悪魔と魔女とサキュバスと

第ニ章 サキュバスのゾウショク(1)


 2007年2月、節分の前日。 水天宮署では、12月の事件の余波による集団風邪がようやく解消し、

日常が戻ってきていた。

 ファイルを抱えた原巡査が、廊下から捜査課の中に声をかける。

 「山之辺さん、重石課長が呼んでいます」

 「んー? 急ぎか?」

 「署長室に来るようにいってました」

 山之辺刑事は肩をすくめ、どっこいしょと声をだして立ち上がり、ぶらぶらと歩き出す。


 「山之辺君、こちら区議会議員を務める大河内さんだ」

 建前署長が、ソファに腰掛けていた貫禄のある壮年の男性を示す。

 「えー、家族の事で相談したいことがあるらしい。 なぜか、君をご指名だ」

 署長は、(いつ、政治家とコネを持った?)と言いたげな顔をしている。

 「……警察の仕事ですかね。 我々は、暇を持て余しているわけではないのですが」

 「山之辺君。 まず、お話を聞いてみたらどうかね? それから、君が警察の仕事かどうか判断すれば

よかろう」

 署長は言外に(お前の責任で対応しろ)と言っている。 

 「そうします。 デリケートかつプライベートなお話ですし、近くのホテルで話を聞きくとしましょう。 

もちろん経費で」

 「む……重石君」

 「仕方ないのでは? 取調室というのも失礼かと。 署長、費用の説明はお願いします」

 予定外の支出に説明が必要なのは、民間も公務員も同じだ。 ないがしろにはできないのだが、

前例のない支出の場合、説明して許可をもらうのは結構な手間なのだ。 だから、上司と言うのは

前例のない支出は認めたがらない。

 「署長決裁では落ちんかな?」

 「後で問題になりますよ。 監査に目をつけられたいんですか?」

 不毛な相談を始めた上司達を残し、山之辺刑事は大河内議員を促して署を後にした。

 ホテル『プチ・ゴージャス』、ビジネスホテルで会議室も備えている。 山之辺刑事はそこを借りて、

大河内議員を案内した。 廊下に誰も居ないのを確認し、扉を閉めてロックする。

 「……いっちゃん、困るぜ。 こんなことされちゃ」

 山之辺刑事の口調が変わった、妙に親しげだが、大河内議員は気にした様子は無い。 

むしろ済まなそうにしている。

 「すまん。 しかし、『大将』にしか相談できなかったんだ」

 実はこの二人竹馬の友で、互いの家族事情を知っているのだ。

 「『大将』ね……そう呼ばれるのも久しぶりだ。 で、何があった」

 山之辺刑事が真剣な顔になる。

 「うまく説明できないのだが、そう、娘に『悪霊が取り付いた』というのがもっとも近いと思う」

 「『悪霊』!?」

 「うむ、昨晩のことだが……」


 大河内氏は、飯田秘書と娘の密会の現場を見てしまったのだ。 大河内氏は激怒し、二人を

激しくなじった。 ところが、二人とも顔色すら変えなかった。 それどころか……

 
 「信じられん事だが、娘に角が生えていた。 そして目が金色に光ったのだ」

 「……」

 「そして、こともあろうに、実の父を……すまん、これ以上は……」

 大河内氏は顔を抑え、指の間から雫が落ちる。 山之辺刑事は、だまってティッシュペーバを

差し出し、受け取った大河内氏は鼻をかむ。

 「馬鹿馬鹿しいだろ? 笑ってくれ。 きっとあれは、わしの見間違いだったんだ。 そう

言ってくれ」

 すがるような眼差しを向けてくる大河内氏を、山之辺刑事は真剣な眼差しで見返す。 そして、

腕を組んで考えている。


 「いっちゃん。 一度娘さんに会わせてもらえないか?」

 「大将?」

 「正直、いっちゃんの話は信じられん。 しかし、去年の暮れちょっとした事件があったんだ、

その事件の関係者の一人が、短い間に顔かたち、体つきがすっかり変わってしまったのを知っている」

 「……それで?」

 「その関係者は、体つきと共に性格まで変わっていた。 そう、淫乱になっていたというか」

 「おい!?」

 「慌てなさんな。 そういう事がつい最近あった、だから、いっちゃんの話を頭から笑い飛ばす事は

できねぇ。 まず、いっちゃんの話が本当かどうか、角が生えるというなら、この目で確かめたい」

 「……まってくれ。 確かめて、その後はどうすれば……そうだ、その関係者はどうなったんだ? 

なおったのか? だったら」

 「そう急くな。 その関係者は、水をかけて病院に収容したんだが、いつの間にか治っちまった」

 「そうなのか? じゃあ早速、娘に水をかけて……」

 「落ち着け、いっちゃん。 まず俺自身の目で確認されてくれ。 それから、心当たりに相談して

みよう」

 「心当たりがあるのか!? じゃあまずそこにあたって……いや、私が話そう! 連絡先を教え

てくれ!!」

 「落ち連けって……」

 娘を心配する大河内氏を説き伏せ、山之辺刑事が大河内邸に向かったのは、それから小一時間

たってからだった。

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