悪魔と魔女とサキュバスと
第一章 悪魔のカイホウ(1)
2007年1月、年が改まって20日余り。 ここは東京都 酔天宮町『マジステール通り』。 暮れなずむ空を
見上げ、人々はコートの襟を立てて家路に急ぐ。
結構な人通りがあるのに、誰も立ち寄ろうとしない一軒の古道具屋があった。 『妖品店ミレーヌ』、そこに
漆黒のコートに身を包んだ女が入っていく。
カラ……
控えめなウェルカム・ベルの音が、店の中に意外なほど大きく響いた。 女は店の中をぐるりと見渡す。
その視界に奇異な物が入った。
「?」
古い冷蔵庫が置かれている。 古道具には違いないが、写真を撮って間違い探しの問題に使えば、間違いなく
解答の最初に来るだろう。 それに、その冷蔵庫は包装用のテープでぐるぐる巻かれているおり、開きそうにない。
そして、その冷蔵庫の上には、ピンク色のワンピースを着た緑の肌の少女が腰掛け、バナナを食べ、もといチュウチュウ
音を立てバナナを吸っている。
「……いらっしゃい……ミズ・エミ……」
店の奥のカウンターの向こう側から、黒いフード付マントを被った女性が挨拶をした。 店の主人で名をミレーヌと言う。
「それ、なんなのか。 判る?」
ミレーヌと相対する位置、古ぼけたスツールに座っている制服の少女が、顔をこちらに向けながら話しかける。 彼女は
如月麻美、マジステール大学付属高校に通う学生だ。
「さて……そうね」
『エミ』と呼ばれた女性は、切れ長の目で冷蔵庫と緑の少女を凝視する。 と、冷蔵庫がガタガタと震え、くぐもった声が
中からした。
フガ! フゴゴ!!
エミは驚く様子も無く、冷静、と言うより冷たい眼差しで冷蔵庫に巻かれているテープを見つめ、次に少女の様子を観察する。
少女はそ知らぬ顔でバナナを吸っているが、不機嫌なようにも見える。
「中に何かが閉じ込められている……そう、悪事を働いた悪魔が封印されているのかしら?」
「へぇ、よく判るのね」
「テープに『ふういん』と書いてあるわよ。 で、封印されてどのくらい?」
「30分程度かな」
「封印された理由は……その悪魔がスーチャンのバナナをつまみ食いしたとか?」
アタリー!
緑の少女が右手を上げた。 彼女がスーチャン。 今は人型だが、本来は不定形のスライム状の生き物で、悪魔の使い魔
でもある。
「つまり悪魔、いやミスティは自分の使い魔のおやつをつまみ食いし、その使い魔に封印された訳ね。 冷蔵庫の中に」
エミは首を振り、こめかみを押さえた。
「スーチャン、そろそろ出してあげたら? ミスティも反省しているだろうし」
ンー……ウン!
スーチャンは冷蔵庫から飛び降り、鼻歌を歌いながらテープをはがし始めた。
レーゾーコ ノ ナカニハ ナニガアル♪ レーゾーコ ノ ナカニハ アクマイル♪
「いやな、冷蔵庫ね。 夜中に開けたくないわ」 エミが呟く。
5分ほどかかって冷蔵庫の『ふういん』が解かれた。 弾かれるように扉が開き、中から白煙と共に霜に覆われた人影が
転げるように出てきた。
シュワー……
白煙をあげる怪人は、板張りの床にすっくと立ち上がり、胸を張った。
ハックシュン!!
くしゃみと共に、白煙と霜が撒き散らされ、怪人はピンクの肌の少女に変わった。 彼女がスーチャンの主、ピンクの悪魔
ミスティその人、いや、その悪魔だった。
「ぬっふっふっ……」
ミスティは不気味に笑い、スーチャンを見据える。
「やい、スーチャン! よくもご主人様こんな目にあわせてくれたわね……」
ばなな! ばなな! ばなな!
口喧嘩を始めた悪魔と使い魔の間に、エミが割って入り、仲裁する。 と、ミスティを見ていたミレーヌの口元が歪む。
「……これはいけません。 ミスティのタトゥが赤に変わりはじめました……」
「へ? あらほんと」
ミレーヌの呟きを耳に留めたエミは、彼女の言うとおり、ミスティの頬にある星型のタトゥが赤くなっているのに気がついた。
それもどんどん鮮やかになっていく。
「まずい……」
エミは、ミスティのタトゥーの色が変わる時、彼女の『力』がupするのを知っていた。 ブルーで『知力』が、イエローで
『運』が、そして赤は……
「ミスティ、やめなさい! ミレーヌ、このこのタトゥが赤になるとどうなるのよ!」
「……ミスティの体温が上がります……」
「ただの体温計かい!」
エミがそう言った途端、ミスティのタトゥが赤く輝き、その視線が宙をさまよう。
「頭がグールグル〜、機関車シュッポポ〜。 バタッ!」
自分で擬音をいれ、ミスティはその場にばったりと倒れた。 その姿が陽炎の様に揺らめく。
「わー大変! 水! いや氷よ氷!」
ワータイヘン! アッチッチッ!
エミと麻美、スーチャンはばたばたと走り回り、高熱で倒れたミスティに水をかけ、氷嚢をで頭を冷やす。
「うーん、これを……」
倒れたミスティが、エミに一枚の紙を差し出す。 エミはそれを受け取って広げた。
「『早退届』?……一身上の都合により、今回は『決戦』まで休ませていただきます……」
エミは氷のような視線でミスティを見据え、手にしたバケツの水を浴びせかけた。
「面倒事が起こるのが判ってるなら、先に言いなさい!」
そして、ミスティが『早退届』を出したのと同時刻。
「綺麗……」
一人の少女が、魅入られたように『赤い悪魔の像』を見つめていた。
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