ボクは彼女

26.『捨てた』者と『拾った』者


 浜辺の捜索で足跡や粘液の痕跡がみつかり、エミと『クイーン・ドローン』に確認が求められた。

 「と言われてもねぇ……ドローンなら人間の足跡でしょう?」

 「ああ、はだしの人間の足跡だな」

 川上刑事が足跡の写真や、石膏型を見比べている。

 「そうよねぇ……石膏で型撮りしていない足跡はある?」

 エミと川上刑事は、砂浜の中ほどから足跡をたどっていく。 エミは砂浜に膝まづき、顔を足跡に近づけた。

 「ちょっと」

 エミが手招きし、川上刑事は彼女の隣に膝まづく。

 「匂いを嗅いでみて」

 「嫌なにおいだが……これは……死臭のようだが?」

 「やっばりそう? 私は嗅いだことがないから判らなくって」

 エミは砂をはらい、『クイーン・ドローン』を呼んだ。

 「人間の死体をドローン化できるの?」

 聞かれた『クイーン・ドローン』は、しばらく目を閉じ、答える。

 「可能……しかし条件が厳しいしい」

 「というと?」

 「脳が機能しなくなれば、ドローン化しても動くことが出来ない。 『マザー』は……『呼吸停止直後で、蘇生処置で生き返るぐらいの状態ならドローン化

できる』と言っている」

 「それは死体とは言えないわね」

 「……待って『標本をドローンとして使う事はできる。 長持ちはしないが』と言っているわ」

 「『標本』?」

 「『マザー』は、捕獲した動物や植物を保存液に浸して『標本』にしているらしい。 標本は生きてはいないが、ドローン化できる場合があるようだ。 

長持ちはしないらしいが」

 「それかしらね、ここから上陸したのは……ということは。 拉致された人間は、『ドローン』の材料かもしれないわね」

 川上刑事がエミの方を見た。

 「どういう意味だ?」

 「こういうことよ。 『マザー2』の目的は不明だけど、手足となる『ドローン』が必要だった。 でも、彼女は『ドローン』を保有していなかった。 だから、

標本をドローン化し、海岸にいた人間を拉致し、『ドローン』に改造することにした」

 「拉致するのは誰でも良かったという事か……仮にそれが当たっているとして、『マザー2』は何をしようとしている?」

 エミは肩をすくめ、『クイーン・ドローン』を振り返る。

 「もう一度、『マザー』に連絡を取って『マザー2』の目的を調べてもらえない?」

 「やってみますが……難しいかもしれませんね」 『クイーン・ドローン』が難しい顔をした。

 「どうして?」 エミは首をかしげた。

 「私と『マザー』の間の会話は、単純な言葉のやり取りで、『事実』の報告か、『命令』を受け取るぐらいしかないのです。 『目的』の様な抽象的な言葉と

なると通じるかどうか…… どうも『マザー』の思考は人間とはだいぶ違うみたいで……」

 「へぇ! それは面白い」

 エミの目が輝いている。 

 「なるほど。 『マザー』は人間を『ドローン』化して、それをターミナルとして、人間の社会の情報を……」

 独り言をつぶやき始めたエミに、川上刑事が頭を抱える。 興味深い対象を見つけると、彼女はその対象に夢中になり戻ってこなくなる。

 「すまないが……えー『クイーン・ドローン』君。 『マザー2』の目的……がだめなら……『ターゲット』を聞き出して欲しい」

 「『ターゲット』……判りました。 やってみましょう」

 『クイーン・ドローン』が目を閉じ『マザー』と交信を始めた。 ちょうどその時、下館刑事達がこちらにやってくるのが見えた。

 「何か判りましたか?」

 「上陸したのが標本……いや……『ゾンビ』らしいと」

 「ゾンビ? いやはや……」 下館刑事が肩をすくめた。

 「それで? そちらは何かわかりましたか?」

 川上刑事が尋ねると、下館刑事の顔が険しくなった。

 「『遺書』の内容から、家族に連絡を取ったんですが……あれなら、私でも飛び降りたくなるかも……いや、失礼」

 下館刑事から詳しい話を聞かされた川上刑事の表情も険しくなった。

 「なんて親だ! 我が子をなんだと思ってるんだ!」

 「親の責任追及は当然として、遺書の主は子供のようです。 探してあげないと」

 「そうですね」

 「ところでこの人たちは何を?」

 下館刑事は、ぶつぶつと呟き続けているエミと、目を閉じて祈っているような『クイーン・ドローン』を不思議そうに見た。

 「あー……なんでも宇宙人と交信中とか……」

 「そうですか……大変ですねぇ、貴方も」

 
 ゴボリ……

 泡の音……

 ”水……の……中?”

 ”どこ……だれ……いつ……?”

 自問自答を繰り返す……

 ズキッ!

 飛び上がりそうな痛みが走る。

 ”痛っ……ああそうだ……捨てたんだっけ……自分を”

 「いらない」と言われた。 言われ続けた。 だから捨てた、自分を。 捨ててしまえば、孟子割れないから。

 ”捨てたんだよ……そうか……もうじきなくなるんだ……”

 呟く、頭の中で。

 『意識……戻る……戻った?……意識が、戻った?』

 誰かが話しかけている……様な気がした。

 ”誰?……人?……じゃあ……”

 失望。 人がいるのなら、自分は『捨てそこなった』のだ。 ここは家か、病院か……

 ”そうだ……岩にあたったから……じゃあ、病院なの? 看護婦さんなの?”

 『看護婦?……病院?……混乱……』

 声は戸惑っているようだ。 それとも、言葉を探しているのだろうか。

 ”えと……ここはどこです。 あなたは誰ですか?”

 質問に、予想外の答えが返る。

 『私は宇宙から来た『何か』。 ここは、私の胎内』

 ”……ええ?”

 予想外過ぎて戸惑う。

 『私に教えて。 あなたは誰? あなたは崖から落ちたのか?』

 問いに答える。

 ”僕は……XXX……崖から落ちたんじゃなくて、僕は自分を捨てたの”

 『捨てた?……理由は?』

 ”理由……理由……うっ……”

 喉が詰まり、声が出ない。 しゃくり上げて、ようやく答える。

 ”いらないって……言われたから……”

 沈黙、長い沈黙、そして……

 『ならば……私に……ください』

 ”え?”

 『私に、貴方をください。 貴方の体と心をください』

 その問いかけに、なんと答えるべきか考える。 考えて、相手の意図を知りたいと思う。

 ”どうして? どうして『ください』って言うの?”

 『欲しいから』

 ズキッ

 『私は、あなたが欲しい』

 ズキッズキッ

 心が鳴った、痛みではない。 初めて味わうこの感覚は……何だろう?

 『私は、あなたが欲しい。 貴方の全てが欲しい……の』

 項の調子が変わっていく。 性別不明の声が、女の、不思議な優しさを感じる声に、変わっていく。

 『あなたが欲しいの。 頂戴。 貴方の全てを……』

 ”……うん”

 自分を捨て、そして拾われた。 欲しいと言われた。 拒絶できるはずもなかった。

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