ボクは彼女

12.生活態度の改善


 僕と麗は『相談室』を出て教室に戻る。 クラスメイトは残っていなかった。 多分部活動にいったか、帰宅したんだろう。

 「……」

 麗は自分の席に戻ると、机の中身をカバンに詰め込む。 僕も同じように帰宅の用意をし、顔を上げると麗がカバンを手にして教室を出ようとしていた。

 「麗?」

 呼びかけると、彼女はちらりとこちらを見たが、ぷいと顔を背けて教室を出る。 僕は慌てて彼女の後を追った。
 

 校門のところで追いつき、麗に声をかける。

 「まてよ、何を怒ってるんだ?」

 「怒る? ボクが?」

 ぶっきらぼうな返事を返す麗。 明らかに不機嫌だ。 足を止めかけたが、思い直して彼女の隣に並ぶ。

 「なにが気に入らないのか知らないけど、少し話さないか」

 「んー?」

 『不機嫌』を顔に張り付けた様な表情の麗は、こちらをチラ見して足を止めた。 僕に向き直り、次に通りの向こうを見る。

 「?」

 「おごってくれるなら」

 彼女の視線の先に、ドーナツ屋さんがあった。

 
 ンムンムム、ンムムムム!

 麗が何か言っているが、さっぱりわからない。

 「落ち着いて。 話は食べてからにしよう」

 麗はコクコクと頷くと、ものすごい勢いで皿の上のドーナツを空にしていく。 フードファイトのドーナツ部門に出場したら、間違いなく上位3位以内に入る

だろう。

 (『妖怪おごらせ女』っていたかな……)

 僕はそっとため息をついた。

 
 「ボクは、君が平気な顔をしているのが気に入らない」

 「声を押さえて」

 僕らがいるのは奥のボックス席で近くに人はいないが、良く響く麗の声は離れた所でも聞こえそうだ。

 「どういうことさ」

 「さっきのエミ先生と教授! いきなり呼び出して、行ってみたら『行動に注意しなさい』だって!」

 麗は机をたたきかねない勢いでまくし立てた。

 「まぁ、先生たちとしては生徒の生活指導しなきゃならないし……『男女交際は早すぎます!』なんて、頭ごなしに言われなかっただけでも、よしと

しないと……」

 「そこじゃない! いい! アタシはいきなり『君は人間ではない』って言われたのよ! これで平然としていられたら、その方が変じゃない!」

 話を聞いて、僕はようやく麗の心情に思い当たった。 確かに『君は普通ではない』と言われて喜ぶ人はいないだろう。

 「ごめん、悪かったよ」

 「ど・う・し・て! 君が謝るのよ! 言ったのはエミ先生で、言われたのはアタシなのよ!」

 言われてみるとその通りだ。 『人でない』と言われたのは麗で、僕はそのこ……ボーイフレンドな訳だから……

 「えーと……そうすると、僕は……どうすればいいんだろう」

 我ながら間の抜けた回答をしてしまう。 さらに麗が怒るかと思ったら、意外にも彼女はにっこり笑った。

 「そうね……しばらく黙って座っていて」

 「は?」

 「後はアタシが一方的にしゃべるから」

 その後僕は、一時間ほど麗のマシンガンの如き文句を聞かされる羽目になった。

 
 「ふう……とりあえずすっきりしたわ」

 「……それはなによりだね」

 麗が口を閉じたとき、僕の頭の中では麗の悪口雑言が渦を巻き、暴風雨の如き頭痛の雨を降らせていた。

 「ま、『入れ替わり』を他人に知られないようにしてれば、エミ先生たちもあれ以上は干渉してこないよね?」

 「同意を求められても……」

 痛む頭を起こし、麗との『入れ替わり』についての考えを整理しながら、麗に自分の意見を話してみた。

 「普通の学校なら、ばかげた話として一笑に付されると思う。 でも、あの学校には『人外』の生徒……いやエミ先生は『教師』……『学校関係者』がいる

わけだよね」

 「うん。 それで?」

 「ということはだ……学校の管理者の立場にある人たちは、それを知っているはずだよ。 そうでなければ、『宇宙人』だの『悪魔』だのが生徒になれる

わけがない」

 「正体を隠して入学したんじゃないの?」

 「一人二人ならそれもあると思う。 でも、エミ先生の話の感じからすると、もっと大勢いるように思えるんだ。 なら学校当局が知らないはずはない」

 「ふーん……それで?」

 「そしてそのことを、学校当局は外部に隠している。 少なくとも積極的に公開はしていない。 公開していたら、大騒ぎになるから」

 「話しても相手にされないと思ったんじゃない?」

 「『悪魔』はともかく『宇宙人』の方は注目を集めると思う。 『わが校には宇宙人の生徒がいます』なんて発表したら、マスコミが山のようにやってくると

思う、信じてなくても」

 「そういうもんかなぁ? それで?」

 「結論としては、学校当局は世間の注目を集めることを避けているはずだ。 だとすると、僕らが世間の注目を集めるようなことをしでかすと……」

 「『相談室』に呼ばれて『生活指導』を受けるわけね」

 麗が僕の結論を先取りし、ため息をついた。

 「うっとうしいなぁ、見張られているようで」

 麗の心情は理解できた。 僕は自身、面倒なことになったと感じているのだ。

 僕らは、それからしばらく今後の生活について話し合った。

 
 「ただいま……と言ってもだれもいないか」

 僕は、ドナーツ屋さんで麗と別れ、自分のアパートに帰宅した。 麗のマンション(名義は親御さんだけど)に泊ると、また『入れ替わり』になってしまい

そうだったからだ。 麗は不満そうだったが、あまり頻繁に『入れ替わ』るとまずいと考えたすえの行動だった。

 「一人……か」

 ここの処ずっと麗と行動をともにしていたので、一人になるとあらためて孤独感が襲ってくる。

 「宿題……」

 カバンから教科書を出し、ノートを開く。 何かしていないと気が滅入りそうだった。

 
 ピンポーン

 チャイムが鳴った。 何かのセールスだろうと無視する。

 ピンポーン

 きっかり2秒置いて、再びチャイムが鳴った。 この鳴らし方は麗と取り決めたものだ。

 (麗? しょうがないなぁ……)

 心で文句を言いつつ、ほおが緩むのを感じる。

 「麗? 今開ける……え?」

 扉を開けると、お姉さんの舞さんが立っていた。

 「舞さん?」

 「はぁい」

 片手をあげて、にっこり笑う舞さん。

 「よくここが判りましたね」

 「麗の携帯見たもの」

 僕は言葉に詰まった。 取りあえず、彼女を部屋に入れ、紅茶を入れる。

 「ありがと」

 舞さんは笑顔でお茶を飲んでいる。

 「ご用の向きは何です?」

 「固いなぁ、君は」

 「そんなつもりはないですけど……」

 「その固さをほぐしてあげようと思ってね」

 舞さんの言葉に、僕の意識に黄色信号がともる。 これは用心しないと……

 「ほぐすって……」

 「もちろん、これ」

 優雅なしぐさで紅茶のカップをテーブルに置いた彼女は、僕を押し倒して唇を奪う。

 「ぷはっ。 ま、舞さん、何を! これじゃ固さがほぐれるどころか、あそこが固くなって……」

 「まぁ、正直者」

 そう言って彼女は僕のズボンに手を伸ばした。
 
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