ボクは彼女

11.お説教?


 麗が落ち着くと、エミ先生たちは色々な事を僕たちに話してくれた。 この学校には、『人』の定義から外れている生徒がいること、彼、または彼女達の

ことは学校側も承知して、受け入れていること、そしてエミ先生とランデルハウス教授が、彼らと普通の生徒の間を取り持つことになっていること等々。

 「取り持つと言っても、生活相談を受けたり、進路指導をしたりするだけで、普通の生徒と変わらないけどね」

 「そうなんですか? あの、参考までにお聞きしたいんですが……」

 「何?」

 「その……『人』の定義から外れているって……どんな『人』なんですか?」

 「プライバシーの問題があるから、はっきりとは言えないけど……羽や角が生えるとか、獣に化けるとか、宇宙人、いえ、地球外の知性体に体を作り

変えられたってのもいるわね」

 「う、宇宙人までいるんですか!?」

 僕は思わず大声を出しそうになった。

 「宇宙人、というのとは少し違うわ。 そうねぇ……改造人間の方が近いと思うわ」

 平然と言い放つエミ先生。 その隣でランデルハウス教授は、何やら手帳をめくっていたが、エミ先生の話を補足する。

 「大別すると、まず既知の生物が変化して人外の者になった者達、これはさらに元が『人』だったか、『人以外』のものだった者に分かれる。 例えば『

幽霊』は前者に分類され、動物が人に化身した獣人は後者に分類される。 先ほどの『宇宙人に改造された人』も前者に含まれるな」

 「はぁ……」

 「次に、最初から人以外の何か、つまり未知の存在でありながら『人』に見える者たちだな。 定義としては人に化身した神、悪魔もこれに含まれる」

 「神なんか……いないもん」

 ぽつりと呟いたのは、横手に座っていたミスティと言う女の子だった。 その言葉には、突き刺さるような冷たい響きがあった。

 「まぁ、想像上の生き物という事だな。 そして最後に、『人』でありながら『人』とは違う者たちだ」

 先の2つと違い、最後の一つは僕には良く判らなかった。

 「うむそうだな。 例えば……『超能力者』や『死なない人間』かな」

 「……先の2つと被っているような気もしますが?」

 「先の2つとの違いは、生物学的には『人』だという事だ。 医学的検査をしても『人』との違いは見つからない、しかし、『人』とは違う……能力というか、

特性を持っている者で、それが先天的だという事だ」

 「先天的?」

 「後付けではないという事だよ。 『改造された』とか……何とか『パワー』にさらされたとかで『人』とは違う存在になったのではない者だ」

 どうもいまいちピンとこない、そう言うと教授も困った顔をした。

 「だろうな。 私自身、この定義に納得していない。 しかし、エミ君から紹介された『人外部隊』の中に、そう言う者達がいたのだ。 彼らは自分たちを

『シェア』と呼んでいた」

 「『シェア』?」

 その名前に反応したのは、麗も同じだった。 自分の姓が『シェアーズ』だったからだろう。

 「どういう妖……いえ人達なんですか?」

 ランデルハウス教授は答えず、傍らのエミ先生に視線を向ける。 エミ先生は少し考えて、話を引き継いだ。

 「『シェア』と名乗った人たちはね、男女の営みを行うたびに心が入れ替わるのよ」

 僕と麗は驚いた。 それでは麗と同じだ。

 「シェアーズさんと木間君とは違いがあるの。 『シェア』たちは、入れ替わるたびに記憶の一部を失うか、または入れ替わった相手の記憶を引き継ぐの。 

そして性格の一部もね」

 「それって……入れ替わりが不完全だという事ですか?」

 「完全な『入れ替わり』とは何か、という問題があるけど、まぁそう言えるかしら。 結果として、入れ替わるたびにお互いの記憶と性格が混じって、最後

には同じ人格の二人になってしまうらしいわ」

 エミ先生の説明に、僕はなにやら怖いモノを感じた。

 「なんというか……それって元の人格が、別物に変わってしまうんですよね? 『シェア』達は平気なんですか?」

 「平気と言うか、変わるのが楽しいみたいだった。 だから、同一人格になってしまうと、相手を変えていたみたい」

 想像できない。 自分が失われていくのが楽しいのだろうか。 僕は身震いした。

 
 「さて、シェアーズさん。 質問なんだけど、貴女は『シェア』のことは聞いたことがある?」

 麗はブンブンと首を横に振った。

 「そ、そんな人たちの事、聞いたこともありません!」

