悪魔と魔女とサキュバスと

第ニ章 サキュバスのゾウショク(3)


 翌日、山之辺刑事と川上刑事は昼休みを利用し、喫茶店で『ジョーカー』に会っていた。 山之辺刑事が川上刑事に耳打ちをする。

 「……川の字よ、おれは『ジョーカー』というのは『怪しい事の専門家』だと思っていたんだが」

 「はぁ」

 「こいつは『怪しい』専門家じゃないのか?」

 二人の目の前には、室内だと言うのに黒い幅広の帽子を被り、黒いサテンのコートを着た黒づくめの女が座っている。 ごていねいに

顔には包帯をぐるぐると巻き、濃いサングラスまでかけている。 そして、頼んだ物は(真冬だというのに)アイスコーヒーである。

 「……」

 店内の視線が、このブラック『ジョーカー』に集まって入るのは、気のせいではないはずだ。

 一方、エミも困惑していた。 山之辺刑事と彼女は面識があるが、彼にとってエミは、せいぜい『警察に時々呼ばれる職業女の一人』程度の

認識であるはずなのだ。 川上刑事の話だと、どうも『怪しい事件』がおき、その方面の助けが必要になり、『ジョーカー』の紹介を求めたらしい。

 (うーん、『ジョーカー』か)

 『ジョーカー』と言う名前は、エミが依然関わった事件(『ともしび』参照)で、マジステール付属高校の学生に名乗った名前だった。 その事件を

実際に解決したのがエミで、彼女は表向きの幕引きを川上刑事に依頼していた。

 (くちからでまかせの名前だったのに……)

 包帯の間にストローを咥え、エミはアイス・コーヒーを吸い上げた。

 (なるほど、包帯を顔に巻いていたらホットは無理か) 川上刑事は変なところに納得した。


 「『ジョーカー』さん。 あんたに聞きたいことがある」 どすのきいた声で山之辺刑事が聞いた。

 「なんでしょうか」

 「あんた、人を殺したことがあるか?」

 ブホッ!

 噴出したのはエミ……ではなく、風変わりな三人組みに興味を引かれ、周りで聞き耳を立てていた他の客達だ。

 「と、唐突になんです」 上ずった声で応えるエミ。

 「なにちょっと確認したくてでね。 どうなんですか?」

 口調は柔らかいが、目が笑っていない。 エミはサングラスの下で視線を忙しく動かし、帽子の下で頭を働かす。

 「殺意を持って、直接人を殺めた事はありません。 でも……」

 口ごもるエミに、山之辺刑事が頷いて話の先を促す。

 「結果として人を死に至らしめた事があるかと言えば、Yesです」

 「ほ」 山之辺刑事の目が細くなった。 「死因は?」

 「腹上死」 エミはきっぱり答えた。

 ゲホ、ブホッ!

