ボクは彼女

2.再会


 「私が皆さんの担任の川上です。 数学の授業は私が担当します。 宜しく」

 初日なので担任の紹介、各自の自己紹介が行われ。 続いて明日からの授業、学校行事のプリントが配られた。 この辺は中学と変わらない。

 「タブレットは使用しないんですか?」

 生徒の1人が尋ねると、川上先生は少し考えてから答えた。

 「去年からタブレットを導入したんだが、セイレ……いやたちの悪いウィルスが広まって、セキュリティを見直すことになった。 当面は、教科書と据え置き

型の端末を使用することになる」

 タブレットが使えないと聞いて、がっかりした。 皆同じ気持ちらしい。

 「対策が終わったら、各自に配布される。 それまで辛抱してくれ」

 その時扉が開いて、事務員らしきおじさんが川上先生に声をかけた。

 「川上先生。 生活指導の方が来ました」

 「……わかりました。 入ってください」

 先生の表情が曇った様に見え、あれっ?と思う。 扉を開けて中に入って来た人を見て、僕は腰を浮かしかけた。 その人を僕は知っていた。

 「高校入学おめでとうございます。 これからあなた方の生活指導を担当します、エミです」

 入って来たのは、地味な紺色のブレザーに身を包んだ女の人だった。 もっとも、胸とお……スラックスがパンパンに張っていて、今にもはじけそうだ。

 「私は正式な教員ではありません。 非常勤の相談員として皆さんの生活相談にあたることになります」

 クラス男子の視線がエミ先生、ちがったエミ相談員さんに集中する。 なんでこんな人が学校に、と思うほど色っぽい。

 「なにか質問があります?」

 「はい!」

 勢い良く手を上げたのは土留だった。

 「はい……貴方は?」

 「土留いいますねん、よろしゅう。 あ、お聞きしたいのは、郊外でのご職業は何かと……」

 「恋人代行業をしています」

 「え?」

 『えー!!』

 意味が判らなかった生徒も一部いたが、ほとんどはエミさんの答えの意味が判り驚愕した。

 「そ、それって……あの」

 「相場は一回10万、一週間なら50万よ」

 盛り上がりかけた男子生徒一同が一気に萎れた。

 「……暴利だ」

 「いや、それくらいは……いいバイトを探さないと」

 ひそひそと呟く男子生徒をぐるりと見渡すと、エミさんは腰に手を当てて胸を張った。

 ギチッ ブレザーの胸元が軋む。

 「先に言っておくけど、私のお客になりたいのなら、就職してからになさい。 生活基盤のないお子様を相手にする気はないわよ」

 えらい言われようだ。

 「エミさん、もうすこし言葉を選んで」

 川上先生が抑えようとするが、エミさんは反論する。

 「私がなぜここに呼ばれたと思っているんです? 生きた性教育のためです。 では、まず避妊の必要性についてから……」

 
 ……30分後、エミさんの性教育一回目が終了した。 有意義な内容ではあったのだが……男子生徒は皆蒼白になっている。

 「いやーためになる話だったね、木間ちゃん」

 隣に座っている麗がうんうんと頷いている。 エミさんは避妊の必要性と、男女双方が心地よくなる性器の結合方法、そして強姦魔への反撃方法について

一通り話したのだった。 最初はとんでもない話だと思っていたが、よく聞いてみると女性が自分を守るために必要な内容が盛り込まれ、ためになる話では

あった。 最後にエミさんは『男に襲われた場合の対処』と称し、男性の急所の攻撃方法を、ソーセージを使って実演して見せた。

 ブチッ

 躊躇なくソーセージをかみちぎったエミさんを見て、男子生徒は彼女に手は出さないと心に誓ったにちがいなかった。

 「木間ちゃんは女の子が怖くなったかな?」

 「怖くなんか……いやちょっとは……」

 麗の言葉は冗談と思うことにしよう。 そう思っていたら、エミさんが僕の席に近づいてきた。

 「君は?」

 「木間です……あの……」

 「ちょっと手首にまいているモノを見せて」

 エミさんが僕の手を掴み、手首にまいていた革ひもをじっと見つめる。 何事かとこちらを見る皆の視線が痛い。

 「この革ひもは……君、ひっょっとして?」

 エミさんの言葉は不明瞭だったけど、僕には判った。

 「ええ……覚えていたんですか?」

 「もちろん……そうか、君があの時の……こんなところで再会するとは」

 「何?」「知り合い?』

 クラスがざわめき、興味津々の視線が僕に集中する。

 「そうか、奇遇ね」

 懐かしむ様子のエミさんの向こうから、麗が睨みつけるような視線を投げかけている。 僕はそっと顔を伏せて目を反らした。


 「いやー、すみにおけんな木間ちゃん」

 「ほんとほんと、詳しく聞かせろよ」

 初日が終了すると、クラスの男子生徒が全員僕の周りに集まって来た。 エミさんと何があったのか聞かせろという事だ。

 「人に言うようなことじゃないよ……」

 かろうじてそれだけ言って逃げ出したが、逆の立場だったら自分も話を聞きたがるだろうなと思ってしまう。 一方、女子生徒たちは僕に近寄ろうとしない。

 (理不尽だ……)

 正直、エミさんとお近づきに慣れたのは嬉しかったが、おかげでクラスの女の子から白い目で見られ、ただ一人友達になりかけた麗もどこかに行って

しまった。

 「帰ろう……」

 とぼとぼと玄関に行き、靴を履き替えて外に出る。

 「やぁ、やっと出てきた」

 顔を上げると『麗』がかばんを持って立っていた。

 「やぁ……ひょっとして待っていてくれたの?」

 「うん。 今朝は少し話しただけだったから。 もう少し話したいなって」

 にっこり笑う麗に、僕はほっとし、一緒に変えることにした。

 「エミさんだっけ? 凄いグラマーな知り合いがいるんだね」

 「知り合い……じゃないね。 今日会ったのが2度目だし」

 「へぇ? にしては、随分親密そうだったけど」

 麗が僕を見る。 やばい、目がマジだ。

 「いろいろと複雑……でもないか? あれ? それにあの時はエミさん空を飛んでたし……」

 「空? あの人スチュワーデス、いやキャビン・アテンダントだったっけ?」

 「そうじゃなくて……羽が生えてて」

 「羽!? あの人天使なの?」

 「いや、どっちかというと悪魔の方だったような……」

 訳が判らないと様子の麗だった。 無理もない。 僕自身、初めてエミさんと会った時何が起こったのか判らなかったんだから。 僕は、エミさんと初めて

会った時の事を整理しながら話して聞かせた。

 「屋上に居たら、エミさんが空から降りてきた?」

 「そう、そのとき背中に羽が会って。 自分で飛んでた」

 「……それ、本当にあったの?」

 「多分……」

 自分でもいまだに信じられない。 ただ、手の中にはエミさんが身に着けていた皮ひものブレスレットが残っていた。 これがなければ、あれを現実だとは

思わなかっただろうけど。

 「ふーん……あ、このマンションがボクんちだ」

 話しているうちに、麗の家についてしまった。

 「麗の家ここなんだ。 じゃぁきょうはこれで」

 「よってきなよ。 もう少し話ししたいから」

 麗が僕を誘った。 ちょっと迷ったけど、麗の家も見てみたかったのでお邪魔することにした。 麗の後に続いてマンションの入り口をくぐった。


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