ボクは彼女

32.悪魔のシナリオ、恐怖の交わり


 エミ先生が刑事さんをなだめ、僕と麗を家まで送り、しばらく警護してもらうことになった。

 「私も後から行きます」

 「えー」

 不満そうな麗を刑事さんが睨みつけ、エミ先生に向き直った。

 「いいのか?」

 「協力を要請したのはそちらでしょう?」

 「宇宙人の狙いがわからなかったからだ。 連中の目当てがはっきりした以上、民間人を危険にさらすのは問題が……」

 「警察だけで対処できるの?」

 刑事さんは苦笑いをすると、僕らを部屋の外に連れ出した。 その後の部屋の中の事は、後々になって聞かされることになる。

 
 エミは、ミスティ、ランデルハウス教授に向き直った。

 「私たちは『マザー2』配下の『ドローン』が攻めてくることを前提に、対策を考えましょう」

 すると教授が手を上げた。

 「すまん。 私は日本語が苦手なので聞きたいのだが……『台本』とは何かね?」

 エミが苦笑した。

 「英語で言う『シナリオ』の事ですよ。 映画や芝居の筋書を書いてある本で、俳優たちに……」

 エミの表情が変わり、視線がミスティを追う。 ミスティは足を忍ばせて、その場を離れようとしていた。

 「待てぃ」

 エミがミスティの肩を掴み、こちらを振り向かせる。

 「ひぇぇぇ……エミちゃん、目が怖い」

 「やかましいわ! 吐け! 何をした」

 「何もしてないよう。 ただ、そっちの宇宙人さんたちが、あの女の子に興味津々だっから〜、ほらよくあるじゃない、『あれが最後の……とは思えない』

とか〜♪ それなら次の宇宙人がやってきたら〜とか思って……」

 「『台本』を書いた……と?」

 「書いただけだよう……」

 エミは額に手を当てた。

 「書いて、それだけ? それが現実になればいいと願ったとか、怪しげな儀式はしていない?」

 「ないない、してない」

 珍しく焦る様子のミスティ。 きょとんとしている教授と、無表情の『クイーン・ドローン』。

 「どうしたのかね、エミ君。 私は、『台本』とは彼女が入手した情報が記載された書類だと思っていたのだが?」

 エミは大げさな身振りで手を広げた。

 「そうではありません。 『台本』とは、彼女が考えたストーリーを書き込んだ、フィクションです」

 教授は、なんだと言う表情になった。

 「なんということだ。 それでは偽情報で警察に動いてもらったのかね」

 「それならば、まだよいのですが……」

 『?』

 今度は、教授と『クイーン・ドローン』が揃って首をかしげた。

 「ミスティには計り知れないところがあります。 かって彼女が風邪をひき、『決戦の時まで休まてもらいます』と言って寝込んでしまったことがありました」

 「それで?」

 「その後、この大学の隣の高校に異変がおこり、多数の女生徒が……まぁ、詳細はともかく大騒動になりました。 彼女がやってきて、風邪を広め……いえ

騒動を収めなければ、どうなっていたことか」

 「ふむ」 教授は手を顎に当て、考え込む風になった。

 「君は、ミスティの『台本』は単なるフィクションではないと判断するのかね?」

 「彼女が意識せずに未来を予知し、その内容を書き表した可能性があり……ます」

 「予知か……未来を知ることが実際に出来るとは思えないが」

 「私もそう思います……」

 「?」

 「あ、すみません。 今のは独り言です」

 エミはそう言ってもう一つの可能性を呑み込んだ。 ミスティが未来を操作している可能性を。


 
 …
 ……
 ………
 目を開く。 うす暗い天井が目に入る。

 ”ふぅ……”

 辺りを見回すと、赤く脈打つ異形の壁が目に入る。 しかし恐れはなく、むしろ安らぎを感じる。 昔の住まいとあまりに異なる場所なのに……


 ビクッ

 両手で自分を抱いた。 膨らみかけた胸が、細い腕を押し返す。

 ガチガチガチガチ……

 震えが止まらない。 昔、昔、昔、昔…… 頭の中で『昔』の事が自分を押しつぶそうとしている。

 『恐怖……拒絶……どうしたの? 酷く動揺している』

 相変わらず『声』のトーンは平板だが。そこに優しさを感じる。

 ”怖い……怖いの”

 『恐れ……危険……いけない……心が泣いている』

 ポタッ、ポタッ……目から涙があふれ、止まらない。

 ”怖いの……昔のことが……お願い……します……忘れさせて……全部”

 『忘却……消去……記憶を消して欲しい……それを希望しているの?』

 ”はい……”

 カチカチカチカチカチ…… 震えが止まず、歯が鳴っている。

 『不可……禁止……駄目よ。 記憶は消せない……いいえ、記憶を消すのは、不都合がある』

 視界が暗転する。 絶望に目の前が真っ暗になる。

 ”そんな……どうして……”

 『期待……役目……私には『外』との『窓口』が必要……貴女の記憶を一部でも消せば、『窓口』として齟齬をきたす』

 ”わからない……そんな”

 『検討……分析……少しお待ちなさい……』

 『声』が途絶えた。

 トク……トク……トク……

 心臓の鼓動が大きく聞こえ、意識せずそれを数えていた。

 『不明……調査……おききなさい』

 ”はい”

 『接触……深層……貴方の心に触れます。 恐怖の記憶を見つけ、それからあなたを守る様にしましょう』

 ”え……どうやって?”

 『物理……接続……まず、貴女と繋がります』

 ビクリ……

 壁の一部が震えた。 濡れたように見える壁は、滑らかな曲線を描いているが、その一部に皺ができ、そこが縦に細く裂けた。

 ”……”

 『裂け目』がゆっくりと広がり、中から半透明の人影が現れた。 人の形のクラゲのように見える。

 ”あ……あの、あなたなんですか?”

 『部分……器官……それは、私の一部。 貴女と触れ合うための』

 クラゲ女が手を差し伸べてきた。 身を引きかけて踏みとどまり、その手に触れた。 ヒヤリとするが、『冷たい』と言うほどではない。

 ”あの、どうすればいいの……”

 『交合……密着……横になって、『私』に身を任せて……』

 頷ずいて、その場に横になる。 クラゲ女が足元にしゃがみ、腰に触れる。

 ピクリ 体が震えた。

 『容認……安心……私に任せて……』

 クラゲ女が、出来て間もない女の神秘に口を寄せた。

 ”きゃ……”

 初めての感覚に、『女』の声が漏れた。

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