ボクは彼女

10.生徒指導


 僕と麗が関係を持ってから一か月が過ぎた。 何度か入れ替わり、学校に行くこともあったが、皆全然気がつかない。

 (これでいいんだろうか……)

 そんなことを考えつつ、教室に入る。

 (今日は……こっちと)

 体が入れ替わっている時は、麗と僕は席も入れ替える。 注意しないとすぐに間違えてしまう。 もっとも麗は僕ほど気にしていないみたいだが……。

 「おはよ」

 土留がそう言って手を出してきた。

 「何?」

 「昨日貸したお金」

 「え? ああ……(麗だな……)」

 財布を出しかけた時、入って来た麗が僕の手を押さえた。

 「忘れっぽいなぁ、土留君。 昨日帰る前に返した……じゃない、返してもらってたでしょう?」

 麗に言われ、土留はうっかりしていたという様に頭をかく。

 「だっけ。 いや、すまない」

 そう言いながら自分の席に戻っていく。 あっけにとられていると、麗が顔を寄せて囁いてきた。

 「ちゃんと読んだ? 『引継ぎ日記』」

 「あ……ごめん。 忘れてた」

 『引継ぎ日記』というのは、お互いの行動を細かく書いた日記の事だ。 体を交換した後、互いの日記を交換し、互いの前日の行動を把握することにして

いる。 これを忘れると、前の日に自分が何をしたか知らないで過ごすことになる。 今みたいに、覚えのない借金を返したり、約束をすっぽかして怒られ

たりすることになるわけだ。 最初僕はそれを面倒だと思い、スマホの録音機能で会話を録音しておけばいいと言ったら、麗にこう切り返された。

 『君ねぇ。 一日分の会話の録音聞くのに、どのくらい時間がかかると思っているの』

 言われてみればその通りだ。 しかしこの『引継ぎ日記』も、いざ書いてみるとなかなか大変だった。 普通の日記なら、読むのは自分だから、思ったこと

を書き連ねればいい。 だけど『引継ぎ日記』は、麗が読んで判るように、要点を明確にしないといけない。

 (これって日記と言うより、業務日誌じゃないか?)

 そんなことを考えつつ、麗と『引継ぎ』を行った。

 
 「木間君、シェアーズさん。 いる?」

 顔を上げると、教室の入り口にエミ先生立っているのが見えた。 麗を見ると、肩をすくめている。 僕は麗に頷き返して、エミ先生の所に行く。

 「なんですか?」

 「今日の放課後、『相談室』まできてくれるかしら。 聞きたいことがあるの」

 『相談室』は、少人数向けの会議室で、昔は『生徒指導室』という名前だったらしい。 名前が変わっても使われ方は変わらない。 要するに、麗と僕に

『有難いお叱り』がされるんだな、と渋面を作る。

 「そんな顔しないで。 聞き取りと言っても、多分貴方たちが考えているのとは違うから」

 エミ先生がにっこりと笑った。 美人の上に『妖艶な』がつくエミ先生の笑顔に、顔が赤くなるのを感じた。

 ギュッ

 麗に足を踏まれた。

 
 ーー放課後ーー

 僕と麗は、『相談室』に向かった。 扉の前まで来ると、中から話し声が聞こえる。

 ”……『魂』? ……”

 ”……いや『魂』というより『知性』か『意識』……”

 (エミ先生……だけじゃない?)

 僕は咳ばらいをしてから、扉をノックした。

 「木間です。 Ms シェアーズも来ています」

 中の話し声がやんだ。

 ”どうぞ中に入って”

