悪魔と魔女とサキュバスと

第四 決戦 Feb祭前夜(7)


 マジステール大学の周辺が騒がしくなってきた。

 トメテ、トメテーェェェェェェェェ…… 暴走するスライムタンズ

 待ッテ、待ッテーェェェェェェェェ…… 追いかけるスーチャンとメイドンガー

 パーポーパーポーパーポーパーポー   それを追うパトカー

 「……お祭り騒ぎになってしまった……あっこら!」

 滞空していたエミの注意がそれた隙を狙い、サキュバス化した女生徒が講義棟に駆け込もうとした。 エミは『なありゃあ棒』を振るって彼女を転がした。

 「急いで!」


 ”我は知識を求め、神に祈り、そして神秘の技を操る導師様に弟子入りした。 長い修行の始まりであった……”

 「いえ、あの」

 ”我は人の何倍も努力し、一番弟子と呼ばれるまでに……”

 「……なによこれ」

 麻美はため息をついた。 『赤い悪魔の像』が話しかけてきたときは驚き、古代の魔法に畏怖さえ覚えた。 しかしその後、像は延々と昔話とも自慢話

ともつかぬものを語りだし、一向に止まる気配が無い。

 「付き合ってられない」

 ここに居たのがエミならば、好奇心むき出しで像を調べていたろう。 ミレーヌが居たら、古代の魔法を秘めた像に警戒し、慎重に事を進めたろう。 

しかしここに居たのは如月麻美、見習い魔女だった。

 「とっとと片をつけるわ」

 彼女はタガネを像に当て、ハンマを振り上げた。

 「悪魔よ去れ!」

 澄んだ音と共に、『赤い悪魔の像』はくだけ散った。 そして後には……

 「え?……ええっ?」

 麻美は、像が砕けた後に手を伸ばし、何かを拾い上げた。

 「これは……何?」

 しばし手の中のものを見つめる麻美。 それからはっとして顔を上げる。

 「いけない、戻って知らせなきゃ」

 麻美は第三音楽室を後にした。


 「左右ニ別レナサイ! 飛ベル者ハ、アノ棒ヲ!」

 「うろちょろすんじゃねぇ!」

 限界が近いのか、エミの口調が危なくなってきた。 そしてついに、エミの棒を交わした女生徒が講義棟の入り口に駆け込んだ。

 「あいたぁ!?」

 と思ったら、中から出てきた麻美にぶつかり、二人ともその場に尻餅をついた。

 「麻美さん!?」

 「如月サン!?」

 エミは麻美の前に降りて彼女をかばい、棒と翼で女生徒を威嚇した。

 「首尾は!?」

 「うまくいった! 像は粉々よ!」

 麻美は手についた土を払いながら大きな声で応えた。 当然、その声は大河内マリア以下のサキュバス女生徒達にも聞こえた。

 『ナ……ナンデスッテ!!』

 驚愕する大河内マリア達に対して、得意げに胸を張る麻美。

 「これで貴方達は元通りの人間に……まだ戻っていないのね……」

 「あの麻美さん? 像が壊れたらこの人たちが、すぐに戻るってミレーヌさんが言ったの?」

 エミの問いかけに麻美は首を傾ける。

 「……言ってなかったと思う……」

 間の抜けた応えの後、不気味な静寂が訪れた。


 『殺シテヤルー!!』

 殺気立って襲い掛かってきた女生徒達を交わし、エミと麻美は一目散に逃げ出した。

 「と、飛んで逃げられないの」

 「そんな余裕……ゴホホホッ!!」

 エミは『なありゃあ棒』の制御の為、怒鳴りすぎで声がかれていた。 飛んで逃げようにも、急降下の繰り返しで翼の付け根がひどく痛い。

 「マリアさん達元に戻らないのー!?」

 「像が無くなったから……ぜぃ……時間が……立てば戻ると思う」

 逃げる二人の足は自然と校門に向いた。 その二人の先に黒々としたオブジェが現れた。 リヤカーとその上で伸びているミスティだ。

 「いけない、あの悪魔っ子も連れて行かなきゃ。 証拠も残しちゃ駄目」

 「リヤカー引いてちゃ逃げられないわよ!」

 麻美が泣き声をあげた瞬間、リヤカーが爆音と共に白煙に包まれた。 思わず足を止めるエミ、麻美、そしてサキュバス女生徒達。


 「フ……フハハハハハハハハハハハ!」

 白煙のスクリーンの向こうに、ミスティのシルエットが浮かび上がる。


 「あ、復活した」

 「あの白煙はリヤカーの氷とドライアイスみたいね」


 見つめる二人の間を抜け、白い煙をなびかせたミスティが再びサキュバス女生徒達と対峙する。

 「よくもやってくれたわね!」

 ビシッとサキュバス女生徒達を指差すミスティ。


 「……あの子にマリアさん達なにか、したかしら?」

 「確かクシャミで自爆したと思うけど」


 ミスティは背後のツッコミを無視し、なにやら太極拳か何かのような構えを取る。

 「我が『気』の力、思い知るが良いぞ! ハァァァァァァァァァ!」

 ミスティの口元を中心に風が渦を巻く。


 「『気』だって! カンフーみたい!」

 「はて、電脳小悪魔じゃなかったっけ、あの子?」


 あっけにとられるサキュバス女生徒達に向かい、ミスティは手をずいと突き出した。

 「ハァァァァァ! ハックショーン!!!!」

 耳をつんざく凄まじいクシャミに、女生徒達が思わず仰け反り、尻餅をつく。


 「ああ、『気』は『気』でも『病気』なのね」 

 エミはそっとこめかみを押さえた。

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