悪魔と魔女とサキュバスと

第四 決戦 Feb祭前夜(1)


 とある喫茶店で、川上刑事は山野辺刑事とあと一人の連れを伴い『ジョーカー』を待っていた。

 「……」

 川上刑事はブラックコーヒーを一気に飲み干した。 苦い喉越しに悔しさが蘇る。

 「待たせたわね」

 川上刑事の隣に黒いサテンのコートを纏った『ジョーカー』が腰を下ろす。 彼女は川上刑事、山之辺刑事の順に視線を送り、正面に座った第三の男を見た。

 「紹介しよう、こちらが飯田さんだ。 飯田さん、あちら『ジョーカー』さん。 御祓いを生業とされている方です」

 『ジョーカー』ことエミは、サングラス越しに『飯田』を観察した。

 (この人が最初の被害者と言うわけね)

 「私、飯田と申します」

 飯田氏はそう言って頭を下げたが、それ以上は何もしゃべらない。 周りに人がいるからか、それとも得体の知れない『ジョーカー』に対する不信感か。

 (多分両方ね)

 エミの前にコーヒーが置かれ、ウェイトレスが伝票を置いて下がる。

 「『像』の破壊には失敗したとは聞いたけど。 詳しい状況を聞かせてもらえるかしら」

 「ああ、まさかあれほどの多人数だとは……」

 川上刑事は、『第三音楽室』での出来事をエミに話して聞かせた。

 「監視が甘かったわ。 それは私の不手際ね」

 「何、あんたらのせいじゃねぇよ」 山野辺刑事はそう言って紅茶を啜った。

 「私以外にだれか雇ったの?」 エミはとぼけて見せた。

 「ところで……」 山野辺刑事は話を変える。 「この後、彼女達はどうなるんだ? 前見たときより症状が進んでいるような気がするんだが」

 「正直判らない。 予想では放置すれば症状は悪化するし、被害も拡大すると思う」

 答えながら、エミは頭の中で、ミレーヌとの会話を思い出す。


 ”この先、彼女達はどうなるの?”

 ”……おそらく肉体は完全な『サキュバス』になり、見境無く人間を襲うようになるのではないかと……ただ、何か目的が行動しているようにも見えますが

……”

 ”行動目的はひとまず脇に置くとして、彼女達を戻す方法は?”

 ”……原因を除くのが正解でしょう、確実とは言えませんが……”


 「止める手立ては?」

 「原因である『像』を破壊するしか……でも元に戻るかどうかは……」

 「賭けか」

 飯田氏が顔色を変えて立ち上がったが、山野辺刑事が彼を制した。

 「彼女達は言わば病気にかかったようなものよ。 症状も原因はっきりしているけど、治療法は判らない。 だから原因を取り除いて、自然治癒を期待するしか

手は無いの」

 「だったら、治療法が見つかるまで拘束……いや、『入院』させるべきです! 粗暴な手段に訴えて、もしもの事があったら……」

 「被害者が増え続けているし、最初に『感染』した人たちは、直るどころか症状が進んでいる。 もう猶予は無いの」

 飯田氏は絶望的な表情で、椅子に座りなおした。

 「いったいどうしてこんな事に……病気なんですか? 呪いですか!?」

 (『魔法』よ) エミは声に出さずに呟いた。


 ”……おそらく『赤い悪魔の像』が彼女達に『魔法』を、『呪紋』を肌に書き込んだのでしょう……”

 ”『呪紋』……それは何なの”

 ”『魔力』によって『魔法』を発動させる紋様の事です”

 ”では『魔力』とは?”

 ミレーヌは首を横に振る。

 ”判りません。 私が知る限り、歴代の魔女達のだれもその正体を知りませんでした”

 ”何よそれ” 二人の会話を聞いていた麻美が割り込む。 ”正体が判らなければ、使うことも出来ないでしょう?”

 ”そうとは限らない。 人は歴史が始まる前に、『火』を道具として使い始めた。 でも、『火』の正体が判ったのはずっと後のこと”

 エミがミレーヌをフォローする。

 ”『魔力』と『呪紋』の組み合わせで『魔法』が発動するという事を知っていれば。 後は『魔力』を作る条件と、『呪紋』の知識があれば、いつでも『魔法』を使うことが

できる”


 「とにかくだ。 俺達に出来ることをする。 そして、嬢ちゃんたちが正気に戻る事を祈るしかねぇ」

 「正気に……待ってください」

 飯田氏は咳き込み、お冷を一気に飲んだ。

 「私が入院する前、一時お嬢さんが正気に戻ったと思われる時がありました。 お嬢さんひどく取り乱して……でも、すぐまたおかしくなられましたが……」

 「それがなにか?」 山之辺刑事が首をかしげた。

 「私の言いたいのは、みなが正気に戻った時、自分のしてきたことを思い出すのではないかと。 そうすると、きっと精神的にひどいダメージを受けるに違いあり

ません……」

 飯田氏の言葉に、川上刑事と山之辺刑事が考え込んだ。

 「うむ……確かに」

 「それは……まずいかも」

 「何か手を講じないと……」

 黙って聞いていたエミ、その両手が握りこぶしを作って震えていた。 そして、彼女は突然立ち上がった。

 「ふざけんじゃないわよ!? 精神的ダメージ? んなものに構ってられるほど時間も、余裕も、人員も、予算も、工数もないのよ!!」

 無理難題ばかり出てくるプロジェクトを振られ、切れたプロジェクトマネージャのようにわめき出したエミを男三人が必死でなだめる。


 その頃のコ−ポ・コポ。

 「スーちゃん……た、頼みが……」

 「頼ミ? イシャ、ソレトモ、ソーギヤヨブ?」

 「ちがーう!! こ、氷を」

 「アーコオリャ、コリャ」

 「で、出番が近い……」

 「ガッテンショーチの、おりんぴっくショーチ!」

 スーチャンは猿の手を構えた。

 「オオ、猿ノ手ヨ。 コーリ買ッテキテ」

 ”承知仕った!”


 決戦の時は近い。

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