 再び咳き込む他の客達。

 「ふむ……嘘じゃなさそうだな」

 山之辺刑事の視線が緩み、エミは安堵のため息を漏らした。

 「妙なことを聞いちまったな。 ちょっと前に、川の……いや、内輪の話だ。 ではミス……おっと、『ミズ・ジョーカー』と

呼ばなきゃならんのでしたっけ」

 山之辺刑事は、彼が体験した事件のあらましを語り始めた。 その前に、辺りをにらみ付け、野次馬根性を発揮していた客を

追い出した事は言うまでもないが。


 「……すると、悪魔に取り付かれた何かでおかしくなった娘さんが、悪魔の像をどこかに隠したと?」

 「まぁ、そういうことだ。 あんたの意見は」

 「皆で病院にいかれては? そして、頭と目の検査を受けるとか」

 エミのつれない返事に、川上刑事が目を剥いた。 しかし、山之辺刑事は苦笑している。

 「まともな話が出来る相手でよかった。 実は秘書さんを病院に入れるとき、俺といっちゃん……大河内さんも、頭ぶつけたとか

言って精密検査を受けてな。 特に問題はないと診断書がでた」

 「その娘さんは? まだ自宅ですか?」

 「うむ、ちょっと妙な事になっていたんだが、昨日のうちに大河内さんが病院に連れて行った。 結果はシロだった。 レントゲンも

取ったが、角も尻尾も映らなかった」

 「そうですか。 で、妙な事とは?」

 「それがな、『覚えていない』と言ってるんだ」

 「は?」

 「今朝になって大河内さんが言うにはだ、『娘は『赤い悪魔の像』を見た時から後の記憶がなくなっている。 尻尾が生えていた時の

事も含めて』なんだと」

 エミと川上刑事が押し黙る

 「じゃあ、大河内氏のお嬢さんは元に戻ったと?……」 川上刑事が言った。

 「そう単純にいくか。 『像』はどこに行った? お嬢ちゃんに妙な影響は残っていないのか? いや……」

 山之辺刑事は言葉を切る。

 「そもそも、お嬢ちゃんは本当に元に戻ったのか?」

 「大河内氏のお嬢さんが嘘をついていると?」

 「そいつは判らん。 なにせ、大河内さんのセリフが『娘が戻りました、有難うございます。 これで解決しました』だからな」

 「それはないでしょう」 川上刑事が口を挟む 「秘書さんが入院しているんですよ。 第一、警察に相談に来たのは当人じゃないですか」

 「ああそうだ。 しかし、相談内容は家族の問題、本人が相談を取り下げれば、警察が動く理由はなくなる。 いや、理由がないどころか、

調べただけで犯罪行為になりかねん」

 「ちょ、ちよっと待ってください。 それはどういうことですか」

 「例えばだ、捜査の為に、容疑者を尾行するのは、警察官の公務だ。 しかしな、理由もなく一般人の後を付回せば『ストーカー』になっちまう」

 「……」

 「どうもな、先手を打って釘を刺されたらしく、課長からこの件は終わったと通告されちまった」

 「つまり……」 エミは呟く。 「その娘さんは、覚えていないの一言で、親から警察への相談を取り下げただけでなく、警察の動きを封じたと?」

 「そうだ、ちとやりすぎだがな」

 「?」 川上刑事が首をひねる。

 「動きが早すぎるんだよ。 俺やお前が、勝手にお嬢ちゃんを尾行し、それから苦情が来るのなら話がわかる。 が、まだ何もしてない。 なのに

警察が出てくるのを妨害しようとしているようだ」

 「つまり、娘さんは『角』と『尻尾』を隠しているだけだと?」

 「おれはそう思っている」

 沈黙が流れた。


 「で、でも、大河内氏は親でしょう? 近くに居る親がそれを見抜けないなんて」

 「いっちゃんは娘が可愛い。 娘に尻尾が生えたなんて、悪夢以外の何ものでもない。 だからだ、『覚えていません』の一言で、きっと直ったんだ、

元に戻ったんだと信じ込んだ、いや、信じ込もうとしている、おそらくな」

 「親心ですか……」

 「だが、実はお嬢ちゃんが元に戻っていないとすれば、この先、いっちゃん……いや、大河内さんは不幸な事になる。 おそらくお嬢ちゃんも。 

おれはそれは見たくない」

 沈痛な面持ちで、山之辺刑事が漏らす。 一方『ジョーカー』の表情は包帯の下で読めない。

 「で、私に何を? 私は探偵ではありませんよ」

 「あんたには、こういう『怪しい事件』の知識があると聞いている。 今の話から、お嬢ちゃんに何が起こったのか、判らないか?」

 「『悪魔に取り付かれた』……ではなくて?」

 「『悪魔』を『病気』と置き換えてみろや。 『病気になった』という事が判っても病気を治せん。 『病気の種類』を特定し『病気への対処』と『治療

方法』が判らなきゃならん。 それができるのは『医者』だけだ」

 「私が『医者』……すると私は、その娘さんを『診察』して『病気への対処』と『治療方法』を示せばいいのね? でも、私みたいな『怪しい人間』では、

そのお嬢さん近づけなくてよ」

 「俺たちだってそうだ。『病人』には近づけず『病原体』も行方不明。 これで『診断』を下せというのは無理な話だと思うが……」

 「ああ。 それで、本来なら部外者には秘密にすべきことまで話したね」

 「俺が持っている情報は全て話した」

 そう言って、山之辺刑事は頭を下げる。

 「頼む、協力してくれ」

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