 「そう……貴女は自分たちが、他の人たちと入れ替われることをどう思うの?」

 「どうって……いっても、それが普通だと思って……」

 僕は驚いて麗を見た。

 「普通って……そんなことある訳がないだろう!」

 「だって! ボクんところじゃ、それが普通だって……」

 言い争いになりかけたのを、エミ先生が止めてくれた。

 「シェアーズさんの言っていることは本当だと思う」

 「そんな馬鹿な!」

 「聞いて木間君、貴方は自分の体の事をどれだけ知っているの?」

 「え? 体の事ですか? どれだけって言われても……本で読んだり、教わったりしたことしか……」

 「それよ。 いい? 自分の体の事は、本や他人から教わるか、経験した事しか知らないのよ」

 「というと?」

 「怪我をしたら赤い液体が流れ出で、時間が立てばそれは固まり、やがて怪我は治る」

 「当り前です」

 「その当たり前を、貴方はどうやって知ったの」

 「それは……」

 「大人になれば、男の子はアレの皮が剥け、触っていると気持ちよくなって白いモノが出る」

 「せ、先生……」

 「貴方もそんな経験をして、最初はひどく驚いたでしょう? そして調べて、ひょっとしたら親に聞いて、それが『普通』だと知って安堵した。 違う?」

 露骨な話に僕は真っ赤になった。 しかし、エミ先生の言いたいことも判った。

 「そうか……アレで心が入れ替わるって聞いていれば……」

 「それが普通だと思う。 そう言うこと」

 僕とエミ先生は麗を見た。 彼女は瞬きした後、恐る恐る口をきいた。

 「ひょっとして……みんなは入れ替わらないの?」

 『変わらん』

 麗以外の、いや麗とミスティ以外の全員が断言した。

 
 「それじゃ僕らが呼ばれたのは、その事を注意するため……なんですか?」

 僕がそう言うと、エミ先生は真顔になってうなずいた。

 「生徒同士が、婚前交渉を行うのも問題だけどね、こればっかりは人の営みだしね」

 「当校では、生徒の私生活は見て見ぬふりをする」

 「教授、それを言うなら『私生活には口を出さない』です」

 エミ先生は僕らを正面から見つめた。

 「校内はともかく、学校の外の生活まで、とやかく言うべきでことではないと思うわ。 但し、自分たちの行動には、自分で責任を持つ覚悟を持つこと。 

今後も交際を続けるつもりなら、入れ替わった後のことまで考えなさい」

 エミ先生はにっこり笑った。

 「はい」

 「ええ」

 
 僕らは『相談室』を後にした。 後で知ったのだが、エミ先生たちは別の問題を話し合っていたらしい。

 「どう思うかね? 『シェアーズ』くんの『入れ替わり』について」

 「ありがちなネタ……じゃなくて、なにかが違うような……うまく言えないんですが……」

 ランデルハウス教授は、お菓子の入っていたビニール袋に、ポットに残っていた冷めた紅茶を注ぎ、口を縛った。

 「ビニール袋が体、紅茶が『魂』だとしよう」

 「はい?」

 「乱暴な言い方だが、君やミスティ君の使い魔たち、そしてタァの技術で改造された人たちは、この紅茶の入ったビニール袋のようなものだ」

 教授はビニール袋を揉むようにし、形を変える。

 「袋の形を変えても『魂』は中に留まる。 そして『シェア』の場合は……」

 教授はビニール袋の中身を別の袋に移した。 元の袋の内側に、茶色い滴が残っている。

 「こんな感じだろう。 元の体に『魂』の一部が残る。 そこにに別の『魂』が入れば混じってしまう」

 「なるほど……すると?」

 教授は、ビニール袋を机の上に置いた。

 「シェアーズくんが、木間君と完全に『魂』を交換できるのならば……ずっと高度なことが出来ることになる。 実は、タァ人たちもこの技術は手にしていない」

 「たとえは理解しましたが……このことがどんな意味を持つのでしょうか?」

 「うむ……タァ人は……全てのタァ人ではないが、自分の『魂』を他の体に移す技を求めていた……その先にあるのは……」

 「不死、いえ、死の超越?」

 「んむ……いやまぁ、それは考えすぎと思うが……とにかくだ、今まで知り合えた『人外』の中には、完全な『魂』の入れ替えを行えるものはいなかった……

そう思うとな。 凄いことをやっている……と思えて」

 「そうですね……でも」

 エミはチラリとミスティを見た。

 (彼女はそれをやった……ということは……『シェアーズ』さんはひょっとして……)
 
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