ボクは彼女

36.誕生


 −−翌朝−−

 刑事さんは、僕と麗を学校まで送り届けてくれた。 もっとも、僕たちは普通に登校し、刑事さんは少し後からついて来ただけだったが。

 「パトカーで送ってくれるのかと思った」 麗が文句を言った。

 「学校にパトカーで? 噂がたつよ。 それも悪いうわさが」

 無事到着すると、刑事さんは校門で手を振って分かれた。 校内では護衛はつかないが、エミ先生が時々様子を見に来ると言っていた。

 
 山之辺刑事は、大学のランデルハウス教授の部屋に顔を出した。 そこには、エミと『クイーン・ドローン』、教授と学生が一人いた。

 「エミさんよ、昨夜は何もなかったぞ。 と、君は大学生だな。 すまんが席を外してもらえるか?」

 「待って。 彼にも協力してもらうの」

 エミは二人を紹介した。

 「こちらは警察の山之辺さん。 こちらは太鼓腹君。 琴研究室で、電子妖精『セイレーン』のオペレータを担当しているの」

 「山之辺だ」

 「太鼓腹です。 初めまして」

 山之辺刑事は太鼓腹の向かい側に座り、エミと『クイーン・ドローン』を交互に見た。

 「それで? 何か判ったか」

 「ええ。 彼女の話だと『マザー2』は捕獲した人間の一人を『ドローン』化して、その『ドローン』に二人を拉致させるつもりらしいわ」

 山之辺刑事の顔が険しくなる。

 「それは、海岸で行方不明になった連中の一人か? 誰なんだ?」

 「それが判らないの」

 エミは肩をすくめる。

 「『マザー』も『マザー2』も、人間を研究対象の動物としか見ていないのよ。 だから、『若い雄の人間』を『雌化したドローン』程度の認識しかないの」

 「はぁ?」

 山之辺刑事は呆れた様子で手帳を取り出す。

 「それじゃぁ『マザー2』はどうやって『あの二人』を探し出し、拉致する気だ? まさか、この学校の学生全部を拉致する気じゃないだろうな」

 エミが苦い顔で首を振る。

 「それを彼女に尋ねていたのよ。 どう? 『マザー』から情報をとれる?」

 『クイーン・ドローン』は宙を見つめて固まっている。 時折、胸が震えるのは『マザー』と交信してからだろうか。 しばらくして、『クイーン・ドローン』が

エミの方を見た。

 「『マザー2』は、まだ具体的なプランがないようだ。 『マザー』と情報をリンクし、人間の個体識別の方法を調べている」

 一同は机に突っ伏した。

 「勘弁してくれよ。 この調子だと、『マザー2』が行動を起こすのは、ずっと先になるぞ」

 「まったくね」

 気が抜けた様子のエミと山之辺刑事だったが、ランデルハウス教授は表情を緩めていない。

 「『マザー2』は『ドローン』をどう使うつもりかね? 拉致の実行部隊か?」

 『クイーン・ドローン』は再び『マザー』と交信にはいる。 今度はすぐに答えが来た。

 「どうも拉致の全てを『ドローン』に任せるつもりのようです」

 エミがげんなりした様子で応じた。

 「えぇ? 部下に丸投げする気なの?」

 「そうではないようだ。 『マザー2』は、自分が指揮して拉致する、人間自身に計画させて拉致を実行する方が確実と判断したようだ。 今作成中の

『ドローン』は、できる限りの能力を持たせた『スーパー・ドローン』を作ろうとしている」

 エミと山之辺刑事、そした学生の太鼓腹が顔色を変えた。

 「ええっ!? 『スーパー・ドローン』? どんな『ドローン』を送り込む気なの?」

 「そこまでは判らない」

 『クイーン・ドローン』は平然としているが、他の面々はそうはいかない。

 「海岸に現れた連中は、その場に居た人間を拉致し、ほとんど痕跡を残さずに姿を消したぞ。 今度の奴は、それ以上のことが出来るのか? 空を

飛ぶとか、素手で壁を砕くとか」

 「いや、別に戦闘マシンが攻めてくるわけじゃないでしょう?」

 「判らんぞ。 おい、『クイーン・ドローン』さんよ。 お前さんとこの『マザー』だったら、どんな『ドローン』を作れるんだ?」

 三度『マザー』と交信する『クイーン・ドローン』。

 「今地球上にいる生物の持っている能力なら、たいてい付与できるようです。 暗闇で目が見えるとか、毒や酸を分泌するとか」

 「物理的な力はどう? それと移動能力は? 空を飛ぶとか、水に潜るとか」

 「力の源は筋肉になりますから、他の人間とそう変わらないでしょう。 空は難しいと思いますが、肺を強化するとか、代謝を低下させて潜水時間を伸ばす

ことはできるかも」

 「じゃあ、『スーパー・ドローン』=『想像を絶する怪物』という訳ではないんですね? よかった」

 ほっとする太鼓腹に、エミは不安を口にする。

 「心配なのは生物毒の方ね。 この『クイーン・ドローン』も、乳首から意識を混濁させるガスを出せるらしいわ。 『スーパー・ドローン』も、それぐらいは

できるでしょう」

 「当然、そのぐらいは装備するだろう」

 『クイーン・ドローン』がエミの意見に同意した。

 「乳房だけからとは限りませんよ。 胃液を強化して口から吐くとか、腸内ガスを……」

 「下品よ太鼓腹君」

 「すみません……あ、でもそう言う攻撃なら、体のその部位を露出しないと使用できませんよね」

 「それはまぁ……」

 「すると、『スーパー・ドローン』は、露出の多い服か、素早く裸になれる服を選ぶんじゃ? 裸にコートとか」

 「なるほど……すると、『スーパー・ドローン』が猥褻物陳列行為に及ぶ前に……」

 「何、馬鹿な事を言ってるの!」

 エミが青筋を立てて怒鳴った。

 
 5人はしばらく情報を検討し、『スーパー・ドローン』はまず高校部の生徒に接触し、舞と木間の情報収集を行うだろうという結論に達した。

 「『マザー2』は『マザー』と情報共有しているから、大学の場所は判るはずだもの」

 「となると、高校部の生徒か大学部の生徒に接触してくる不審者を警戒すべきか」

 「ええ。 ただ、二人の護衛も続ける必要があるわ。 今の時点では『スーパー・ドローン』がどんな行動に出るか判っていないもの」

 「そうだな。 不審者の方は、学校を通じて生徒に注意を促そう」

 エミと山之辺刑事が腰を上げた時、『クイーン・ドローン』が片手をあげて二人を制した。

 「『マザー』から連絡……立った今、『スーパー・ドローン』が完成した……」

 
 …

 ……

 ………

 あぁ……

 水底から意識が浮かび上がる……

 くふっ

 息を吸う

 ヌルリ

 体を包む柔らかな感触

 ここは……どこ?

 身を起こし、立ち上がる

 ヌルヌルと纏いつく、暖かな滑り

 心地よい……とても

 でも……いかなくては

 心の声に促され……滑りをかき分け……歩を進める……

 光……

 光が見える……

 ヌルッ

 唐突に抵抗が失せた。

 辺りを見回す。

 薄明るい、不思議な空間……

 ここは……どこ……私は……

 『完成……誕生……ようこそ』

 ”あ……”

 声が体に染み込み、喜びで満たされる。

 『初期……命名……貴女は……ルウ』

 ”ルウ……はい、私はルウ……”

 『使命……目的……ルウ、行きなさい。 そして、二人をここに連れてくるのです』

 ”Yes……Yes、ma’am”

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