悪魔と魔女とサキュバスと

第三 魔女のタンサク(5)


街灯の明かりがつく頃、雑居ビルの裏口に救急車がやって来た。 駆けつけた救急隊員が、意識を失っているヒゲの古美術商をストレッチャーに乗せ、脈を取る。

山之辺、川上両刑事は、寒さに時折身を震わせながら、その様子を眺めていた。

 「どうだい?」

 山之辺刑事の問いかけに、若い救急隊員はぶっきらぼうに応じた。

 「衰弱がひどい。 倒れて随分になるようだ……生きているのが不思議なぐらいだ」

 山之辺刑事は肩をすくめ、背中を向けて歩き出す。

 「おい、あんた達は知り合いじゃないのか?」

 「客だよ。 倒れたのは今日じゃないんだろ? 俺たちには関係ない」

 救急隊員が呼び止めるのも聞かず、両刑事は身分を明かさぬまま、その場を後にする。

 「山さん……」

 「名乗れば上に知られる。 仕方あんめぇ」

 ため息をついて、地面を蹴る。

 「出所不明、行き先も不明……俺たちの先を見越して、誰かが手がかりを潰しているのか?」

 「まさか?」

 「まぁ愚痴を言っても始まらん。 川の字、此処をあたれ」

 山之辺刑事はポケットから紙切れを取り出し、川上刑事に渡す。 どうやら、伝票らしかった。

 「これは?」

 「さっきの事務所から失敬してきた。 あそこと取引のある業者だろう。 なら、美術品の運搬もやっているはずだ。 何か知っているかもしれん」

 「判りました。 山さんは?」

 山之辺刑事は、もう一枚伝票を取り出してみせた。

 「こっちは船便の荷受票だ。 あの像は大きい。  国外から持ち込んだとすれば船だ」

 二人の刑事は、別々の方角に向かう。


 「警察も楽な商売じゃないわね」

 エミは、双眼鏡を覗きながら呟いた。 彼女がいるのは三階建てのアパートの屋上で、そこから大河内邸を監視していた。 大河内マリアは、結局

まっすぐ自宅に帰り、エミはスライムタンズから監視を引き継ぎ(明日以降の尾行方法を細かく指示して)このアパートの屋根に陣取ったのだ。

 「こりゃ、思ったよりきついわね」

 『張り込み』は、ひたすら忍耐である。  相手の都合に振り回され、食事も、睡眠も満足に取れない。 エミは見通しの甘さを後悔していた。

 「ふむ……」

 腕組みして、しばらく考え込んでいたが、何か思いついたらしく辺りを見回し始めた。

 (誰も見ていない……よしよし)

 被っていたつば広の帽子を取り、目を瞑る。 漆黒の髪が揺れ、その下から二本の角がせり出してきた。

 (さて、何か感じられるか……)

 エミの角には、何らかの感覚器官としての機能があるらしく、過去に何度か曰く言いがたいモノを感じたことがあり、それが発端となり事件に巻き

込まれた経験があった。 それを、大河内マリアの監視に使えないか、やってみようというのだ。

 (んー)

 角の下辺りに指を当て、それらしいポーズを取ってみる。 しかし何にも感じない。

 (駄目か、まぁ人間の感覚器はパッシブセンサー……ん?)

 エミは、チリチリするような感覚を角に感じた。 そっと首をめぐらしてみるが、感覚に変化は無い。

 (マリア?……あ、消えた……)

 考えているうちに、チリチリするような感じは消えてしまった。

 (……『遠い』?……どこか遠く?……どうする?)

 しばらく迷い、結局エミは大河内マリアの監視に戻った。 今の感覚の意味を考えながら。


 −−同時刻 マジステール大学部、第三音楽室−−

 闇の中、一人の少年が追い詰められていた。

 「先輩、待って……」

 高校三年の可愛勇太は、後ずさりする。 彼の目の前には……

 「どうして待つのさ、ユウ……」

 彼を追い詰めているのは、大学部一年の武之内麗美、一年で空手部の副主将を努める猛者にして、勇太の幼馴染。

 ダン!

