ボクは彼女

25.現場検証と予想外の事実


 ザッ

 革靴が砂を噛む音に、初老の男−酔天宮署の山之辺刑事が顔をしかめる。

 「ご苦労なこった」

 視線の先では、強い日差しの下で何人もの警察官が一列になり、砂浜を波打ち際まで調べている。

 「あんたが酔天宮署の山之辺さんですかい」

 声の方を向くと、眼鏡をかけた神経質そうな中年の男が立っていた。

 「ああ、山之辺だ。 あんた、所轄の警官かい?」

 男は黙って手帳を取り出し、開いて見せた。 『下舘(しもやかた)』の名前がみてとれる。 山之辺刑事も自分の手帳を開いて見せる。

 「ご苦労様ですな。 何か見つかりましたか?」

 下舘刑事は首を横に振り、逆に質問してきた。

 「送った画像については? スマホの分と、ドライブレコーダーの分、見たんでしょう」

 山之辺刑事が頭をがしがしとかきむしる。

 「見ましたがね。 裸の女が映ってるエロ動画を、ダウンロードしただけじゃないんですかね」

 下舘刑事はニコリともしない。

 「ドライブレコーダーにですか? それに行方不明になった当人たちも映ってたでしょう?」

 「そうですが……川上、『協力者』を連れて来てくれ」

 他の警官と話していた私服の川上刑事は、片手をあげてその場を離れた。

 「民間人をここに? まだ現場検証中ですよ?」

 「『時間が立てば、証拠が消えてしまうかも』ってうるさくて……お、来たか」

 川上刑事が二人の女性を連れて戻って来た。 一人は黒髪で日本人に見えたが、もう一人は白い髪に白い肌で、どう見ても西洋人の顔立ちだ。 二人

とも胸がはち切れそうに大きく、若手の警官達が目を丸くしている。 その様子に、下館刑事の顔が一層険しくなった。

 「私が現場責任者です。 民間人の方ですね? すみませんが、身元を証明できるものを見せてもらえますか?」

 黒髪の方がプラスチックでシールされたカードを差し出して名乗った。

 「マジステール大学で臨時講師をしているエミです」

 「『エミ』?……」

 下館刑事は不審者を見るような目つきで、二人を無遠慮に見くらべる。

 「そちらの方は? 日本人ではなさそうですが、民間人ですよね」

 「『民間宇宙人』です」

 すました顔で答えたエミ。 その後ろで川上刑事が天を仰ぎ、山之辺刑事が背中を向ける。

 
 10分後、怒鳴り散らして息が切れた下館刑事が額の汗をぬぐっている。

 「まぁ、この間の『潜水艦上陸事件』は聞いていますがね……すると? この失踪事件は『宇宙人』の仕業だと?」

 「それを確かめるために、彼女に同行してもらったんです。 すみませんが、ドライブレコーダーが装備されていた車の所まで、連れて行ってもらえますか?」

 一行は、SUVの所に歩いて行った。 鑑識は一通り仕事を完了した様で、道具の片づけを行っていた。

 「少し調べさせてもらえますか?」

 エミが鑑識の責任者に尋ねた。

 「一通りは調べましたが、これから署に運んで中を調べます。 なので、中は駄目ですよ」

 エミは白い髪の女、『クイーン・ドローン』の方を見た。

 「外しか触れないらしいけど、判る?」

 『クイーン・ドローン』は無言でうなずき、SUVの傍らに膝まづいて、表面に顔を使づけた。

 「痕跡があるようだが、見ただけではわからない」

 そう言った『クイーン・ドローン』は、上着の前をはだけ、ブラジャーを外した。 突然の行動に、警察関係者が慌てる。

 「なんのつもりだ!?」

 「お、おい『わいせつ物陳列罪』というのがあってだな」

 「『わいせつ』? その日本語は判らないな」

 振り向いた『クイーン・ドローン』の乳房が丸見えになり、エミ以外は慌てて目を反らす。

 「は、はやくしまいたまえ」

 「すぐ終わる」

 『クイーン・ドローン』は乳房を抱える様にし、SUVのボディに乳房を押し付けた。

 「あ……」

 艶っぽい声を漏らす『クイーン・ドローン』。 たまらず川上刑事がエミに詰問する。

 「何をやってるんだ、彼女は」

 「そうねぇ……あの乳房は『マザー』が『ドローン』をコントロールする機能があるらしいけど……乳首がセンサーになっているんじゃないの」

 「それで正解だ」

 『クイーン・ドローン』が答えた。

 「乳首のセンサーの情報は、直接『マザー』に届く……確認した。 乗り物の表面に付着した汚れは、『ドローン』の分泌液だ」

 『クイーン・ドローン』は立ち上がり、膝についた砂をはらい、乳房を服に押し込んだ。

 「ここに上陸し、乗り物の乗員を拉致したのは、『ドローン』に間違いない」

 警官達が顔を見合わせる。

 「すると何か? 君らに指令を出している『マザー』が、6人もの人間を拉致したというのか?」

