悪魔と魔女とサキュバスと

第一章 悪魔のカイホウ(3)


 アパート、コーポコポ。 布団の上に横たえられたミスティの額に、スーチャンが小さな手をあてる。

 「スーチャン、オネツヲ ハカリマス♪ アッチチ♪アッチチ♪アッチッチッ♪」

 ストーブ並みの熱さだ。 スーチャンは首を傾げ、難しい顔でエミに聞いた『病人の介護方法』を思い出す。

 ”熱があるときは、氷で冷やすのよ”

 「コオリー、コオリー…… コオリッ!!」

 スーチャンは冷蔵庫を指差し、トタトタと走りよると、手近にあったビールケースを踏み台にし、製氷室を開けた。

 「コオリー!!」

 スーチャンは製氷室に両手を突っ込んで中の氷の塊を掴み、上体を反らせつつ渾身の力で墓石ほどの巨大な

氷柱を引きずり出す。

 「オオモノー!!」

 氷の重みによろけつつ、スーチャンは氷柱をえいっとミスティめがけて投げた。 狙い違わず氷柱はミスティの顔面に

着地する。

 ダン! ジュー……

 『氷の墓標』はミスティの熱で下から溶け、盛大に水蒸気を上げる。 それを見たスーチャンが手を叩いて喜んだ。

 「メイチュー!」


 深夜、マリアは自室で『フェブ祭』の発表内容をチェックしていた。 『フェブ祭』は文化祭であると同時に、大学、高校の

文化的成果の発表の場でもある、おろそかには出来ない。

 「?……」

 マリアが顔を上げた。 ニ三度瞬きし、窓から空を見あげた。 満月が彼女を見返す。

 「……」

 ふいにマリアの瞳が焦点を失った。 彼女は立ち上がり、まるで漂うように部屋から出た。

 
 「え?」

 マリアは驚く、目の前に『赤い悪魔の像』。 慌てて辺りを見回す、離れの室だった。

 (夢遊病? 何かの意識障害? ……?) 

 頭の中で異常の説明を探す。 その時、像が光り始め、彼女の注意はそちらに向けられた。

 (光……天窓からの月光ね)

 像は、月明かりを赤く変えて部屋を満たし、心のざわめく光景を生み出す。 と、マリアはその光の中に人影を見出した。

 「!……凄いわ、光の虚像かしら?」

 ”像には違いないわ。 マリア、よくきたわ”

 赤い人影がしゃべった、というより頭の中で声がした。

 「!」

 マリアは口を閉じ、頭の中でこの現象の答えを探すが、見つからない。 判らないことは危険だ。 マリアは、この場から

離れるべきだと判断した。

 ”私の目を見なさい”

 人影の瞳が鮮明になり、マリアの視線を引き付ける。 マリアの目がそこに釘付けになり、その表情から感情が消える。

 ”恐れる必要はない”

 「恐れる必要はありません」 マリアの唇から、赤い人影のの言葉が繰り返される。

 ”宜しい、では話をしましょう”

 「貴方と話をします……」

 応える同時に、マリアの顔に表情が戻った。 マリアは瞬きをしてから赤い人影を見据えた。 


 「貴方は何者……」 マリアの問いかけに人影は応える。

 ”そういう貴方は何者”

 「私は、大河内マリア。 マジステール付属高校三年で生徒会長……」

 ”それは、記号。 周りとの繋がりの中で、貴方を位置づける情報”

 「……え?」

 ”貴方と同じ知識、認識を持たなければ意味を成さない。 さぁ、貴方を私に説明なさい”

 マリアは困惑した。 『名前』『学校』『生徒会』、これらを知らない存在に今の自分を説明する方法があるのだろうか?

とりあえず、赤い人影との共通認識を探る事にする。

 「私は……私人間で、女性です」

 ”女……では貴方の男はどこにいます”

 「私の……男?」 マリアは戸惑う。 質問が唐突だったこともあるが、なぜか心が乱れたのだ。

 ”貴方は女、人間の女、では男と結ばれ、子孫を残すのが生きている理由”

 「そんな短絡的な、人間が生きる理由は他にいくらでもあります。 結婚だけが生きている理由なんて」

 ”それは理屈、それは言い訳。 貴方は人間、貴方は女、だから心の底に男を求める欲望がある”

 赤い人影の姿が次第に鮮明になっていく。 マリアはその姿に既視感を覚えた。

 ”生き物であるならば、それが当然。 そうでしょうマリア”

 マリアは驚きに目を見開いた、赤い人影の正体に気がついたのだ。

 ”私は貴方、貴方は私”

 『赤いマリア』がそこに居た。 彼女は手を挙げて、マリアを指差す。 マリアの部屋着がするりと脱げ落ち、瑞々しい

裸体が赤い妖光に染められる。

 ”認めなさい。 貴方は『女』よ、マリア”

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