ボクは彼女

52.麗の異変


 「不満……抵抗……はなせぇ!」

 ”離したら、また木間君に絡むつもりでしょう”

 『麗』(宇宙船)の触手は、『マザー2』(麗の体)に幾重にも巻き付き、拘束している。

 ”おとなしくなさい”

 「……麗?」

 木間は起き上がり、天井に向かって呼びかけた。

 ”なに?”

 「ありがとう。 君は大丈夫?」

 ”大丈夫、機能に異常はないよ”

 麗の言葉は落ち着いていて、問題はないようだ。 しかし、木間は妙な違和感を覚えていた。

 「『マム』? どうしたのです?」

 『マザー2』同様に、触手で拘束された『スーパー・ドローン』が『麗』に問いかけた。 彼女は、『麗』と『マザー2』の魂が入れ替わっていることに気が

ついていないようだ。

 「ねぇ、麗。 『スーパードローン』の方は、拘束しなくても、君が命じればいう事を聞くんじゃないかな」

 ”そうかもしれないわね。 ……別名ある迄、しばらく休みなさい”

 『麗』がそう言うと、『スーパードローン』は抵抗を止めた。 『麗』が彼女を解放すると、その場にしゃがみこみ、膝を抱えて顔を伏せた。

 「やれやれ……」

 木間は息を吐いて、その場にへたり込んだ。

 
 「取りあえず、これでいいかな」

 エミは、外と連絡を取り、木間と麗の着替えを届けてもらい、木間は体を拭って、服を身に着けた。

 「乾いてくると、匂いが気になりますね……」

 しきりと自分の体の匂いを気にしている。

 「牛乳風呂に使ったのと同じだものね。 外に出で、海に飛び込めばいいんじゃない?」

 「凍え死にます!」

 今は初冬、寒中水泳と同じだ。

 ”匂い? ボクは何も感じないよ。 ああ、大気分析部から情報をもらえばいいのか”

 「体の使い方が判って来たのか? 興味深い」

 ランデルハウス教授は、さっきから辺りを観察し、熱心にメモを取ったり写真を取ったりしている。 エミも目を輝かせ、麗いろいろに質問したりしている。

 「ごめんなさいね。 貴女を元に戻す方法が判らなくて」

 ”お気遣いなく、気になりませんから”

 「そう?……ちょっと木間君、こっちきて」

 「は、はい?」

 エミは木間を呼びつけると、彼の肩に手を回し、小さな声で話し始めた。

 「せ、先生」

 木間が顔を赤くする。

 「あんまり近づくと、また麗が怒りますよ」

 「ならいいんだけどね」

 「?」

 エミは木間に尋ねる。

 「麗さんの調子はどう? 貴女は付き合いが深いでしょう」

 「それは……そうですが。 何を聞きたいんですか?」

 「彼女、わりと感情を表に出すタイプよね。 今はどう?」

 木間は天井を見上げ、『麗』に声をかける。

 「麗、体の調子はどう? さっき見せた貰ったけど、天井に穴を開けられてたけど、痛くない?」

 ”損傷部分が……チクチクする感じがあるね。 でも痛いと言うほど感じない”

 「そう……なにかあったら声をかけてね」

 ”ええ”

 木間はエミに視線を戻した。

 「いつもの麗じゃありません。 いつもはもっとこう……『元気いっぱいの女の子』なんですけど、今は妙に落ち着いているというか、冷静……過ぎると言うか」

 「私もそう感じたわ。 こうしたら……」

 エミは、ぐいと木間を引き寄せた。 勢いあまって、エミの胸に顔を突っ込む木間。 真っ赤になってエミから離れる。

 「いつもなら『離れてください!!』って怒鳴っているわ」

 「確かめるにしても、もう少しましなやり方があるでしょう!」

 木間の抗議を受け流し、エミは教授を呼び、麗の異変を告げた。 教授は腕組みをして考え込む。

 「君の考えはどうかね?」

 「人間同士ならともかく、異性生命体と魂を交換した場合の影響なんて、判る訳が……」

 「では、肉体が変貌した場合はどうかね」

 「え?……というと?」

 「人から動物に、または人外の者になってしまった場合、その人間の心はどうなる? 君は、そうした例や体験談を聞いているのではないか?」

 エミは目を閉じて考え込んだ。

 「そうですね……人が人外の物に代わってしまった場合……性格や嗜好も変わってしまうことが多いようですが……」

 「麗君も同じではないか? 魂が交換され、交換先の肉体に影響を受けているのではないか? そしてそれは『マザー2』も同様ではないだろうか?」

 ランデルハウス教授は、触手に拘束されている『マザー2』へ視線を向けた。 暴れ疲れたのか、居眠りをしている。

 「魂が入れ替わったとたん、木間君に襲い掛かった。 あれは『マザー2』の意志が『麗』君の肉体の欲求を抑えきれなかったから、ではないか」

 「なるほど……」

 「木間君、君はどうだ」

 いきなり振られ、木間は慌てる。

 「ぼ、僕が? なんですか?」

 「君はが麗君と体を好感している間の事だ、普段なら、男と交わりたいとは思わないだろう?」

 「当り前です! 僕はノーマ……あ、これって差別になるんですか?」

 「気にしなくてよろしい。 聞きたいのは、君は女の体でいる時、麗君以外の『男性』に対して、性欲を感じるかと言うことだ」

 木間が苦い顔になる。

 「答えなきゃ駄目ですか?」

 「うむ」

 「確かに……『麗』になっている時は、クラスメイトに感じる感覚が変わります。 ただ、それが麗の体から来るものなのか、確信はありません」

 教授は大きくうなずき、エミに向き直る。

 「確証は無いし、証明もできないが、精神は肉体に影響される。 麗君に生じた変化は、ボディとなった宇宙船の影響によるものだろう」

 「害はないんですか」 心配そうな木間。

 「わからん。 しかしこの状態でいることが、麗君の精神に影響がある可能性がある以上、できるだけ早く、元に戻さねばならん」

 「判りました、じゃぁさっそく……」

 「しかし、その方法が判らん。 この現象は、『マザー2』が狙って起こしたモノでなく、『事故』だ。 再現できるかどうか……」

 「そんな」

 「もう一つ問題があります」 エミが言った。

 「なんだね?」 教授が聞いた。

 「元に戻ったとしても、このままだとまた『マザー2』が麗さんを捕獲し、調べようとするでしょう。 だからその前に『マザー2』が、そのような事を起こさない

ようにする必要があります」

 「む……確かに」

 「流石です、エミ先生。 で、どうするんですか?」

 「それよね、問題は。 どうすればいいかしら?」

 教授と木間は床に突っ伏した。

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