ボクは彼女

21.幕間


 −−マジステール大学 ランデルハウス教授の部屋−−

 ランデルハウス教授は、マジステール大学のヨーロッパ校に在籍しており、自宅もその近辺にある。 しかし、昨今の世界情勢の変化に伴い、帰国も

帰宅もできなくなっていた。 大学関係者の一部しか知らない事だが、彼の妻は地球外の知性体で、さらに海棲、淡水棲生の『人魚』が同居していた。 

ヨーロッパ校の学校関係者のサポートもあって、彼女たちの生活に支障がはなかったが、『家族』が離れ離れになっていることは、別の問題があった。

 「何とかしたいものだが……」

 教授がため息をついたとき、扉がノックされ、エミが入って来た。

 「おお、ミズ・エミ、きてくれたか」

 教授は仕事用の机から、応接セットに移動し、エミにお茶を出した。

 「ご用件は何でしょうか?」

 今日のエミはスーツに身を包み、スラックスを履いている。 当人は教師として無難な服を選んだつもりのようだが、スーツを内側から押し上げている

バストが、その努力を無駄なものにしている。

 「うむ……少し考えを整理したくてな。 君の『人外部隊』と、あの『シェアーズ・麗』君と彼氏についてだが」

 「私の『人外部隊』という訳ではないですけど」

 断っておいて、エミは茶を口にし、先を促した。

 「先に私の考えを言っておこう。 あの『シェアーズ』君は、人間からかけ離れた存在だと私は思っている。 『人外部隊』のメンバと比べてもだ」

 エミは瞬きをして身を乗り出した。

 「飛躍した考えに思いますが、その根拠……いえ、先生は何をもってそのように判断されたのですか?」

 変わったことに興味を見せるのが、昔からの彼女の性癖だった。

 「うむ、まずは……」

 
 ランデルハウス教授は、『人外部隊』と『シェアーズ・麗』について、次のように分析していた。

 ・『人外部隊』の面々は、人とは思えぬ姿や、能力を持っている。 また、その生態についても、人からかけ離れたものがいる。

 ・『シェアーズ・麗』は見た目は人と変わらぬ。 他人と『魂』を交換できるという稀有な能力を持っているが、他は人間と変わらない。

 「但し、『人外部隊』の『シェア』達は別だね。 彼らの能力は『シェアーズ・麗』君のそれに近いと言えるだろう」

 エミは少し考えるふりをする。 彼女は、教授の分析のポイントに気がついていたが、教授に言わせた方がいいと思った。

 「教授。 そのように分析した理由……というか、お考えを聞かせてもらえますか?」

 ランデルハウス教授は、手の指をせわしなく組み替えていたが、眼鏡の位置を直して話を続けた。

 「ポイントは、自分の意識と記憶、平たく言えば『魂』を他の体に移動させることが出来るかどうかだ」

 (やっぱりそこね)

