ボクは彼女

3.べたな展開


 「お邪魔します」

 麗の家は2LDKの部屋で、綺麗に片付いていた。 居間に通されソファに腰を下ろす。

 「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」

 「あ、コーヒーで」

 答えて、ソファの上のファッション雑誌に目をやる。

 (日本語じゃないや……え? 英語でもない)

 麗がお盆にコーヒーカップを2つのせて運んできた。

 「それ、姉さんの」

 「え? ああ」

 雑誌のことかと思い、礼をいいながらコーヒーに口をつける。

 「ブラックで飲むんだ」

 「うん」

 目を上げると、麗が僕をじろじろとみている。

 「お姉さんがいるんだ」

 「うん、二人暮らし。 姉さんは出かけてる」

 「そう……え?」

 麗の見ると、いたずらっぽく笑っている。

 「よこしまな事を考えたろ」

 コーヒーにむせる。 なんとか吹き出すのだけは避けた。

 「考えてなんか……ないよ」

 「正直に言った方が身のためだよ」

 「すいません、少し考えました」

 麗が笑う。 ただ、笑い方が少し冷たいような気がした。

 「男ってだいたいそうだよね」

 赤面して首をすくめる。

 「それは……そうだろうけど」

 「女の子の身にもなって欲しいな。 初対面の男に、そう言う目で見られるなんていい気分じゃないよ」

 「ごめん……で、でも、それならなんで部屋に誘ったのさ」

 「ちょっと話してみたかったからかな。 教室での君の第一印象は『生真面』だった。 ところがあの……エミさんだっけ?あんな女の人と関係してた

なんて……見かけと違うのかなって」

 「は、話したろ。 僕はあの人に襲われたって……」

 「で、その人の残していったブレスレットを宝物にして取ってたんだろ?」

 僕は何も言えなくなった。

 「からかうつもりはないさ。 ただ、ちょっと興味がわいたんだ。 そういう体験をした男の子って、何を感じるのかなって」

 「あのね……」

 それからしばらく、僕は麗とおしゃべりをした。 興味があると言うのは本当の様だが、僕にと言うより僕の体験と、エミさんに興味があるようで、あんまり

親しくなれた感じはしなかった。 一時間ほどでおしゃべりを切り上げ、僕は麗の家を後にした。

 
 それから一週間がすぎた。 新しい学校生活にも慣れ、クラスメイトのことも判って来た。 当然、僕のことも皆に知れ渡ってしまう。

 「よう『経験者』」

 「その呼び方はよせよ」

 「尊敬してるんだぜ、あの美人が初体験の相手だって? ちくしょう、うらやましい奴」

 エミさんと僕の『関係』について詳しく話したのは麗だけで、彼女は他の人にはしゃべっていないらしい。 僕の『経験』は不正確な、いや事実無根の噂の

域を出ないものになっていた。

 「そんなんじゃないよ」

 「じゃあどう言うことなんだ? 詳しく教えろ!!」

 「話すようなことはないよ」

 不満そうなクラスメイトをほっておいて、僕は下校の準備を始めた。 この噂のせいで、僕に対する女生徒の評判はすこぶる悪い。

 「やぁ、今日も一人でお帰り?」

 校門で麗と会った。

 「やぁ。 そう言う君こそ、誰かから誘いがあったんじゃないかい?」

 「めんどそうなお誘いがあった」

 ヒラヒラとラブレターらしきものを振って見せる。 古風だと思ったが、麗はアドレスもTELも教えない主義らしいから仕方なかったのだろう。

 「……いかないの?」

 「行きたくなるような内容じゃないんだ」

 「あんまりひどいんなら、担任の先生に相談したら?」

 「対処は思案中。 方針が決まったら即行動……あれ」

 路地を抜けようとした僕たちの前に、先輩らしき学生が三人立ちふさがった。 どうやらラブレターの発送元の方々らしい。 僕は右から先輩A、先輩B、

先輩Cと仮名をつける。

 「よう。 約束をすっぽかすのはよくないねぇ」

 「約束した覚えはありません。 行こう木間君」

 きっぱりと言って、三人の脇を抜けようとしたが、前後に回り込まれた。

 「おや、そっちは『エミ先生のつばめ君』じゃないか。 くぅ、色男はいいねぇ」

 「先輩にも分けて欲しいもんだ」

 僕は辺りを確認する。 両脇が雑居ビルの路地で、他に人気はなく、誰かが来る様子もない。 僕は麗を背中に庇った。

 「おおっ、かっこいい。 ナイトのつもりかい」

 ニタニタ笑う先輩Aがじりっと前に出る。 背後で麗がギリッと歯を食いしばる音がした。

 「木間君、これはボクの問題だよ」

 「そうもいかないだろう」

 僕は、覚悟を決めて制服のブレザーを脱ぎ捨てた。

 「ほ、やる気だよこいつ」 先輩Bが笑った。

 「へっへっ、ちーっとばかし、世の中を教えてやろう」 先輩Cが言い、上着を脱いだ。

 
 10分後……

 「木間君……」 麗が目を見開いて僕を見ている。

 「あでで……て、手前ぇ汚いぞ、この卑怯者!!」

 僕に組み敷かれた先輩Aが喚いている。

 「はい、僕は卑怯者ですよ。 手加減できないのに素人相手にしてるんだから」

 僕が先輩Cを投げ飛ばし、先輩Bを張り倒すまで30秒ぐらいだった。 慌てた先輩Aは、廃材を拾って振り回してきたので、取り押さえるのに少しかかった。

 「て、手前! 強いじゃないか! 空手でもやってるだろう!」

 「合気道と剣道のたしなみがあるだけです。 段位も持ってませんよ」

 事実だ。 僕の腕前は、道場でも下の方だ。

 「こ、この」

 「危ないですよ、廃材なんて振り回して」

 関節を逆に決めると先輩Aが声を上げた。

 「ぎ、ギブアップ」

 先輩Aを離すと、先輩Bと先輩Cが肩を貸して立ち上がる。

 「ち、畜生! 覚えてやがれ!」

 先輩がそう言ったからには後輩として従わない訳にはいかない。 スマホを取り出して、カメラレンズを先輩達に向ける

 「はい、正確に記録しますから学年と名をおっしゃってください。 明日、学校に提出します」

 「すいません、忘れてください」

 這う這うの体で先輩たちは逃げていった。 僕はブレザーを拾い上げ、ほこりを払う。

 「木間君……君って」

 麗が近寄ってくると、僕のワイシャツをまくり上げた。

 「な、何するんだよ」

 「おわぉ、たくましい……」

 麗が僕のお腹をペタペタと触る。 すっごくくすぐったい。

 「くすぐったいよぉ」

 「ね、今日も家に来ない? ううん、来て! おねがい!」

 麗を見ると目をキラキラさせてこっち見ている。

 「う、うん……」 ちょっと照れながら僕は麗の誘いを快諾した。

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