんてすごい熱なの」

 ミスティを熱源とした『悪魔の熱気球』は静かに夜空に消えていく、悪魔と魔女とサキュバスを乗せて。


 「ところで、これどこに行くの?」

 麻美の問いに誰も答えなかった。

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