ボクは彼女

18.新たなる邪魔者


 −−翌日−−妖品店ミレーヌ−−

 ”ひぇぇぇ!!”

 店の裏庭から若い女の声が響いてきた。 棚の書物を眺めていたエミが声の方を見ると、見習い魔女の如月麻美が駆け込んできた。

 「し、し、死体が、犬神家で、埋まってる!!」

 意味不明の単語をまくしたてる麻美をなだめ、エミは裏口から裏庭に出た。

 「あー。 これは無理もないか」

 裏庭の小さな家庭菜園の真ん中から、白い女の足がVの字型に突き出している。 ミスティが埋め戻した『ナンドラゴラ』に間違いなかった。

 「昨日は人形サイズだったから、それほど驚かなかったけど。 これはちょっとねぇ」

 肩をすくめて店の中に戻ると、ミレーヌが麻美に説教をしていた。

 「……あまり騒がない様に……結界の外に声が漏れてると……いろいろと面倒に……」

 「だ、だ、だって、し、し、したいが……」

 「あれは、ミスティが育てた『ナンドラゴラ』という魔法の植物よ」

 エミがそう言うと、麻美は瞬きして深呼吸する。

 「あ、あの小悪魔が育てたの? アレ」

 「らしいわ。 私も昨日、初めて見たけど」

 麻美は薄気味悪そうに裏口の方を伺う。

 「ナンドラゴラって、人の形をして、引き抜くと叫ぶとかいうアレ?」

 「それはマンドラゴラ。 あれはそれを品種改良したらしいけど。 ちなみに、アレは土から抜くと勝手に動くみたいだから、触らない方がいいわ」

 「はーい」

 片手をあげた麻美は、自分のカバンを持って店を出て行った。

 「あら、帰っちゃった?」

 「……動揺していましたから……今日は、『呪紋』の実習は無理でしょう……」

 ミレーヌが麻美に教えているのは、『呪紋』と呼ばれる文様を動物の体に書き込み、変化させる技の初歩だ。

 「……手が震えていては……正しい『呪紋』になりませんから……」

 「制限の多い魔法よね『呪紋』術は……一つ質問いいかしら?」

 「……内容によりますが……」

 「貴女は『呪紋』術だけじゃなく、アイテムも作れるわよね」

 「……『呪紋』の延長がほとんどですが……」

 麻美が使う『呪紋』は、直接肌に書き込む必要があり。 生きている動物に限られる。 また、『呪紋』を書き込める動物も限られている。 ミレーヌは、

生き物以外、例えば衣服や書物、陶器などに『呪紋』を刻み、それに触れた生き物に効果を及ぼす技を習得しているらしい。

 「ミスティの使っているのは、それとは別の魔法なの?」

 ミレーヌのフードの下から微かな息の音がした。 笑ったのか、ため息を漏らしたようだ。

 「……彼女の技は、人にまねできないものです……私の技では、生き物の形を変えるのが精一杯ですが……彼女は魂を抜き取ったり、命を作り出す

ことができます……」

 「命を……それは凄いわ。 でも……それは悪魔の技と言うより……」

 ミレーヌが片手を上げてエミを制止した。

 「……その先は口になさらぬがよろしいでしょう……」

 エミは口を閉じ、何か考えていた。

 「あの姉妹はどうなの? 麗さんと舞さんは。 いともたやすく、魂の入れ替わりをやっているけど」

 「……たやすいはずがないのですが……」

 ミレーヌが重々しい口調で応える。

 「……少なくとも、私にはできません……魂だけを抜き出し、別の体に宿らせることは……」

 「魂を炎の形で残す『灯芯』があったでしょう? あれは?」

 「……あれは、人の体を『灯芯』に変異させたもの……魂だけを取り出す技が使えたのは、ミスティともう一人……ミストレスのみ……」

 それだけ言ってミレーヌは口を閉じる。 エミは手を顎に当てて何か考えていた。

 
 −−『マジステール大学付属高校』−−

 何かと騒ぎを起こしている印象のある学校だが、授業のレベルは低くない。 授業がつぶれると、その分内容が濃くなり、宿題、課題も山のように出る。

 『鬼!』『悪魔!』

 課題の山を前に生徒が悪態をつくことも多いが、最近は生徒の方に『鬼』や『悪魔』が混じっているとの噂がある。

 「うーん、般若経よりこの宿題の方が恐ろしいわ……」

 「オオ、ニホンゴムズカシイ……えくそしすとヨリテゴワイデス」

 ざわつくクラスメイトの声を聞き流しつつ、僕は麗の所に行った。

 「麗、今日だけど……」

 「何?」

 麗がこっちを見ない。 昨日、エミ先生の知り合い(友達かと聞いたら、全力で否定された)のミスティさんの助けで、元の体に戻ることが出来た。 その時

麗は、泣いて喜んでくれた……とおもったのだけど、一晩立つとまた僕に対する怒りがわいて来たらしい。

 ”すこし考えさせて”

 今朝再会したとき、麗はそう言った。 『何を考えるのか』とは怖くて聞けなかった。

 「……帰って課題をするね」

 「そう……頑張ってね」

 一言一言が、頭にあたってコチンコチンと音を立てるみたいだった。

 
 帰る途中で、ふと昨日行った『妖品店ミレーヌ』が気になり、ちょっと寄り道をする。 しかし商店街にあったはずの店にはたどり着けない。

 「おかしいなぁ」

 スマホを取り出して検索、地図を調べても、そんな店は出てこない。

 「うーん」

 表通りを二回往復した後、裏通りに回ってさらに二回往復する。

 (あれ?)

 妙な事に気がついた。 店には、番地を示す緑のプレートが打ち付けてある。 書式は『酔天宮町○○−XX』で、XXは一軒ごとに『1』『2』『3』と連番で

続いているはずだ。 しかし……

 (1,2,3……5? 番号が飛んでいる?)

 『3』と『5』の店の前と後ろを行ったり来たりした。

 ”キテ……”

 (え?)

 誰かが呼んだ……聞き覚えのあるような……声だ。

 ”キテ……”

 (うん……)

 声の方にフラフラと歩く僕……

 ”キテ……”

 「え?」

 声は背後からだ。 振り返り、歩く。 声が後ろになる。 ぼくは同じところを行ったり来たりする。

 「道草?」

 はっとして振り返るとエミ先生が立っていた。

 「あ、先生。 こんにちわ」

 エミ先生に、『妖品店ミレーヌ』の場所を尋ねる。

 「何か用なの? あそこは用もないのに行く場所じゃないわよ」

 「そうなんですか? いえ、一言お礼を言おうかと」

 「義理固いね、君は。 私からよろしく言っておくから、貴方は帰りなさい。 宿題、あるんでしょう?」

 「そ、そうですけど……わかりました、帰ります」

 さっきの声が気になったけど、エミ先生が立ちはだかり、動いてくれそうもない。 しぶしぶその場を立ち去った。

 
 「ふむ……」

 ”キテ……”

 エミは振り返る。 彼女には、結界の中の『妖品店ミレーヌ』の裏庭が見えていた。

 「ミスティにナンドラゴラを何とかしてもらわないと……ああ、もうどこに行ったの、あの子は」


 そのころミスティは……

 ”ああ、不幸な美少女の運命やいかに……もちっと劇的な表現の方が……”

 ラジオ怪談の続きを考えていた。
 
【<<】【>>】


【ボクは彼女:目次】

【小説の部屋:トップ】