悪魔と魔女とサキュバスと

第三 魔女のタンサク(2)


 翌日、川上刑事はエミから行動予定のメールを受け取った。

 『本日午後、マジステール大学付属高校を訪問し、大河内マリアの顔を確認。 以後、翌朝まで監視を

行う予定』

 「……本職顔負けですね」 驚いた口調の川上刑事。

 「適当なことを言っているんじゃなければ、仲間がいるな。 3交代でも最低3人は必要……」

 山之辺刑事は呟いた。

 「山さん?」

 「すまん、協力者だったな。 行こうか、こっちはこっちの仕事がある」

 山之辺、川上の両刑事は、最近、頻発している小火や爆発騒ぎの捜査にかこつけて、『赤い悪魔の像』を

探すことにしていた。

 「像さえ見つかれば、半分解決したようなもんだ」

 二人の刑事は、白い息を口元に漂わせながら、鉛色の空の下に出て行った。


 午後3時、マジステール大学付属高校の校門で、麻美はエミを出迎えた。

 「えーと……」

 麻美は困惑していた。 エミは、顔をきつめの30過ぎの女性に変えていた。 それはいいのだが、薄い色の

ついた細身の銀縁眼鏡をかけ、ワインレッドのツーピースのスーツに身を包んでいる。 女教師か家庭教師の

つもりらしいが、突き出した胸と漂う色気が隠しようもなく、『サディスティック女教師の乱れた夜、ハイヒールで

いじめて』の主演女優にしか見えない。 しかも、当人は気がついていないようだ。

 「なにか? 麻美さん」 眼鏡をかけなおしながらエミが言った。

 「なんでもないです……」

 麻美は痛いほどの視線を感じつつ、エミを従えて門を出た。


 「大河内さんは、Feb祭の準備で大学の方に行ったらしいの」

 マジステール大学と付属高校の間には、共同で使用するグラウンドと体育館がある。 二人は高校外の道路を

歩いていて大学へ向かった。

 おぉー♪

 グランドから歓声が聞こえ、そちらに目をやると、オレンジ色の気球が膨らみつつあった。

 「バルーン同好会の熱気球ね、飛ぶのかしら」

 「市街地の真ん中よ、多分無理ね」
 そんな話をしながら、二人はグラウンドに入った。 熱気球以外にも、ステージや、展示物が準備されており、

早々と見物人や記者が集まっている。


 メイドンガー!!

 雄たけびを上げ、身長5mほどのロボットが立ち上がった。 トラスフレームの骨格に、アクチュエータやモータ、

ケーブルが組み込まれた機械の大男、いや大女は、一際注目を集めていた。

 「緑川助教授。 これは何を目的として作られているのですか?」

 「うむ、これはプロトタイプでな。 最終的には、家庭で人間の手助けをするメイドロボットを目指している」

 「メイド……にしては大きいようですが」

 「小型モータは特注で金がかかるでな、汎用のモータを使った為、この大きさとあいなった。 いずれは、もっと

小型化できよう」

 「そうですか。 それでどのようにコントロールするのですか?」

 「良くぞ聞いてくれた」 教授は、コードがいっぱい取り付けられている、ごつい手袋をはめた。

 「このメイドンガーは、シンクログローブにより、操縦者の上半身の動きをトレースできるのだ! そして下半身は

コンピーュータとセンターで自動的にバランスをとる」

 「それはすごいですね」

 「うむ、では実演してみせよう」

 緑川助教授はグローブをはめた手で、そばにおいてあった竹製の箕(ちりとりの様な形のかご)を拾い、

中腰にかまえた。 するとメイドンガーが、近くにあったドーザ・ブレードを拾い上げ、教授と同じ姿勢で構える。

 「あ、それ。 あ、それ。 それ、それ、それ、それ」

 調子をつけ、緑川助教授は砂山を箕ですくってみせる。 すると、メイドンガーは助教授の動きにあわせ、土山を

崩し始めた。

 おおー

 見物人が感嘆の声を上げた。 もっとも、傍から見ていると緑川助教授とメイドンガーは、『どじょうすくい』

ならぬ『土壌すくい』をやっているようにしか見えなかった。


 エミと麻美は、気球やロボットの間を通り抜け、大学の講義棟にやってきた。 団地のような講義棟の間に、

中央に噴水を配した小さな池があり、その池の辺に学生が一列に並んでいた。

 「あら、何?」 首をかしげる麻美。

 「マジステール大学名物、『復活の泉』よ」

 エミはそう言って立ち止まり、麻美がそれにならう。


 池の辺の学生が、コインの様なものを池に投げ入れた。

 ザバッ!!

 池の中から、シュノーケルをくわた男が立ち上がり、防水らしい封筒を両手に一つずつ掲げた。

 「お前が落としたのは、一般教養か?専門課程か?」

 「すみません、必修専門課程の……」

 頭を下げる学生に、池から現れた大学職員が追試申し込みの書類を渡す。


 「何、あれは?」

 「大学はね、高校までとは違って、自分で授業を選択して『単位』を習得できるのよ。 そして、卒業までに

定められた『単位』を取っていないと卒業が認められないの」

 「へー」

 「こうやって、衆人環視の中で追試の申し込みをさせ、単位を落とすのは恥ずかしい事だと知らしめようという

この大学の名物ね。 もっとも、面の皮の厚い奴には……」


 何人目かの学生が、両手に抱えたコインを全て池に放り込む。 そして、池から現れた大学職員にへらへら

笑いかけた。

 「いんやー、いっぱい落としちゃって申し訳ありません。 ここは、情けを持って追試を……」

 学生が、みなまで言い終わらないうちに、池の中から白衣の教授達が次々と現れ、目をむく学生を捕まえ池に

放り込む。

 「この野郎、授業の時は高いびきで寝てやがって」

 「教えるほうの身にもなってみやがれ!」

 「わー!権力の乱用だ!パワハラだー!」

 「心配するな。 成績には反映しないからパワハラにはあたらん」

 教授達は、不心得者に天誅をとか言いながら、学生の頭から冷たい水をかけている。


 「うわー」

 「ま、大学教授も人間、学生の態度が悪けりゃ、腹も立とうと言うものよ」

 エミと麻美は『復活の泉』を後にする。

 「肝心の生徒会長さんはどこ?」

 「美術部の副部長も兼任しているから、美術部の展示を監督しているらしいんだけど……」

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