ボクは彼女

16.悪魔の介入


 エミ先生とミスティは、顔を突き合わせて話し込んでいる。

 ボクは麗とマイさんの顔をそっと伺った。 マイさんは涼しい顔で、麗は『険しい』を絵にかいたよう表情だ。


 「……それで? ミスティ、貴方は二人をどうやって元に戻す気なの?」

 「簡単だよ。 こっちのお姉さん(ボクを見るた)から魂を抜き出して、こっちの男の子に入れる。 同時に、こっちの男の子の魂を抜き出して、こっちの

お姉さんに入れるの」

 「具体的な方法は? そもそも『魂』を人から抜き出すなんてあなた出来るの?」

 「もーちろん。 こう見えても小悪魔だよ。 いつもやってるから」

 聞き捨てならぬことを言って胸を張るミスティ。

 「一応言っておくけど、この男の子とエッチ……あー、いやいたずらしちゃ駄目よ」

 「……駄目なの?」

 キョトンとしたミスティを、麗が睨みつける。

 「その手は麗さんが許容できないのよ。 それができるなら、とっくに戻しているわ」

 「そーだっけ?」

 そう、麗がもう一度『浮気』許してくれるのなら、簡単に戻れるんだ。 でも、今の麗の様子から見て、それをやったらボクと麗の関係は終わってしまうだろう。

 「んー……触るのも駄目?」 ミスティが麗に尋ねた。

 「どこに、どんなふうに」 麗が冷たい声でこたえた。

 「手で体や顔に触るぐらい。 大事なところには触らない」

 「まぁ、そのぐらいなら……」 麗は憮然とした顔で応えた。

 「よーし、じゃあその線でいってみよう」

 このミスティと言う子、調子は良さそうだがどうにも軽く、不安がぬぐえなかった。

 
 −−妖品店ミレーヌ−−

 ミスティは、その場にいた全員を『ミレーヌの妖品店』という怪しげな店に連れてきた。

 「ここ、なんですか?」 ボクは尋ねた。

 「私が説明するわ。 ここは……」

 エミ先生の説明では、ここは魔女ミレーヌが開いている店で、物騒な魔法の道具や薬やらが所狭しと置いてあるとのことだった。

 「なんでそんな店が、下町の商店街にあるんですか?」

 「いろいろと事情があるみたいよ」

 後ろにいる麗も、店に並んでいる奇妙な物に興味津々で、怒りを忘れかけているようだ。

 「おーい、『欲望の水瓶』どこだっけ」

 「……うしろ……」

 店の奥にマントとフードを被った怪しい人がいて、そのひとがミスティの背後を指さしている。

 「おーあった、あった……ありゃ?」

 ミスティは一抱えもありそうな大きな水瓶、いや水瓶(みずがめ)を覗き込んでいる。

 「空っぽ……ね、ソウル・イーターちゃんは?」

 「……随分前に、買われていきましたよ……」

 「ちょっと待て」

 エミ先生が割って入った。

 「『ソウル・イーター』? その物騒な名前がついているのは何?」

 「えーとね。 犠牲者の願望を読みとって、理想の姿になるの、んでもって魂を引きずり出す凶暴な使い魔で……」

 「おいこら!」

 エミ先生がミレーヌさんに詰め寄る。

 「そんな物騒なモノを売ったの!」

 「……商売ですから……」

 ミレーヌさんは小さく、聞き取りにくいが、なんとなく面白がっているような気がする。

 「ありゃー、あの子なら魂を引きずり出せると思ったんだけど……」

 「ミスティ! そんなもの使う気だったの!?」

 ミスティは首を縦に振った。

 「そっちの子(麗)が『浮気』も接触も駄目っていうんだから。 この子なら、触らなくても魂を奪えるかなーって」

 エミ先生は頭を抱えて何やら呟いている。

 「仕方ない。 作ろう」

 『へ?』

 ミレーヌさんを除く全員がミスティを見た。