 教授は茶を飲み、自分の考えを整理しつつ話を続ける。

 「わたしが遭遇してきた、『人魚』『宇宙人』『鳥人』、は生態、形態こそ大きく違うものの、その意識は体の中にあり、取り出すことはできない。 体が

失われれば、死に至る。 これは人間、動物と変わらない。 『命あるもの、死がある』という訳だ」

 「ええ」

 「君が紹介してくれた、『人外部隊』……いや、『人以外の人』……うーむ何かいい言葉はないか」

 「人にあらざる者、『人非人』なんてどぉ〜♪」

 能天気な声に二人がそちらを見た。 いつ入って来たのか、ミスティが立っていた。

 「意味が違うわよ、それじゃぁ」

 「オゥ、ニホンのコトバ、ムズカシイデスゥ」

 「いきなりカタコト外人になるな!」

 漫才を始めた二人を、ランデルハウス教授は咳払いで黙らせた。

 
 「教授。 たしか『宇宙人』……『タァ人類』でしたっけ? 彼らは自分の体を液状化させて、他の体に乗り移る……ような事を試みていたのでは?」

 「そのようだ。 しかしこの場合、液状化た体の中に『魂』がある訳だから……」

 「……『魂』を体外に展開し、維持しているわけではない」

 言葉にしてから、エミはその考えを反芻してみた。

 「なるほど。 どんなに体を変えたとしても、その体に依存している点では、人間も『人外』も『宇宙人』も『体』という軛に縛られているわけね……」

 「そうなる。 だから『シェアーズ・麗』君は、超越しているということになる。 『タァ人類』すら超えているのだ」

 「ふーん……でもそんなに凄い事なのかなぁ……」

 つまらなさそうにミスティが言った。

 「凄くない? たいしたことではないと言うのかね?」

 「だあーって。 あの子たちは、生まれつき持ってる力なんでしょう? だから、自分たちが特別なんだ、て意識すらなかったと」

 「そうらしいが」

 「だったら、あの子たちの『個性』で済むんじゃないのぉ」

 『個性!?』

 あっさり片づけたミスティの言葉に、エミとランデルハウス教授が驚愕する。

 「そんなに簡単に済む話じゃないでしょ!」

 「だぁっーて……ほら……なんて言ったっけ……そうそう、『生き物がいなかった世界に、突然、生き物が現れ、数を増やしてイーった。 これは凄い

事だ』って言ってたよねぇ」

 「言ったかもしれない……けどそれがなによ?」

 「生き物が現れたって『0』が『1』になったわけだよね。 で、自分の意識を他に移せる生き物が出てきた。 これって、生き物のジージョンアップ、

『1』から『1.1』になったぐらいの違いじゃないのかな」

 「む……なるほど。 そう言われるとそんな気もしてきた……」

  ランデルハウス教授は、ミスティの口車に考え込んだ。 一方でエミは。

 「え、ええー!!」

 「そんなたいしたことじゃないよね」

 「何言ってんの! ミスティが『知的』なことをしゃべってる! これは『0』が『10,000』になったぐらいの衝撃よ!」

 エミの言葉にミスティがずっこけた。

 
 「まぁ、これは単なる思い付きだから、これから分析と調査を続ける必要があるが……」

 ランデルハウス教授は、机の上のノートをパラパラとめくった。

 「『シェアーズ・麗』君の能力が、人の知ることとなれば、私と同様に超越した能力として注目を浴びる恐れがある」

 「そうですね。 そう言えば、某国は『宇宙人』技術の調査結果の完全開示、ドローン化された人たちの返還を要求しているんですよね。 『宇宙人』の

攻撃を受けた事を理由に」

 「ああ。 他の国に横取りされたくないから、今は大人しくしているが、何れは公式ルートで要求してくるだろうな」

 「それは政治家の、それもこの国の人たちの問題では? 教授が頭を痛めることではないと思いますが」

 「それがそうもいかんのだ。 宇宙人の技術は、政治家の望むような技術でないがはっきりしてきたのでな」

 「そうなんですか? あんなに大きな宇宙船で、地球までやってきた訳ですから、さぞすごい技術があるのかと思っていましたが」

 ランデルハウス教授は顔をしかめて見せた。

 「『凄い技術』と『望む技術』の間に乖離があるのだ。 政治家が望むのはだ……宇宙船を例にとれば、巨大な宇宙船が地上から飛び上がり、光の

速度に迫る勢いで宇宙をかけ、あっという間に隣の星に行く、そんな映画のようなものを考えている」

 「確かにそれはご都合主義が過ぎますが……実際のところはどうだったんですか?」

 「『時間』だ。 彼らは時間をかけて宇宙旅行を成功させたようだ。 宇宙船は、一種の生物で、これを宇宙で……どうも彗星の様な氷の星で育てた

ようだ。 その成長には最低でも100年、下手をすると1000年ぐらいはかけている」

 「それは凄い」

 「そして宇宙船を育てた彗星ごと、地球に向けて送り出したようだ」

 「星を丸ごと! どうやって!」

 「あまりたいした技術ではない。 彗星の表面に幕を作ってジェットを制御し、恒星に近づくたびに軌道を変更、最後は恒星の重力でフライバイを行って

地球への旅を開始したようだ。 そして地球に到達するのに、1000年単位の時間をかけたらしい」

 流石にエミが絶句した。

 「凄い技術には違いないですが……それでは……」

 「政治家の、いや我々の大多数が求める技術とはかけ離れているな。 同じことを地球でやろうとしてもだ、宇宙船が育つ前に文明が終わるか、

忘れているかもしれん」

 「ですね。 『タァ人類』というのは、随分と気が長いのですね」

 「気が長いで済む話ではないと思うが……」

 教授はどっかと椅子に座り込んだ。

 「その『タァ人類』にしても、『魂』を取り出して他の体に移すのは成功していない。 だから『シェアーズ』君たちの能力は、凄いと思ったのだ……」

 「お言葉ですが、彼女たちは自分たちを特別と思っていないようですよ。 せいぜい、他の人たちより変わった夜の生活が送れる程度のメリットしか

見出していないようですし」

 「のようだな。 まぁ、彼女たちの『個性』だ。 どう考え、どう活用しようとも、当人たちの勝手だ」

 どっこいしょと腰を上げる教授。

 「とは言え、欲深、嫉妬深い人間はどこにでもいる。 彼女らに、あまり自分たちの能力を吹聴しない様に言い含めておいてくれないか?」

 「承知しました」

 エミはそう答えて教授の部屋を後にした。
  
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