悪魔と魔女とサキュバスと

第三 魔女のタンサク(10)


 ”おじ様……”

 山之辺刑事は聞き覚えのある声に意識を呼び戻された。 目を開けると、赤い光に照らされた大河内マリアが彼の顔を覗き込んでいる。  

 「マリア嬢ちゃん……なぁ、こんなことやめにしないか。 マリア嬢ちゃんは強い子だ、呪いかなんか判らないが、のせられちゃあいけねぇ」

 体が動かないか試してみると、動くことは動くが鉛のように重い。

 「のせられる?」

 マリアは不思議な表情で首をかしげた。

 「尻尾が生えようが、角が生えようが、マリア嬢ちゃんは変わっちゃいねぇ。 だから、秘書の……そう飯田さんか。 彼とだけ……だったんじゃないか?」

 「飯田さん……」

 マリアの表情が微妙に変化する。 何かを思い出そうとしているかのように見える。

 「嬢ちゃん」

 「私は……」

 その時、悪魔の像から放たれる光が波打つように瞬き始めた。 部屋の中のすべて物が赤い濃淡で彩られ、この世のものとは思えない光景になる。

 ア……アァァァァァ

 「嬢ちゃん!?」

 大河内マリアが天井を見上げ叫びだした。 いや、喘いでいるようにも見える。 マリアだけではない、部屋にいる女生徒数人も同じように喘ぎ、悶えていた。


 「君!? どうした」

 川上刑事は、彼の胸に跨っていた美咲が突然悶えだしのを見て、起き上がろうとした。 しかし彼も体が重く、自由に動けない。 

 キヒィ!

 美咲は奇声を発し、身をかがめた。 上着の背中が音を立てて裂け、黒いものが飛び出した。

 「なんだ?……翼?」

 黒いものは、川上刑事の見立てどおり翼だった。 美咲の背で皮膜状の翼は大きく広がり、辺りに飛沫を散らした。 川上刑事は手にとだ飛沫の感触を指先で

確かめる。

 「血……じゃなさそうだな、よかった……む!?」

 美咲が顔を上げる。 そこにはさっきまで違い表情があった、欲望に彩られた魔物の表情が。

 キヒッ……オトコ……ヒヒッ……

 「……まずい」


 「嬢ちゃん!?」

 アハッ……ハァ……

 マリアの表情も変わっていた。 美咲同様、魔性の欲望に支配された魔物のそれに。

 オジサマ……ネェ……

 マリアの指先が山之辺刑事に頬に触れた。 それだけで、濃厚なキスをされたような気分になる。

 「よせ」

 山之辺刑事は静かに言ったが、マリアはかまわず指を首筋に滑らせていく。

 ネェ……


 ドドンガー!! 

 突如、外から金属的な叫び声が聞こえ、続いて第三音楽室の照明が落ちた。 真っ暗になった部屋の中で、ドタバタと喧騒が巻き起こり、上着をつかんだ

二人の刑事が飛び出してきた。

 「山さん!」

 「おう川の字、無事か?」

 二人は全速力で逃げた。 後を追うように、数人の女生徒が飛び出してきたが、すぐにあきらめて部屋に戻る。

 ニゲラレタ……

 カマワナイ、彼ラニハ打ツ手ガ無イ。 私達ヲ、実力デ排除スル以外ニ。

 中からそんな会話が聞こえてきたが、聞く者はいなかった。


 ドドンガー!!

 「助教授、何てことするんですか!! 地下の送電線がショートしたじゃないですか!!」

 「いやすまん。 メイドンガーのデモンストレーションのつもりだったのだが、少々深く掘りすぎたようだ」

 運動場では、身長5mのロボット『メイドンガー』が掘ったらしい大きな穴の脇で、緑川助教授が大学職員にぺこぺこ謝っており、その脇を二人の刑事が

通り過ぎていった。

 「あれのお陰で助かったのか」

 「みたいですね」

 足早に大学を後にすると、川上刑事の携帯が鳴った。 発信者を確かめると『ジョーカー』となっている。

 「川上だ」

 『もしもし! 大学に行っちゃ駄目よ! マリアが仲間を増やしている!』

 「ああ、いまかろうじて逃げ出してきたところだ」

 『……無事なの?』

 「一応な」

 其処まで話したところで、山之辺刑事が川上刑事の手から携帯を取り上げた。

 「おう、すまんが今朝の喫茶店まで来てくれるか」

 『……いいけど、何の用?』

 「手を借りたい……いや違うな。 頼む、マリア嬢ちゃんを止めてくれ」

 『……』

 「もう俺達の手には負えない、頼む」

 『一応話は伺うわ。 でも世の中には出来ることと出来ないことがあるのよ』

 電話が切れた。

 「山さん……」

 「いくぞ」

 二人は喫茶店に向かう。


 一方、電話を切ったエミは、数歩あるいて『妖品店ミレーヌ』の結界に戻る。

 「間に合った?」

 心配そうな麻美に、エミは手を上げて応え奥のカウンターの向こうにいるミレーヌに歩み寄った。

 「麻美さんの話から想像して、例の女の子達を変えた『魔法』は、麻美さんを魔女にしたのと同じ種類のようね」

 切り出したエミに対して、ミレーヌは何も応えない。

 「教えて欲しい事があるの。 貴方の、いえ貴方達の使う『呪紋』について」

 「聞いて……どうします……」

 エミは一度息を止め、そして口を開いた。

 「この騒ぎにけりをつけるのよ」

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