 「なーに簡単だから」

 「か、簡単って……あんた」

 絶句するエミ先生を尻目に、ミスティは鼻歌を歌いながら、棚に並んでいるビンや缶を取り出し、水瓶に投げ込んでいく。

 「え? 『スピリタス』『ベイクド・ケーキ・パウダー』『ハニー』……あんた使い魔じゃなくて、パンケーキでも作る気?」

 「いやいや、これでいいの」

 「……肝心の材料がありませんよ……」

 「肝心の材料?」

 「……マンドラゴラ……」

 突然出てきた名前にボクは驚いた。 知る人ぞ知る、メジャーな魔法の植物ではないか。

 「だーいじょうぶ、品種改良した奴を裏庭で栽培しているから」

 「え?」

 エミ先生が目を丸くする。

 「マンドラゴラ? あんた、それって確か抜かれる時に叫び声をあげ、それを聞いたモノは命を落とすという……」

 「そう、そのマンドラゴラにナイトシェードを掛け合わせて、効力を強めたその名も」

 辺りが静まり返る

 「ナンドラゴラ」


 「なんじゃこりゃ」

 裏庭に植わっていたモノは、想像と大きく違っていた。 ボクのマンドラゴラのイメージは、地面から人の頭のようなモノがでていて、そこから葉っぱが

出ている植物だったけど。

 「なんかヒワイだわ」

 地面から生えていたのは人の足みたいなもので、それがVの字を描き、足の間には小さな葉っぱが申し訳程度に生えている。

 「映画にこんなシーンがあったような……『……家の一族』とか」

 エミ先生の呟きに皆が頷く。 ミスティは気にした様子もなく、『足』を掴んで無造作に地面から抜こうとした。 慌ててエミ先生が止める。

 「ちょっと待って! 叫び声をあげたら大変よ!」

 「そこを改良してあるの。 ほら、頭の方が下になっているでしょ? 叫んでも聞こえないから」

 お気楽な調子で、ナンドラゴラを引き抜いた。 幼児を程もある女の形の植物の根が姿を現し、パラパラと土くれが落ちて、頭の部分が姿を見せる。

 「ありゃ?」

 ナンドラゴラの眼が開き、こちらを見た。 すうっと胸が膨らみ口をくわっと開ける。

 『!』

 エミ先生が慌ててナンドラゴラを押さえつけ、素早くハンカチで口を押さえつけ、後ろで縛ってさるぐつわにする。

 ”ンーッ、ンーッ!!”

 ナンドラゴラが猿轡を外そうとするので、今度は手と足を縛り付ける。 芋虫みたいな恰好でナンドラゴラがじたばたと暴れる。

 「いやー、イキがいいわ」

 「阿呆!」

 暴れるナンドラゴラを担ぎ上げ、店内に戻る。


 「……幼女誘拐ですか?……」

 「言わないで」

 疲れた様子のエミ先生は、ナンドラゴラを床に置いた。

 「で。どうするのこれを? 刻む?すり潰す?」

 「なんと恐ろしい……」

 引きまくる一同に、エミ先生は涼しい顔で応える。

 「ただの植物でしょう? 人の形をして、暴れて、叫ぶだけでしょうに」

 「十分ただの植物ではないと思いますけど……」

 ボクの突っ込みに麗とマイさんが頷く。

 「そんなことしちゃだめだよ。 そのナンドラゴラを水瓶に入れればいいの」

 「それだけ?」

 「それだけ」

 エミ先生は、なんとなくつまらなさそうなにナンドラゴラを抱え上げ、水瓶の中に放り込んだ、頭から。

 ボコッ……ガボガボガボガボ!!

 水瓶の中でナンドラゴラが溺れている。 ミスティがナンドラゴラの足を掴んで引き上げ、今度は足を下にして水瓶に入れた。

 ドボン……

  「乱暴にしゃ駄目じゃないの」

 悪びれる様子もなく、肩をすくめるエミ先生だった。
 
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