 エミ先生の声がした。 僕たちは扉を開けた。

 
 「初めまして、ランデハウス……です」

 部屋の中には、エミ先生と、大学部のランデルハウス教授(ヨーロッパ校の教授らしい)、そしてもう二人。

 「やっほー♪ ミスティちゃんだよー」

 「はじめまして、スーチャンです」

 肌をピンク色に染めた女の子と、小学生くらいの女の子がいた。 小さな応接セットがあり、正面にエミ先生と、ランデルハウス教授が座り、向かい

合わせに僕と麗が座る。 ミスティとスーチャンは、僕らからみて右手に椅子を置いて座た。 全員が腰を下ろすと、部屋の中に奇妙な沈黙が流れた。

 
 「さて、木間君、シェアーズさん。 二人を呼んだ理由だけど……」

 エミ先生はちらりとミスティさんを見た。 ミスティはちょっと首を傾げ、右手と左手の人差し指を立てる。 そのしぐさが僕は気になった。

 「今日は、本来の体に戻っているのね」

 「(やっぱり)……」

 僕らが時々入れ替わっているのはエミ先生には見抜かれているかもしれないと思っていた。 そう思っていなかったら、慌てる羽目になったに違いない、

僕がそう思った時。

 「え、ええー!? な、なんです? い、入れ替わるって……は、ははは……」

 麗が手を震わせながらハンカチを取り出し、額の汗を拭おうとして、ハンカチを取り落す。

 (しまった……麗と意識合わせしておくべきだった……)

 「麗さん。 ちょっとこれを見て貰える?」

 エミ先生は立ち上がり、目を閉じた。 そしたかっと目を見開く。 その瞳が金色に染まっていた。

 ゴッ……

 エミ先生の背後に黒いもの、翼が広がった。 頭には角が生えている。

 「変身〜♪」

 「黙ってなさい、ミスティ。 シェアーズさん、私は……」

 エミ先生は続きを言うことが出来なかった。 固まってしまった麗が、白目を剥いて失神したからだ。

 
 −−10分後−−

 連絡を受けて飛んで来た保険医(入学式の日に屋上で高笑いをしていた人だった)が、麗を介抱してくれた。 彼女が部屋から出て行くと、エミ先生が

頭を下げる。

 「ごめんなさい。 こんなに驚くなんて思わなくて」

 「い、いいえ……はは」

 頭に氷嚢を乗せた麗が、引きつった声で笑ってみせる。

 「まぁ、せ、先生があ、悪魔だったとか、べ、ベタ過ぎて……はは……」

 「羽と角が出るからと言って、別に悪魔という訳では……」

 (あ、気にしてる……)

 「……し、しかし木間君は、胆が据わってるよね……改めて、見直しちゃった……」

 「ん、まぁ……前にも見たし……」

 そう言った途端、麗に胸ぐらをつかまれた。

 「知ってたんなら、最初に言わんかい!」

 「お、落ち着いて、麗。 初めて会った時にも言ったよね……」

 「あんな話、本当だと思うかぁ!」

 
 −−3分経過−−

 ランデルハウス教授のとりなしで、取りあえず一同は落ち着きを取り戻す。(騒いでいたのは麗だけだったが)

 「シェアーズさん」

 「麗でいいです」

 「では麗さん。 その様子だと知らないみたいだけど、この学校には羽、角、尻尾を隠しているのが結構いるの」

 「……いるんですか?」

 「いるの」

 麗は落ち着きのない様子であちこちを見回し、後から運ばれてきたお茶を飲んだ。 湯のみを持つ手が細かく震えている。

 「麗? どうしたんだ」

 僕は麗の態度が気になった。

 「どうしたって……木間君、貴方平気なの?」

 「平気って……なにか問題でも?」

 麗が机に突っ伏した。

 「あのねぇ! 学校の中に、悪魔やら妖怪やら、得体のしれないのがいるのよ! それでどうして平気なのよぉ!」

 「お、落ち着いて(麗に言われちゃおしまいだな……)」

 興奮する麗と対照的に、エミ先生は静かにお茶を一口のみ、ポツリと言った。

 「悪魔、妖怪かどうかはさておき、『得体が知れない』というのは正しいでしょうね」

 湯のみを机に置く。

 「貴方を含めて、麗さん」

 麗が目を剥いた。

 「ええーっ、ボクも含まれるの!?」

 『自覚していなかったのか』

 麗以外の全員が、異口同音に言った。
 
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