ボクは彼女

20.野菜決戦


 「で?」

 エミはミスティを睨みつける。

 「エミちゃん……目が怖い」

 「ったり前でしょうが!」

 ここは、妖品店『ミレーヌ』の裏庭の家庭菜園(?)。 ナンドラゴラを埋め戻した場所に、黒々とした穴が開いている。

 「ナンドラゴラはどこに行ったのよ!」

 「さぁー、散歩じゃないかなぁ」

 とぼけるミスティ。

 「そのうち帰ってくる……」

 ずいっとエミがミスティに顔を近づける。

 「帰ってくる前に騒ぎになったらどうするのよ! 最近いろいろと騒ぎが起きて、そのたびに後始末させられている身になってみなさい!」

 「エミちゃんが後始末してたの?」

 「警察、お役所、大学。 立て続けにいろいろ起きてるから、面倒なのよ」

 息を吐いて肩を落とすエミ。

 「責任者がスケベ親父なら、なんとかなるけどね、最近はおばはんやらお局様が増えて、何かと面倒なのよ」

 エミは自称サキュバスである。 男を手玉に取るのには長けているが、相手が女性の場合、エミの力は及ばない。

 「さっさと連れ戻すわよ。 行先に心当たりは?」

 ミスティは腕組みをして考えていたが、ポンと手を打った。

 「あ、そーか。 あの男の子の魂を奪うよう言いつけたから、きっとあの子のところに……」

 「はぁ?……言いつけを解呪してなかったの?」

 「うん……というかぁ、解呪ってどうやるの?」

 重い沈黙が辺りを支配した。

 「まさか……ナンドラゴラはあの子の魂を奪うまで、やめないと言うの?」

 「それはもう。 任務に忠実だもの」

 胸を張ったミスティを睨みつけ、エミはスマホを取り出して電話をする。

 「でないわ。 直接行くしかないわ」

 ミスティの首根っこを捕まえ、エミは翼を広げて空に舞い上がった。

 
 僕はナンドラゴラの体にしがみつく。 ナンドラゴラの体はしっとりと濡れて、少し冷たい。 それを僕の体温で温める。

 ”アタタカイ……”

 ナンドラゴラが僕を抱きしめる。 彼女の体に僕の体が溶けていく様だ。

 ”サァ……キテ……”

 あ……

 僕の体の中で、何かが固まっていく。 麗と魂が入れ替わる直前のように……麗?

 ”ドウシタ?……ハヤクオイデ……”

 ナンドラゴラの中が、僕のモノに絡みついて僕を呼ぶ。 逆らえない。 体の中から何かがナンドラゴラの中に……

 「何してるのよ!!」

 頭をどつかれて、僕はナンドラゴラの上から弾き飛ばされた。 逆さの視界の中で、憤怒の麗の顔がよく見えた。

 
 ”ナニをスるの! もう少しだったのに”

 「やっかましい! 人の彼氏を寝取るんじゃない。 この泥棒猫!」

 ナンドラゴラと麗が、僕の前で禿白言い争い、その向こうには、なぜかエミ先生と小悪魔の人(?)が成り行きを見守っている。

 「猫違う。 これはナンドラゴラ」

 「あ? じゃぁ泥棒大根か!」

 ”だ、大根!? この頭空っぽのピーマン娘!”

 「何ぬかす! 大根で悪けりゃ、イモよイモ! それともゴボウか!」

 ”やっかましいわ! このドテカボチャ!”

 根菜と果菜の悪口合戦になっている。

 「二人ともやめなさい。 近所迷惑よ」

 エミ先生が止めに入ってくれた。

 「そーそー、どこか音が漏れない所に行って、カラオケ屋なんかどう?」 小悪魔の人が提案した。

 「口げんかするために、カラオケに行く人がありますか」

 エミ先生は小悪魔の人をたしなめたあと、麗とナンドラゴラの二人を座らせた。

 「麗さん。 このナンドラゴラは、木間君の魂を奪うように命じられて、その通りに動いているだけなのよ」

 「それは、あの店の中で終わったんじゃないんですか?」

 麗は口を尖らせ、ナンドラゴラを横目でにらんでいる。

 「この子が命令を解いていないからよ。 ミスティ、ナンドラゴラに与えた命令を解除しなさい」

 エミ先生に言われ、小悪魔のミスティさんがナンドラゴラの肩に手を置いた。

 「そーいうわけだから、もうこの子の魂を奪わなくてもいいの。 よいですか?」

 ミスティさんの命令に、ナンドラゴラは目をぱちくりさせた。

 ”奪わなくてもよい?”

 「そーそー」

 ”……彼の魂を奪う必要はない……であっていますか?”

 「そーそー」

 ナンドラゴラは腕組みをして何か考えている。

 ”では、彼の魂を奪ってもよいわけですね”

 「……は?」

 ”命令は、そう解釈できます”

 くるりとこちらを向いたナンドラゴラは、僕を床に押し倒した。

 ”というわけで、個人的にあなたを奪います”

 「またんかい! 泥棒蕪!」

 麗とナンドラゴラ、それに僕の三人は床の上でもつれ合う。

 「若いっていいわぁ。 ねぇ、エミちゃん」

 「アホ言ってないで、止めなさいって!」

 
 10分後、ナンドラゴラをエミ先生が取り押さえ、ガムテープでぐるぐる巻きにした。

 ”んーんー”

 「やれやれ。 じゃあ連れて帰るから」

 「お手数をおかけします。 でもその子はどうなるんです?」

 「ここまで育っちゃったしねぇ。 ミスティの使い魔ってことにして、しっかり教育してもらうから」

 「教育ですか……」

 僕は、にこにこと笑っているミスティと、じたばたと暴れるナンドラゴラを交互に見た。

 「大丈夫ですか?」

 「……」

 エミ先生は口を開きかけたが、結局何も言わなず、ミスティ、ナンドラゴラを伴って帰っていった。 後には僕と麗だけが残された。

 「じゃ……かえるね」

 「うん」

 「帰るよ」

 「うん」

 「帰るってば!」

 ぼくは麗を見た。 向こうを見て、背中を震わせている。

 「泊まっていかない?」

 「え?……しょがないなぁ、君は」

 そう言いながら、麗は僕に抱き着いてきた。 こうして僕らはようやく仲直りできた。
  
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