ボクは彼女

22.第ニ幕のはじまり


 「大学のクラブ?」

 「そうよ。 麗さんと見学してみない? 大学にしかないクラブに、高校部の生徒を見学させるところあるのよ。 興味があるようなら、クラブ活動にも

参加できるわよ」

 エミ先生が僕と麗にその話を持ってきたのは、僕と舞姉さんが元に戻って一ヶ月ほどたってからだった。

 「僕たちだけですか? クラスの他の人は?」

 ちらりと教室を見回す。 放課後の教室では、帰り支度をしたり、部活の準備をしたりしている。

 「もちろん興味がありそうな人には声を掛るわ。 貴方達は、今『帰宅部』でしょう? せっかくの機会、体験してみない?」

 エミ先生はそう言って微笑んだ。

 「そうですけど……麗は?」

 「んー……どうしようかな。 この高校のクラブは、惹かれるものが無くて入ってないけど」

 麗はカバンに教科書を放り込みながら言った。

 「高校は文系、運動系どちらも緩いものね。 でも大学の文系クラブには、かなり面白いのがあるわよ。 趣味に走る傾向はあるけど……」

 「どんなクラブです?」

 「えーと、『アレ系映画研究会』『アレ系文学研究会』『アレ系同人誌研究会』……」

 「『アレ系』ばっかりですけど? 何やらやましい響きがあるような」

 「ま、まぁこういうのはともかく、有益なクラブもあるわよ」

 「うーん」

 ぼくは腕組みして考え込んだ。 大学部の先輩と顔見知りになれるのであれば、損はない。 それに、この間の騒ぎ以降、麗が僕にべったりで他の人と

話をする機会がない。

 「そうですね、見学してみて損はないでしょうし」

 「えー、今日は図書館に行くって……」 麗が文句を言う。

 「知り合いを増やすいい機会じゃないか」

 「うーん……そうかぁ」

 僕らはエミ先生の後をついて大学部の校舎に向かった。


 エミ先生は、僕らを文系クラブの部室が集まる通称『クラブ長屋』の一室に連れて行った。

 「今日見学できるのは『UMA研究クラブ』よ」

 「『UMA』? 確か、ネッシーとかツチノコのとかのでしたっけ。 オカルトじゃないですか」

 僕が口をとがらせると、エミ先生は真面目な顔で振り返った。

 「そう馬鹿にしたものでもないわ。 空想の動物と思われていたものが、後に実在を確認された例はあるのよ。 ゴリラとか黒鳥とか」

 『UMA研究クラブ』意外に大きな部屋で、20名ほどの男女が、いくつかのグループに別れ、話をしたりPCを使っていた。 そんな中に、僕らは見知った

顔を見つけた。

 「あれ、ランデルハウス先生? 先生が顧問なんですか?」

 「おお、君達か。 いや私は顧問ではないよ。 討論に参加しようと思ってな」

 教授は大机の一角に座り、10人ほどの一行と討論をしているようだった。 大学のクラブと聞いていたので、大学生ばかりだと思っていたが、年齢構成は

まちまちで、しかも1/3は日本人ではなさそうだ。

 「紹介するわ。 彼らは高校の生徒でクラブの見学に来たの」

 エミ先生が僕らを紹介し、僕らは皆に挨拶をした。

 「木間 獅子雄です」

 「シェアーズ・麗でぇす」

 麗が挨拶すると、教授の隣に座っていた女性が微かに首を傾げた。

 「シェアーズ? 『シェア』たちの親戚ですか?」

 「え? いや『シェア』って親戚はいないですけど」

 麗が戸惑ったように答えた。 

 「そう、おかしなことを聞いてすみません」

 謝罪したその女性は、白い肌に青い目、そして……凄い巨乳だった。

 (凄いなぁ……ほんとにいるんだこんな人)

 机の上に、おっぱいが半分ほど乗っかっている。 こんなもの凄いモノ、ビデオでしかみた事がない。 そう思っていたら、麗が僕の足を思い切り踏んづけた。

 
 お互いの紹介が済むと、教授が話を始めた。

 「さて諸君、今日このグループで討議してもらうのは、地球外の知性体に取り込まれ、その支配下に入った人間の処遇についてだ……」

 (え?……宇宙人に改造された人間をどうするか? なんだいこれ)

