悪魔と魔女とサキュバスと

第三 魔女のタンサク(6)


 東の空が白くなるのを目にし、エミは立ち上がった。

 (『仕事』で徹夜か……何年ぶりかしらね)

 夜の魔物であるエミにとって夜は活動の時間であり、夜明けを迎えても平気だ。 しかし今回は依頼されて行動しているせいか、かなりの

疲労を覚えていた。

 (一晩でこんなに疲れるとは思わなかったわ。 尾行はスライムタンズに交代させて、作戦を考え直さないと)

 エミはアパートの屋上から姿を消した。

 (とりあえず、刑事さん達と情報交換しないと)


 「昨晩は動きなし……確かかい?」

 「ええ」

 エミは駅前の喫茶店で、山之辺刑事と朝食を取りなから情報交換していた。 ちなみに、川上刑事も同席する予定だったが、まだ来ていない。

 「うーむ、見込み違いかな?」 山之辺刑事が頭をかく。

 「断定するのは早いと思うわ」 エミはスプーンでコーヒーをかき混ぜた。 「でも、こんな事ずっと続けてられないわ」

 「だろうな……で、像の出所なんだが」

 山之辺刑事が手帳を開く。

 「ある古美術商……こいつは、店を出さずに直接客と取引しているんだが、そいつが大河内氏に像を売り込んだらしい」

 「らしい?」

 「当人が入院しちまってな。 ああ心配ない、伝票から荷の出所は手繰れた……売りつけたのはアラビアの業者だった」

 「アラビア? 中東? 随分大雑把ね」

 「身元を明らかにしたくないらしい。 なんでも大学の調査隊の発掘した品物を横流ししたらしくってな」

 エミは目を丸くした。

 「たった一日でそこまで調べたの? さすがプロね」

 山之辺刑事は苦笑した。

 「いや、感心してもらうほどのことではないんだが……」


 山之辺刑事は知り合いの通訳の女性に依頼し、伝票の発送先に問い合わせを掛けてもらった。 すると相手は、美術商の代理人だと勘違いし

荷の出所、素性を全て話してくれたらしい。


 「へーそれはそれは……しかし、またなんでわざわざ日本に? 中東にはお金持ちがいくらでもいるでしょうに」

 「最初はそのつもりだったらしい。 しかし売れなかったんだそうだ」

 「なぜ?」

 「ブランドの問題なんだと」

 山之辺刑事は言葉を切り、お冷で喉を湿らせると話を続けた。

 「どう話したものかな……まっとうな美術商なら、鑑定書付きの品物を信用第一で取り扱うらしい。 しかし例の『像』を扱った業者は

盗掘品、盗難品だろうが平気で売り買いする怪しい連中だ。 鑑定書なんかありゃしねぇ」

 「そんなもの買う人はいないでしょ」

 「いや、そうでもないらしい。 『出所が怪しい分、本物の掘り出し物ががあるかもしれない』と暇と金のある奴は考えるんだな」

 「ははぁ、そういう金持ちにツテを持っている業者だったのね」

 「その通り、ところがあの像には『ブランド』が無かった。 ほれ、美術品や建物の特徴の事を、『なんとか風』とか『なんとか調』て言う

だろ?」

 「何とか風……ああ、ローマ風とかギリシャ風とか」

 「そうそれだ。 例の『赤い悪魔の像』には、そうした特徴が皆無らしい。 おまけに、昨日作ったみたいに見えるガラスの像ときたもんだ」

 「そうか、できの悪い偽物にしか見えなくて、物好きな金持ちでも、さすがに買おうとしなかったのね」

 「その通り」

 エミは納得しかけ、妙なことに気がついた。 

 「あれ? でもそれじゃ日本に送った理由が説明できないわ? 日本人ならだませるとでも?」

 「いやそれがな、連中、像の処分に困った挙句、発掘した大学の調査隊に買取を打診したらしい」

 エミが目を丸くした。

 「それはまた……随分と厚かましい話ね」

 「確かにそうだ。 しかし、取引相手としては間違っちゃいない。 なにせ、唯一価値を知っている相手だからな」

 「それはそうね」

 「んで、発掘を指揮していたのが『マジステール大学』日本校の吉貝教授……おい?」

 エミは盛大に咳き込んでせいた。

 「ご、御免なさい」

 「大丈夫か? ……ただし、吉貝教授は現地で倒れ、目下入院中で交渉できなかった。 しかたなく像を日本に送り、日本の発掘関係者と

売買交渉をする予定だったらしい」

 山之辺刑事は手帳をめくった。

 「しかし、日本の発掘関係者とは連絡がつけられなかったらしい。 交渉相手が見つからない美術商が、客の一人だった河内氏に像を転売した……

とこういうことだな」

 (え? 日本の発掘関係者……それって『マジステール大学』日本校の考古学研究室!?)

 エミは声を上げかけ、かろうじて抑えた。 

 「山之辺さん。 日本の発掘関係者と言うのは『マジステール大学』日本校の考古学研究室の関係者ではないのですか? 『ミイラ』事件の」

 「なに?」

 山之辺刑事はあわてて手帳をめくる。

 「……絵張助教授、火靴助手……考古学研究室責任者……発掘品の解析チーム!? 待てよ、すると『赤い悪魔の像』と『ミイラ』は同じ場所に

あったのか!?」

 
 昨年のクリスマス、『マジステール大学』の考古学研究室に持ち込まれた『ミイラ』が発端になり、エミ、山之辺刑事、川上刑事が巻き込まれた事件があった。

 エミはその事件の最中、『ミイラ』の目撃者として山之辺刑事と顔を合わせている。 しかし今は、別の事件で川上刑事に協力した『ジョーカー』を演じて

いるので、『ミイラ』事件の詳細を知っているはずはない。


 「あの事件では、行方が判らなくなった鷹火車助手が『ミイラ』になって人を襲っていたが……」

 「今回は、大河内氏のお嬢さんに『角』と『尻尾』が生え、秘書の方と……」

 「事件の展開はよく似ている。 いよいよ『像』が怪しくなってきた」

 山之辺刑事は音を立てて手を打ち合わせた。

 「一刻も早く『像』を見つけ出さないと……川の字め、何してるんだ!」

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