 麗美は両手を壁にあて、ユウこと勇太の退路を塞いだ。

 「我慢できないんだ……」

 身長180cmの麗美が、160cmの勇太を覗き込む。 見慣れた幼馴染の顔がほんのりと赤らみ、汗ばんでいる。

 「先輩……」

 「違う! レイだよ!二人のときはそう呼ぶって約束だよ!」

 迫力に満ちた声の中に、麗美の誘いが混じっていた。 勇太の口から幼馴染を呼ぶときの言葉が漏れる。 

 「レイ……」

 麗美が嬉しそうな表情で顔を寄せてくる。 赤い唇の感触と、芳しい匂いが、勇太の理性を奪い去る。


 「ああーっ……」

 麗美はバックから勇太に貫かれ、歓喜の声を上げた。 そして、おねだりするように、たっぷりとした尻を揺する。

 「れ、レイ……」

 麗美の腰に引きずられ、勇太の男が歓喜の疼きに包み込まれる。

 「レイ……凄いよ……レイ……いきそう……」

 「いってユウ、ボクでいって。 ボクで気持ちよくなってよ」

 麗美の声を聞いた途端、勇太は押さえが利かなくなった。 自分の尻よりふた周りは大きく安定感のある尻に、腰を打ち付ける。 そのリズミカルな

音が官能のBGMとなって、二人の初体験に花を添えた。

 「あー……」

 こらえ切れなくなった勇太自身が、熱い情熱を麗美の胎内に迸らせる。

 「あん……あん……」

 妙に可愛い声を上げ、麗美も絶頂に達した。 そのままの姿勢で動きを止め、二人は余韻に浸る。 そして、闇の奥から赤い光の糸が放たれ、二人の

肌に魔性の紋様を描き出す。

 うぁ?………ぁぁぁ……と、止まらない

 あー……あっ……アッ……アハッ……

 質の異なる歓喜の声が交錯し、また一人の女に魔性の力が植えつけられた。 


 「レイ……これ……」

 勇太は倦怠感に耐えながら、麗美の尻から生えた尻尾を捕まえた。

 「キャッ」

 「ご、ごめん」

 振り向いた幼馴染の目には金色の光が宿り、頭に角が生えていた。

 「れ、レイ……」

 動揺する勇太の顔を、麗美の尻尾が軽く叩く。

 「尻尾ガ生エタラ……ぼくガキライニナッタノ?」

 「ち、違うよ」

 問題の本質がずれているが、こういう風に持ってこられると男は弱い。 麗美の尻尾がくねくねと動き、甘えるように勇太の手に絡む。 勇太は、意識せずに

尻尾をなでた。

 「アン♪」

 「ご、ごめん。痛かった?」

 「逆♪ モット……触ッテ……」

 麗美の目を、その金色の光を見ていると、頭の中に霧がかかってくるよう。 麗美の事以外はどうでもよくなってくる。 勇太は『尻尾』を咥え、舌で舐めてみた。

 「アン……アハン……」

 尻尾が勢い良くはね、勇太の首に軽く巻きつき、じゃれる様に首を愛撫しだした。

 「レイ……」

 「モウ一回……ぼくトシテ」

 「うん……」

 麗美の秘所は、ウネウネと動いて口を開けたり閉じたりし、何かの生き物の捕食口を連想させた。 しかし、勇太は恐れる様子も無く麗美の中に入った。

 「レイ……」

 「ゆう……」


 「ウーン」

 「見セ付ケラレチャイマスゥ」

 実は音楽室には、他にも新しいサキュバス候補や、部分的にサキュバス化した女子とその相手が居た。 しかし皆、見事なまでに自分達の世界に入ってしまい、

他のことが目に入っていない様子だった。

 一足先に今日の『デート』を終えた、『サキュバス中井美咲』と『サキュバス若井真子』は、監視役として残っていたのだが、他の子達の『デート』やら『初体験』を

次々に見せ付けられる羽目になっていた。

 (会長は……バカップルを量産して、何をするおつもりですか?)

  副会長は、そっとため息をついた。

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