 「……先日、この大学は地球外知性体の訪問を受けた。 それは暴力的なもので、大学の設備もかなりの損害を受けたが、大学関係者の尽力で、引き

取ってもらうことが出来た。 彼らが大学を去るときに、数名の乗員を残していった。 紹介しよう、彼女がその乗員のリーダーだ」

 先ほどの女性が挨拶をした。

 「『ドローン・クイーン』です。 宜しく」

 僕と麗は顔を見合わせ、エミ先生に尋ねた。

 「先生。 これは……宇宙人が現れたと仮定した、演習課題か何か……ですよね」

 エミ先生はゆっくりと首を横に振った。

 「信じられないでしょうけどね、この人は『宇宙人』、いえ『宇宙人の手先になった地球人』なのよ」

 『……はぁ?』 僕と麗の声がハモッた。

 「とりあえず、彼女の話を聞きなさい」

 それから彼女が語ったことは、SF小説のネタとしか思えない話だった。

 「……地球外知性体『マザー』は、捕獲した私達を『ドローン』にして、この世界の情報を収集させることにしたのです」

 テーブルを囲んでいる人たちの表情は様々だった。 意外にも、笑っている人はいない。 一人の男子学生が手を上げ、発言を求めた。

 「教授。 彼女の話が事実ならば、彼女は宇宙人に捕らえられ、生体改造されてスパイにされたという事ですよね」

 「そうらしい」 教授が答えた。

 「放置していてよいのですか? 彼らは侵略……いえ暴力的な手段で訪問してきたのでしょう?」 険しい表情で尋ねる学生。

 「異文化の接触だ。 そこにはルールもエチケットもプロトコルもない。 トラブルの発生は当然のことだ」

 教授は眼鏡をはずし、机を見ながら続ける。

 「トラブルを『侵略』と決めつけてしまえば、我々と『マザー』は敵同士になり、相互理解のチャンスは失われる」

 「しかし……」

 「まぁ聞きたまえ。 『マザー』が『ドローン』化した人間を残したのは我々を知るためだ。 一方で、我々も彼女を通して『マザー』を知る機会を得ることになる」

 学生は納得がいかないようであった。

 「彼女たちは『マザー』に改造された被害者ですし、見たところ他の国の人の様です。 帰国させて、治療を受けさせるべきでは?」

 教授は手を組み、学生をじっと見つめる。

 「君の言うことは正論だ。 しかし、彼女たちは母国では正当な扱いを……いや、言葉を飾るのはよそう。 彼女たちは、母国では犯罪者扱いされていた。 

母国に送還した場合、生命の保証はない。 実験動物扱いで、解剖される可能性すらある」

 「まさか」

 蒼白になった学生と対象的に『クイーン・ドローン』は平静だった。

 「教授の想像通り、送還されれば、収監されて解放されることはないでしょう」

 「平気なんですか、貴方達は」

 「ええ。 もっとも、私達は『マザー』の支配下にあり、感情も抑制されています。 パニックにならない様に、恐怖も抑えられていますけど」

 表情も変えずに言った『クイーン・ドローン』に、学生が恐ろしいモノを見るような目を向けた。 それでいいのかと、目で教授に問いかける。 教授は

黙ったまま答えない。 代わりに『クイーン・ドローン』が答える。

 「私たちは『マザー』に支配されています。 しかし、以前は暴力で支配されていました。 どちらがいいか、決められますか?」

 「でも……」

 「仮に、貴方が私達を『マザー』から解放したとして、その後は?」

 「そ、それは……」

 黙ってしまった学生に、教授が諭すように言う。

 「彼女達の境遇について、君が心を痛めているのをわかる。 しかし、我々は彼女達を『解放』する術を持ち合わせていない。 国に返すこともできない。 

情報を集め、より良い道を探るしかないのだ」

 テーブルの周りの空気が重みを増した。

 
 「教授。 私達を受け入れていただき、感謝しています。 ところで教授、この二人について、少し尋ねたいことがあるのですが」

 『クイーン・ドローン』が教授に質問する。

 「この二人は、『シェア』と無関係なのですか?」

 教授が、『クイーン・ドローン』を見た。

 「質問の意図が判りかねるな。 『シェア』とは?」

 『クイーン・ドローン』の眼が細くなった。

 「教授は知っているはずです。 貴方達が『シェア』と呼ぶ一族は、意識と記憶の交換を可能にしている。 『マザー』はその技にに、強い興味を持っています」

 教授の表情が険しくなった。

 「なぜそんなことに興味を持つ?」

 「未知の技術に興味を持つのは当然ではないですか? 『マザー』の知識と技術では、知性体の意識や記憶の移動、交換は不可能です」

 「そうなのか?」

 「『マザー』の知る限りでは、意識と記憶の移動には、外科的手段が必要……平たく言えば、脳を交換するしかありません。 しかし『シェア』の技は、それ

とは全く違う。 『マザー』が強い興味を覚えるのは当然かと」

 『クイーン・ドローン』が麗に視線を向けた。

 「どうなのですか?」

 麗は戸惑ったようだ。

 「……知らない……と思う」

 そう答えたが、『クイーン・ドローン』は麗に向けた視線を外そうとはしなかった。  

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