ボクは彼女

17.浮気の決着


 ゴボッ

 水瓶の中からナンドラゴラが頭を出した。 一応目や髪らしき部分はあるが、全て白一色なので、塗装前のフィギュアのようだ。

 「1/6スケールぐらいかな」

 ぼそっと呟くと、皆がこっちを見る。

 「作ったことあるの?」 エミ先生が聞いた。

 「いえ、ロボットや飛行機はありますけど、女の子は……難しくて」

 「そうねぇ」

 そんな会話の間に、ミスティがナンドラゴラにに何か話しかけていた。 呪文を唱えているのかもしれない。

 「こっちきて」

 ミスティがボクを手招きした。 ボクが前に出ると、ミスティはボクにナンドラゴラを覗き込むように言った。 ボクは指示通り、ナンドラゴラの小さな顔に顔を

近づけ、瞳の無い目を覗き込む。

 ”?……!”

 ナンドラゴラは小さくうなずくと、水瓶の中に引っ込んでしまった。 コポコポと泡の立つ音がする。

 「これだけですか?」

 「そーそー」

 ミスティが頷くと、エミ先生が後ろから話しかけてきた。

 「この後何が起こるの?」

 「ナンドラちゃんが、この子(ボクのことらしい)の好みを読み取って、理想の姿に形を変えるんだよ」

 「へえ……あれ? じゃぁその前に入れてた『パンケーキ』の材料は?」

 「ナンドラちゃんの成長に使うの」

 「ただの肥料かい。 してみると、魔法を使うのはこのナンドラゴラじゃないの?」

 「その通り」

 エミ先生とミスティが話を終えた時、同時に水瓶から音がしなくなった。

 「終わった……かな?」

 皆の視線が水瓶に注がれる。

  チャプ……

 小さな水音がして、幅広の水瓶の口から黒髪の少女がゆっくりと姿を現し……

 
 「木間君?」

 エミが『舞の姿の木間』に声をかける。 彼(彼女?)はナンドラゴラを見つめたまま、凍り付いたように動かない。

 「麗、ナンドラゴラの顔、貴方に似ていない?」 マイが麗に尋ねた。

 「え?」 麗がナンドラゴラの顔を凝視する。

 「似てる……かな?」

 「よく似てるわ。 あっちの方が色っぽいけど」

 「悪かったわね」 ブスッと頬を膨らます麗。

 ナンドラゴラは、木間を見つめていたが、彼を誘う様に腕を上げる。

 
 ”オイデ……”

 呼んでる……いかなくちゃ……

 ”サァ……”

 ああ……足が動かない……

 ”キテ……”

 はい……ボクは……

 
 「木間君の様子が変よ……あ?」

 「何、あれ!」

 彫像のように佇む『舞の姿の木間』の体が白い靄のようなモノに覆われ、それがゆっくりとナンドラゴラの方に流れていく。

 「おお、成功した」

 手を叩いて歓ぶミスティの隣でエミが表情をこわばらせる。

 「成功したのはいいけど、この後どうするの?」

 ミスティがぴたりと止まった。

 「どうしようか?」

 「馬鹿者ー!!」

 「喧嘩してる場合じゃないよぉ」

 木間の魂が離れたためか、舞の体が力を失って倒れかけた。 それを見た『木間の体の舞』(ややこしい)が、素早く自分の体を支え、そして。

 「中に魂が居なけりゃいいわよね」

 麗が止める間もなく、自分の体にディープキスをかました。

 「んー……」

 『木間の体』が力を失ってくたくたと床にへたり込んだ。 入れ替わりに、舞が目をぱちりと開く。

 「よし、戻った」

 「舞姉!」

 「家主がいないんだから、ノーカウントにしなさいよ」

 姉妹が争っている間にも、『木間の魂』はナンドラゴラの方に吸い寄せられていく。

 「こらミスティ、アレを何とかしなさい。 いつもはどうしているの」

 「えーと、新鮮な卵に封印して、丸のみに……」

 「喰うな!」

 「そうでなければ、冷蔵庫に保管するけど」

 「卵に封印する要領で、魂を体に戻せないの」

 「やってみる!」

 
 床に倒れ込んでいた木間の体をエミと麗が支え、ナンドラゴラに吸い寄せられていた魂を、ミスティが何とか体の中に押し込む。

 「ここんとこが引っかかって……入らない」

 「押して駄目なら引いて、捩じってみたら?」

 「乱暴にしないでよ!」

 悪戦苦闘の末、何とか木間の魂が体に戻った。

 「大丈夫?」

 涙目の麗が、木間の頬を撫でる。

 
 ……ん?

 目を開けると、麗の顔が目の前にあった。 起き上がろうとして。麗の顔にぶつかってしまう。

 「痛っ」

 「あ、ごめ……」

 唇を麗に塞がれた。 なんだかしょっぱいキスだった。

 「こらこら、何をしているのかね、キミたちは」

 声の方を見ると、エミ先生が怖い顔をして僕らを見ていた。

 「すみません。 あれ? 戻ってる……」

 僕は、自分が元に戻っていることにようやく気がついた。

 「手間かけさせてくれたわね。 まぁ、これに懲りたら浮気はしない事ね」

 「重ね重ねすみません」

 エミ先生と麗に頭を下げ、ミスティと舞さん、ミレーヌさんに頭を下げる。

 ”アタシハ?”

 背後からナンドラゴラの声がした。 僕はそちらを見て……

 
 木間の動きが止まり、目の焦点がずれていく。

 「こ、こらナンドラゴラ! もう誘惑しちゃダメ!」

 ”エー……”

 麗が木間の眼を塞ぎ、エミがナンドラゴラを水瓶に押し込んだ。

 「どうするのよこれ?」

 「裏庭に埋め戻しておくよ〜」

 ボンバが現れ、水瓶を抱えミスティと裏庭に出て行った。 麗と舞はへたり込んだ木間を介抱している。

 「木間君を送ってあげた方がいいわね」

 「そうします」

 3人を見送った後、エミは呟いた。

 「これで終わりならいいんだけど」

 「……同感です……」

 二人は揃ってため息を漏らした。
 
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