悪魔と魔女とサキュバスと

第三 魔女のタンサク(8)


 麻美は目の前で行われていた『Feb祭の準備』に注意を奪われ、マリアの瞳をもろに覗き込んでしまった。

 (体が動かない!?)

 サキュバスの技なのか、体が全く動かない。 立ち尽くす麻美にマリアが迫り、ブレザーに手をかけた。

 「!」

 するりと上着とスカートが脱げ落ち、続いてシャツが剥ぎ取られる。 麻美は一瞬で下着姿にされてしまった。

 「な、何を……」

 「御覧なさい」

 マリアが視線を先ほどの女生徒に向け、麻美も目だけでそちらを見る。

 「あれは?」


 『赤い悪魔の像』から細い糸のような光が行く筋も放たれ、女性徒と男子生徒の体に『紋様』を描いている。 

そして『紋様』を描かれた二人は、獣のように激しく交わっている。

 ヒィィ……

 甲高い喘ぎ声をあげる女生徒の尻から、突然鞭の様な尻尾が生えた。 尻尾は二人の交合の間に滑り込み、

男子生徒の性器に絡みついた。

 「うはぁ……」

 男子生徒の声がひときわ高くなり、腰の動きが深くなった。

 
 「フ……あの『紋様』が私達を変えたの。 そして貴女も変わるの」

 マリアの言葉に麻美は反応しなかった。 彼女の目は『紋様』を解読しようとしていたのだ。

 (変異、弱化、強化……駄目! 部分は判るけど全体の流れが判らない……)

 「観念したの? それとも期待しているの」

 固まってしまった麻美に話しかけつつ、マリアは立ち位置を変えて、麻美と『像』の間を空けた。

 「夢をみせてあげる」

 像が光り、麻美に赤い光の糸が絡みつく。

 (いけない! えーと、防御!)

 麻美は体に力を込めた。 と、その肌に複雑な『紋様』が浮かび上がる。 その『文様』は光の糸が描いたものとは

全く別物だった。

 「何!?」 麻美の体に浮き出た『文様』を目にし、マリアが驚きの声を漏らす。

 「きゃっ!?」 続いて麻美が声を上げた。 全身を赤い稲妻のような光が走り回ったのだ。 思わず体を抱きすくめ、

しゃがみこんだ。

 『!?』

 サキュバス化した女性徒達の何人かも、驚いたように麻美を見ていた。

 しばしその場に静寂が訪れ……ブレーキの利かなくなった者達の睦み声だけが響いていた。


 「そう……昨日の『歩く木』は貴女の差し金だったのね」

 マリアの声に麻美は顔を上げた。 二人の視線が空中で交差する。

 「『歩く木』?」

 麻美は不思議そうに聞き返した。 誤魔化したのではなく『歩く木』が『スライムタンズ』が化けた杉の木の事と

思い至らなかったのだ。

 「あんな変なものを操れる人が、この辺りに何人もいるとは思えない。 貴女も私達の同類だったのね」

 「ど、同類!?」

 「その体の『文様』は何なの? 私達の体に描かれた『文様』と似ているけど、相違点も多い……別々の『文様』

重なって『ショート』したのかしらね」

 「え?『ショート』」

 妙なことを言い出したマリアに対して、麻美はぼけた返答しか返さない。 実のところ麻美には、マリアが何を言っている

のか全然判らなかったのだ。

 「まぁいいわ、貴女が同類ならこのまま帰しても問題はないわね。 もう私をつけたりしないでね。 貴女も、その体の

事を他の人に知られたくないんでしょう」

 「何を……」

 「その『文様』を他の人が目にしたら、噂が広まり私の耳にも入るはず。 でも私はそんな噂を聞いたことがない。 よって

貴女はその『文様』を他人に秘密にしている」

 「どうして……」

 麻美はしばらくマリアと論戦したが、およそかなう相手ではなかった。 悄然として引き上げる麻美の背にマリアが声を

かける。

 「Feb祭を楽しみにしていて。 そこで、この『像』をみんなにお披露目するから」

 麻美は振り返り、その言葉の意味を考え、愕然とした。

 「まさか、見物人全員を……」

 「素敵なことになるわよ……フフ……」

 フフ……

 フフフ……

 ククククク……

 笑い声は次第に大きくなり、やがてその部屋にいたすべての女生徒が笑い出した。 とても楽しそうに。


 その頃、ミスティは。

 「桃缶……食べたい」

 「ンー……すーチャン、看病。 オ買イ物……人イナイ」

 手が離せないが、頼める人が他に人がいないと言いたいらしい。 もっとも、少女の姿はしていても、半透明で緑色の

体のスーちゃんが、お店で買い物できるか疑わしいが。

 「押入れの……ゴホッ……箱に」

 ミスティに言われるまま、スーちゃんは押入れから細長い箱を取り出し蓋を開けた。

 「ヒモノ?」

 それは干からびた『猿の手』だった。 『猿の手』とは、どんな願いも叶えてくれるが、願い事をした当人が望まぬ形でしか

適わないという呪われたアイテムである。

 「そ、そんな不良品じゃない……ミスティが作ったんだもの」

 「みすてぃ……サク?」 

 スーちゃんは箱をそっと置き、距離をとった。

 「大丈夫……ね、願い事を……」

 スーちゃんは、嫌そうに『猿の手』を取り上げ、正面から願い事を言う。

 「オオ、猿ノ手ヨ。 我ニ桃缶ヲ与エタマエ……」

 すると猿の手がビクンと振るえ、Vサインを作る。

 ”承知仕った!”

 猿の手は、スーちゃんの手の中から飛び上がり、畳の上に直立した。

 ”3,2,1,発進!”

 猿の手の下のほうからモクモクと白煙が上がり、次の瞬間轟音と共に飛び上がる。

 ドドドドド……

 そして、猿の手は開いた窓から飛んでいってしまった。

 「……アノー……」

 「コホッ……機動性のない猿の手の弱点を克服するため、液酸、液水型ロケットエンジンを搭載してあるのよ」

 「イエ、オ金……」

 スーちゃんがちゃぶ台を指差す。 そこには数枚の千円札(エミが置いていった)がのっている。

 「心配ない! 自立思考できる、ゲホッ 凄いアイテムだから」


 その頃、猿の手は……

 ”おい兄ちゃん、金ださんかぃ!”

 裏通りでカツアゲしていた。

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