ボクは彼女

45.ミスティ、突入


 水平線近く、人魚が群れている辺りに向け、太鼓腹の操縦するドローンが飛ぶ。

 「慎重に、君慎重に」

 緑川助教授が心配そうに太鼓腹の手元を覗き込んでいる。

 「まかせてくださいって……よしこの辺り」

 エミが持っているタブレットに、ドローンの画像が転送され、距離が表示されている。

 「ここから4.2km……随分近いわね」

 「直接視認できなければ、隠れ場所としては十分なのだろう。 『マザー2』は見えるかね?」

 エミは首を横に振り、川上刑事を呼んだ。

 「この日傘をさしてくれない? 液晶画面が見ずらいの」

 川上刑事が日傘で影を作り、エミは改めて画面を見直す。

 「見えないわ……少し濁ってるみたい」

 「それに、この浜の辺りは浅いが、少し沖に出ると急に深くなっているらしいぞ」

 川上刑事が、スマホで情報を確認しながら言った。

 「ランデルハウス教授。 『マザー2』が居る場所の深さを人魚に聞いてもらえますか?」

 「うむ」

 ランデルハウス教授は、波打ち際にいた人魚と何やら言葉を交わし、首をひねった。

 「どうです?」

 「30キックだと言っている」

 「は?」

 「海面から、30キックで届く深さだと……なに? 『自分なら25キック』?」

 波打ち際が何やら騒がしくなってきた。

 「これこれ、喧嘩はやめなさい……」

 困惑するエミに、山之辺刑事が話しかけた。

 「何か、深さを計る道具を持たせちゃどうだ? 俺たちだって、自分のいる場所や、高さをその場でぱっと答えられんだろう」

 もっともな話だ。 エミは、警察のダイバーの装備の深度計を借り、ランデルハウス教授が人魚に持たせる。

 「この針が何処に来るかを……なに?この模様が何か判らん?」

 人魚達は深度計が読めないらしい。 エミはがっくりと肩を落とした。

 「深度がそんなに大事なんですか? 場所が判ったなら、ダイバーの人に潜ってもらい、中に入るとかできないんですか?」

 麗が悲壮な顔でエミに尋ねる。

 「海上ならともかく、海の中の『マザー2』に入る手立ては……仕方ない、ミスティ!」

 「呼んだ〜?」

 気の抜けた返事をして、砂のお城を作っていたミスティが駆け寄ってきた。

 「『マザー2』が沖合4.2kmの海底付近にいるの。 中へテレポートして、様子を探ってもらえる?」

 「それで、木間君を連れてきてもらうんですね!」

 麗がこぶしを握り締めたが、エミは首を横に振った。

 「この子は、自分以外のモノは、10kgぐらいまでしかテレポートできないのよ。 赤ん坊ならともかく、健康な少年男子は無理らしいわ」

 「パーツに分ければ送れるよ。 頭と手と足と、胴体は3回に分けて……」

 『死んでまうわ』

 
 ’あ……麗が怒っている’

 「何故わかるの」

 少年の眼はトロンと曇っているけど、言葉ははっきりしている。

 『不明……不可解……何故、意志が戻る?……』

 「『マム』、僕には判りません」

 返答したけど、『マム』は答えない。 新しい指示が出ないので、少年の体への接触を再開する。

 「怒ってないよ……」

 少年のモノを乳房で包み、乳液の中に一度沈め、ゆっくりと揉むようにする。

 ’あ……’

 声に熱がこもってくる。

 ’だめ……麗……麗……’

 感じているはずなのに、それに逆らおうと……いや、声は拒絶しているけど、体は反応している?

 「『マム』……彼の肉体は、反応しているようです」

 『肉体……精神……反応している?……外部から……通信……発呼……アクセスしている?』

 壁が震えた。

 『興味……興奮……どうやって? 調べなければ……その少年を、『ポッド』にいれなさい』

 「はい『マム』」

 少年の体を『乳風呂』から引き揚げ、『ゾンビ・ドローン』を呼ぶ。 二人の『ドローン』が少年の肩を支え、『ポッド』まで連れて行く。

 
 「えーと、あっちに4.2kmで、下に……40m……海の中だよ?」

 流石に不安そうなミスティ。

 「その辺りに、『マザー2』が居るはずなのよ。 上手い事、中にテレポートして」

 エミがタブレット、ドローン、人魚をミスティに示した。

 「……えーと……」

 ミスティがエミを見た。 エミが頷く。

 「んじゃ……うーん……」

 ミスティは、拳を握り、腕を曲げて力むと、かっと目を開く。 次の瞬間、ミスティの体が透明になった。

 『おおっ!?』

 一瞬のうちに、透明ミスティがその場に崩れ、砂浜に水たまりができ、すぐに消えた。

 「……?」

 皆が首をひねっていると、ミスティがその場に現れ、仰向けに倒れた。

 「ミスティ!?」

 慌ててエミが顔を覗き込む。

 ブハー!!

 ミスティの口から大量の海水が、噴水のように迸り、エミの顔を濡らした。 エミは驚いて、その場に尻もちをつく。

 −−5分後−−

 せき込むミスティの背中を、エミとスーチャンが擦っている。

 「つまり、テレポート先がずれて海の中だったと……」

 ゲホゲホ……

 「ははぁ、あの透明ミスティは、貴女と入れ替わりでテレポートされた海水だったわけだ」

 ゲホホゲホホ……

 「で、もう一度行けそう?」

 ゲゲゲゲ……

 「鬼、悪魔、人でなし? いや、そこまで言わなくても……」

 「良く判るな」

 二人のやり取りを見ていた山之辺刑事が呟いた。

 「あのー」 太鼓腹が恐る恐る手を上げた。

 「偵察なら、いきなり当人がいかなくても、自動カメラか何かを送ってはどうです?」

 『おお!』 一同が感嘆の声を上げる。

 「でも、送った先が海中だったら? カメラが壊れるわよ」

 「これを送ってはどうでしょう」

 太鼓腹見せたのは、水中撮影用のドローンだった。

 「海底を移動するために、履帯もついています。 ただ通信可能距離が100mそこそしかないんですが」

 「ここからじゃ全然無理じゃないか」 川上刑事が指摘した。

 「いえ、それなら真上まで行けばいいのよ、垂直方向40mなら操縦できるわね?」

 「もちろん。 ただ、『マザー』の磁気攻撃を受けると壊れると思います」

 「中に侵入できれば、攻撃を回避できるかもしれない。 山之辺さん、船を呼んで、太鼓腹君はドローンの準備、ミスティ、一緒に来て」

 「私も行く!」

 麗の声にエミが振り向いた。

 「狙われているのは私! だから……」

 エミは、少し考えてから頷いた。

 「いいわ。 一緒に来て」
 
【<<】【>>】


【ボクは彼女:目次】

【小説の部屋:トップ】