悪魔と魔女とサキュバスと

第四 決戦 Feb祭前夜(5)


 「なはははははははは♪……ゴホッゴホッ」

 ミスティは豪快な笑い声の合間にセキを飛ばしつつ、エミのそばに歩み寄り、『なありゃあ棒』を奪い取った。

 「音程がなっていないのよ♪ エーミちゃん」

 「熱が下がっていないようだけど、大丈夫なの?」

 いつもはピンク色のミスティの顔が真っ赤になり、タトゥーの星にいたっては赤く光っている。 よく見れば、ミスティの体から

放たれる熱気で、辺りに陽炎が揺らめいているようだ。

 「しーんぱいないない♪ 冷却用の氷嚢はこれこの通り」

 「沸騰しているけど」

 言った途端、ミスティの頭の氷嚢が弾け飛び、盛大に湯気が立ち込める。 しかし湯気が晴れると、ミスティの頭には新たな氷嚢が

のっている。

 「あのー……なんか飛んで来たようだけど」

 後ろに立つ麻美の視線の先には、火を噴いて飛ぶ『猿の手』があった。 それが追加の氷嚢を運んでいるようだ。

 「気にしない♪気にしない♪」

 そう言って、ミスティは『なありゃあ棒』を中段に構えた。


 「人数ガ増エテモ武器ハ同ジ、数ハ一ツ。 ナラバ数デ圧倒デキル」

 マリアは手を上げ、サキュバス達に合図し、約半分のサキュバス達が一斉にエミ達に駆け寄る。

 「なーあーりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 ミスティの叫びと共に、ずいっと伸びた『なありゃあ棒』。 しかし、伸びた先はサキュバス達からみて右手に大きくそれた。

 「あぁぁぁぁぁぁあっ!!」

 ミスティの声の調子が微妙に変わる。 すると伸びきった『なありゃあ棒』がムチのようにサキュバス達の足を払った。 不意をつかれた

サキュバス達が、地面に転がる。

 「あーあれあれあれあれあれあ!!」

 今度はヨーデルの様に調子が上下する。 『なありゃあ棒』はくねくねと蛇のようにうねり、倒れたサキュバス達を小突き回している。

 「いたぁーい」

 「アテテ、ヤメテェ」

 尻尾だけやら、羽の生えたのやらが一団になって、『なありゃあ棒』の届く範囲から逃げ出した。

 「すごい!すごい!」

 麻美が手を叩いてほめる。

 「みたかぁ! あはははははははは……あたあたあたたっ!」

 褒められて高笑いするミスティの声に反応したのか、『なありゃあ棒』は大きくそっくり返り、ミスティの頭をぽかぽかと叩いた。

 「調子に乗らないで。 息が続かなくなれば、一気に押し込まれるわ」

 エミが冷静に指摘し、大きく羽を広げた。

 「二人で牽制しましょう。 彼女達の注意がこちらに向いたら、麻美さん、貴方は隙を見て校舎の中に」

 麻美が背後で頷くのを、エミは気配で察知した。


 再び『なありゃあ棒』を構えるミスティ。

 「なーあーりゃぁぁぁぁぁぁ……あっくしょん!!」

 しかし気合の途中でくしゃみが入り、棒の先端が地面に食い込んだ。 反動でミスティは『なありゃあ棒』のモップ部分に弾き飛ばされる。

 「きゃぁーーー……」

 綺麗にな放物線を描き、ミスティはリヤカーの辺りに落っこちた。

 「あー……」

 麻美は唖然とした顔でミスティを見送り、視線を戻す。 彼女の視線の先には、『なありゃあ棒』を受け止めたエミの背中と、その先で

笑い転げているサキュバス達の姿があった。


 「本当ニ、面白イ人達……」

 ようやく笑いを収めたマリアは、エミと麻美を見すえた。

 「応援ハイナクナッタヨウダケド?」

 小馬鹿にしたようなマリアの物言いに、麻美は前に出ようとした。 それをエミが制する。

 「これの使い方を教えてくれただけで十分よ。 麻美さん、少し下がっていて」

 きょとんとする麻美の前で、エミはモップのついた方を上にし、『なありゃあ棒』を垂直に立てた。 そして翼を広げてフワリと宙に舞い、器用に

『なありゃあ棒』のモップの上に立って、マリア達を上から目線で睨みつけた。

 「?……アラ、今度ハ曲芸?」

 エミはバランスを保ったまま、気合を込めて叫んだ。

 「なーあーりゃぁぁぁぁぁぁ!!……」

 『なありゃあ棒』は伸びた、上に向けてエミを乗せたまま。 声の続く限りエミは叫び。 息が切れた瞬間につま先でモップを引っ掛け、翼を全開

にする。 

 ヒュン……

 『なありゃあ棒』が戻る勢いを利用して、エミは棒を手に持ち代える。 『なありゃあ棒』が元に戻ったとき、彼女は30mほど上空をゆったりと

飛んでいた。


 「あの……」

 「……逃ゲタ」

 上を見上げていた麻美が視線を戻す。 いまやサキュバス達30人と対峙しているのは彼女一人だ。

 「フム、的確ナ判断。 手強イ奴ネ」

 言いながらマリアは麻美を見る。

 「残ルハ貴方一人」

 「えーと……」

 マリアの合図でサキュバス達が麻美に向かって歩き出した。

 麻美はどうすべきか判らず、上を見たり前を見たりし、後ずさりする。 と、その時。

 なーあーりゃぁぁぁぁぁぁ!!……

 頭上から気合と共に『なありゃあ棒』の先端が、先頭のサキュバス目掛け降ってた。 慌てて下がるサキュバス達。

 「上カラ? ナルホド」

 マリアはエミの意図を理解した。 上からの攻撃ならば、まだ翼のないサキュバス達では反撃できない。

 「翼ノ生エテイルモノハ、アノ女ヲ。 残リハ如月サンヲ」

 マリアの指示で、サキュバス化が進み翼が生えた女生徒が、翼を広げて地面を舐めるように滑空し始めた。 しかしなかなか高度があがらない。


 エミは麻美を援護しながら呟く。

 「やはり私と同じ、大型の鳥の動きでしか飛べないわね。 ならばエンジンがついている訳じゃないから、簡単に高度は上げられないし、速度も

出せない」

 エミは急降下して、翼のあるサキュバスの先頭の一人を掠めた。 サキュバスはバランスを崩して地上に落ちる。

 「でも私にはこれがある……なーあーりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 『なありゃあ棒』を足場にして、再び上昇するエミ。 今度は高度と共に速度も稼いでいた。

 「これなら有利な位置を保ったまま、牽制できる……なーあーりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 伸ばした『なありゃあ棒』でサキュバス達を牽制する。 ミスティ程に自由自在とはいかないが、相手の届かない高度にいる限りエミの単調な

攻撃でもサキュバス達を足止めするには十分であった。

 「後は麻美さん、貴方の仕事よ」

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