悪魔と魔女とサキュバスと
第三章 魔女のタンサク(4)
エミは麻美と講義棟の屋上に上がり、何やら携帯電話を操作し始めた。
「何を?」
「彼女の顔を隠し撮りしたの。 それを『スライムタン・リーダ』に送るのよ」
「え?」
スライムタン・リーダは、エミの使い魔で緑色のスライム達である『スライムタンズ』のリーダである。 緑色のスライムと言ったが、リーダだけは赤色で
ある。 ミスティを看病している『スーちゃん』の姉貴分に当たるが、『スーちゃん』の方が賢い。
「あの子達に大河原さんの尾行を!?」
『スライムタンズ』の知能はさほど高くない。
「うん、まぁ……暇だから仕事させろとうるさくて。 まぁ、あの子達ならうまくやれば目立たないから」
スライムタンズは『擬態能力』を持っており、主として植物に擬態できる。 一人一人が小さな植物になることも、合体して大きな木に化けることもできる。
「大丈夫なの?」
麻美の質問に、エミは沈黙と不安げな表情で応えた。
その『スライムタンズ』は、高校の正門近くで『擬態』していた。
「ジュシン……たーげっとカクニン!」
『スライムタン・リーダ』は、エミから渡された携帯電話の画像メールを見つめ、正門から出てくる高校生を一人ずつ確認している。 程なくして、大河原マリアが
正門を出てきた。
「あら?」
大河原マリアは眼鏡を直し、歩道に植えられた、真新しい『杉の木』を見上げた。
(今朝は無かったような? 最近の造園業者さんは仕事が速いのね)
この高校の正門前の歩道には、街路樹を植えるスペースが用意されているが、主に財政上の都合で何も植えられていなかった。 そこに、一本だけ杉の木が
植えられてた。
「杉……。 きっと植え替えになるわね」
大河原マリアは、父親の所に花粉症の市民が陳情(圧力とも言う)に来る事を予想し、頭を振って歩き出した。 そして10mほども進んだとき、背後で地響きが
した。
ズーン……
マリアが振り返ると、正門前に植わっていたはずの『杉の木』が、一つこちら側のスペースに移動していた。
「……」
大学の屋上から、高校の正門の方を見ていたエミと麻美は、言葉を失った。 高校の正門前に植わっていた『杉の木』が動いたのである。
「あの……あれ」
「『スライムタンズ』……目立たないように尾行してとは言ったけど……」
二人が見ていると、『杉の木』は10mほど移動して停止し、しばらくその場にとどまっていたが、やがて移動を再開する、人の歩くぐらいの速度で。
「……あれ」
「尾行しているのよ……大河内さんを」
ズーン、ズーン……移動する『杉の木』を二人は呆然と見送るしかなかった。
さて、大河内マリアは移動する『杉の木』をどう判断したのか。 サキュバス化していても、彼女は常識人だった。
(……気のせいね、きっと)
そして、後をつけてくる地響きを無視することにした。 しかし、昼間の街中で『木』が移動しているのだ、当然何人かは然るべき機関に連絡する。
消防署:「木が歩いている……『木が倒れた』ならば消防も出動しますが、『木が歩いた』……街路樹? でしたら区役所の管轄かと……」
区役所:「街路樹が移動? 盗難でしたら警察に……え? 役所の仕事? しかし、街路樹は区民の財産ですので、受益者に通報の義務が……」
そして警察、酔天宮署:「はい、警察です、ご用件を……え、女性の後をつけている。 ストーカーですね……は、杉の木?」
『そうです!杉の木が女子高校生をつけまわしているんです!』
通報電話の応対をしていた原巡査は、困惑の表情を浮かべ、次にカレンダーに目をやってはっとする。
「ひょっとして、マジステール大学の近所では? ははぁやっぱり……いえ、了解しました。 はい、警察にて対処いたします」
原巡査は電話を切ると、重石課長の席に行って話をする。
「課長、実は……」
重石課長は、怪訝な表情で原巡査話を聞いていたが、原巡査が『Feb祭が……』と言い始めると、納得の表情になった。
「学生の山車か何か、それとも植物研が発表予定の改造植物が逃げ出したとか……」
「そんなところだろう。 私が大学に連絡しておこう」
重石課長の電話がきっかけで、マジステール大学の植物研が『歩く杉の木』探索を始めるのだが、それは別の話である。
「ほっといていいの?」
エミと麻美は逃げるようにして、校舎の中に戻っていた。
「明日以降は中止させるわ。 今『スライムタンズ』のところに行っても、『木を説得する変人』の噂が追加されるだけよ」
「いい加減……」
あきれる麻美に、エミはすまして答える。
「『木が歩いた』なんて、馬鹿馬鹿しくて噂に残らないわよ。 チカンが出たとか、幽霊を見たって話しの方が信じられやすいし、噂にもなるわ」
「でも……つけられている本人はどう思うかしら?」
エミは、その問いには答えなかった。
一方、山之辺、川上両刑事は、警察業務の傍らで、『像』の行方と出所を追っていた。 今は、大河内氏から聞きだした『像』の購入先に向かっている。
「貸し倉庫? そこに業者が運んだのか?」
「ええ、しかし行ってみたら……倉庫の管理会社は把握していないと」
「小さな物じゃなし、壊れ物だ。 運ぷのは専門の業者でないと無理じゃねぇか?」
「そうですね……と、ここです」
裏通りの雑居ビルに、その古美術商は店を構えていた。
「こいつは……」
「知っているんですか?」
「最近、ちょくちょく名前を聞く」
二人は、裏口から古美術商の中に入った。
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