 下館刑事が強張った表情で言っい、背後の警官達が腰に手をやろうとしている。 しかし『クイーン・ドローン』は予想外の答えを返した。

 「いいや。 私達に指令を出している『マザー』の仕業ではない」

 『は?』

 エミを含めた全員が聞き返し、エミが代表して質問を繰り返す。

 「どういう意味よ? 貴女は『これはドローンの仕業』と言いながら『私達に指令を出している『マザー』の仕業ではない』と言うの? 矛盾している……あ」

 エミは一つの可能性に気がついた。

 「まさか……別の『マザー』の仕業だと言うの!? 『マザー』は一体じゃないと!」

 『クイーン・ドローン』が瞬きをした。

 「『マザー』は一体だけだと、誰か言ったのか?」

 全員(『クイーン・ドローン』を除く)がその場にへたり込んだ。

 
 「……つまり、地球に向けて送られた、タァの『アップル・シード』は一つではないと」

 「『マザー』はそう言っている。 同時に旅立った『アップル・シード』は数百はあった。 但し、その全てが地球に到達したわけではない。 大半は途中で

ロストし、地球にたどり着いた『アップル・シード』は10個に満たないだろう、と『マザー』は考えている」

 「そんな適当な……」

 川上刑事が呆れたように言ったが、エミは頷いている。

 「高リスクの旅を覚悟したから、多数を送り出したという訳ね。 そうすると、キキさんたちのカプセルも、同じタイミングで打ち出されたものだったのかしら」

 「『マザー』の言によると、 『マザー』のように、1個の生き物の『アップル・シード』もあれば、カプセル状にして、『生命の種』を積んでいた物もあった

 とのことだ。 この海岸に上陸したのは、私達と同じで『ドローン』化した人間のようだから、おそらく私たちの『マザー』とし別の『マザー』がここにやって

来たのだろう」

 涼しい顔で話す『クイーン・ドローン』だったが、警官、特に所轄の警官達はそうはいかない。

 「どう報告すればいいんですか」

 下館刑事が半泣き状態でエミに迫る。

 「そうねぇ……『正体不明の一団が海から上陸し、6人の人間を拉致し。 海へ逃亡した』と報告すればどうかしら」

 「『宇宙人が』拉致したと!? 警察がそんなこと発表できるわけがないでしょう!」

 「言わなきゃいいのよ『宇宙人』なんて」

 『え?』

 呆気にとられた警官達にエミが囁く。

 「今までもあったでしょう、そう言う事件が。 『調べたけど、実行者は特定できなかった』そう発表すれば、後は世間様が勝手に決めつけてくれるでしょうよ。

 『またやったよ、あいつらが』って」

 「それはあんまりな……」「ひ、ひどい……」

 流石に首肯しかねたようだが、『宇宙人の仕業』などと発表できるはずもないことも確かだった。 死人のような顔色になった責任者たちが頭を突き合わ

せていると、道路の方から警官が1人走って来た。

 「すみません。行方不明者が7人になりました」

 「なにぃ!? どういうことだ?」

 下館刑事が警官に詰め寄る。

 「あっちの崖の上に、子供の靴が揃えて置いてあって、こんな手紙が……」

 警官が差し出した『手紙』、それは紛れもない遺書だった。

 「崖下を捜索していたんですが、見つからないんです」

 警官が指さしたのは、崖の下の岩場だった。 岩場から海までは10mほどの距離があり、崖から飛び降りると岩場に落ちて、海までは届きそうにない。

 「潮はどうだ? 満潮で流されたんじゃないのか?」

 「血の跡が岩場に残ってました。 それがこう引きずった様になってて、海まで続いているんです」

 「肉食の海獣が引きずったんじゃないか? アザラシとか、アシカとか」

 「そうかもしれませんけど……現場が近くて、時間もほぼ同じですよね?」

 そう言われると、反論できない。 下館刑事以下所轄の警官達は、増えた行方不明者の確認のため、岩場に向かった。 後には酔天宮署のメンツとエミ、

『クイーン・ドローン』が残った。

 「一つ聞きたいんだけど、もう一つの『マザー』……『マザー2』は何のためにここで6人を拉致したの?」

 エミの問に『クイーン・ドローン』は首を横に振る。

 『マザー』にも判らないようです。 『マザー』と『マザー2』は同型の個体らしいですが、性格まで同じとは限らないようです。

 「性格?」

 「『マザー』は、人間社会に敵対するとみられる行動は避けるつもりのようです。 痛い目にあったから」

 「あはは……」

 「一方、『マザー2』はその経験がありません。 よって……」

 「乱暴な手段にでる可能性は否定できない……しかし、何故? ここで? 『マザー2』は何をするつもりなの」

 エミの問に答えは得られなかった。

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