ボクは彼女
1.出会い
− おはよう −
− Good Morning−
時折混じる英語の挨拶に誇らしさを感じながら、僕は校門に目をやる。
『マジステール大学付属高校』
(夢じゃないんだ!)
心の中でガッツポーズを決める。 校門をくぐり、掲示板の所に行く。 僕と同じ新入生が教室の位置を探している。 僕も自分の教室を探し、左手で
校内図を辿った。 自分の左手首にまいた細い革の腕輪が目に入る。
(会えるかな……)
僕は木間獅子雄。 マジステール大学付属高校普通科の一年生だ(今日から)。
実家は土井中町という辺鄙な場所にある。 中学までは実家から通える地元の学校に通っていたが、町内に高校がないので進学する者は隣町の高校に
通うか、町を出ることになる。 僕はなんとなく隣町の高校に通うつもりになっていたが、中学二年生の時にちょっとした事件があり、それを転機として進学先
を探すことになった。 そして、ついに! このマジステール大学付属高校に入学することが出来たんだ。
− オーッホホホホホ ー
突然、甲高い女の人の声が聞こえてきた。 高笑いというのだろうか? 周りの新入生も驚いて、声の主を探している。
「あれかな?」
誰かが上の方を指した。 校舎の屋上に、白衣を着た女の人らしきものが立っているのが見えた。 何人かがスマホを取り出して、写真を取っている。
『新入生の皆さん。 校内では変わった行動を取る人が散見されますが、写真を取る場合は当人の許可を取ってください』
「(同人誌の)即売会の注意みたいだ? あれコスプレ?」
ざわつく新入生の脇を、先輩たちが通り過ぎていく。 先輩たちは特に女の人を気にしていないみたいだ。
「このぐらいじゃ驚かないってことか」
さすがは名高い『マジステール大学』の付属高校、という事にしておこう。
この高校は、隣に立っている大学とともに『有名』だった。 学生はお祭り好きが多く、学園祭には並々ならぬ気合で臨むそうだ。 僕が学校訪問に来た
時には臨時の学園祭が行われていて、高校と大学の生徒が揃ってゾンビダンスを踊っていて、時ならぬ騒動に野次馬が集まって来ていた。 もっとも、
野次馬の大半は人魚のコスプレ(それもトップレス!)の屋台に群がっていたけど。
教室を確認して、校舎に向かう。 日本の高校だと入学式があるのが普通だけど、この高校は卒業式はあっても入学式は開かない。 そういう方針らしい。
「一年A……ここだ」
やたらに重い引き戸を開けて中に入ると、見慣れない4,5人掛けの細長い机と椅子が並んだ教室になっていた。 真新しい教室の匂いにちょっと感動する。
「中をリフォームしたのかな」
独り言のつもりだったけど、机に座っていた新入生がこちらを見て声をかけてきた。
「君もAクラスか? よろしく」
「木間といいます、よろしく」
「固いな〜 俺は土留、 まぁ仲良くやろうや」
土留と名乗ったのは小太りで度の強い眼鏡をかけた新入生だった。 ちょっと窓の方を見てから、小声で話しかけてくる。
「ここな、例の騒ぎで壊れて修繕が入ったらしいぜ」
「例の騒ぎ? あ、試験問題の配布の時の?」
「そう、『某国潜水艦の暴走事故』」
つい先日、東京湾に『某国潜水艦』が侵入し、暴走した挙句に(非常識にも)上陸し隣の『マジステール大学』に突入するという事件があったのだ。 僕は
船の事は詳しくないが、上陸する潜水艦なんてさすがにないだろうと思っていた。 ところが友達曰く『某国には海底を走る潜水艦があったらしいぞ。
海底に戦車の履帯の跡が残っていたそうだ』と写真まで見せてもらった。
「試験問題をもらった時には高校は無事だったけど、その後でここが壊されたのかい?」
「いや無事だったらしい。 それが某国に弁済要求した時に、古い校舎のリフォーム費用も含めて要求したらしいわ」
「うわー」
「ま、迷惑料でふんだくったんやろ」
「へぇ」
「時に、試験のテーマ、何を選んだ?」
「え? ああ『石油の今後について』」
「あれか。 おりゃ『軌道エレベータの実現性について』や」
「へー」
マジステール大学付属高校の試験は、かなり変わっていた。 語学、数学などの筆記試験もあるのだが、メインになるのは学校の示したテーマについて
考察し、試験官の前で発表するというものだ。 時間は一週間。 テーマを持ち帰り、考察をまとめて再び学校に来て発表する。 テーマは今の世界の問題が
今後どう推移するかや、計画段階の技術の実現性について、特にコスト面から考察を行うというものだ。 正解はないらしく、受験生のアプローチと結論、
そして考察のまとめ方についてを評価し、入学試験の点数に追加するということだ。
「どうやった?」
「あんまり芳しくなかった」
「なんで?」
「結局のところ石油は減る一方で、使い切ったらそれまで。 使い切るより前に、石油の価格が上がりすぎて使えなくなる……って結論に達した」
「やろうな」
「軌道エレベータは? 技術的な問題が解決できれば、ロケットの打ち上げよりコスト低くなるんじゃない?」
「いや、ダメやな。 少なくともワイが調べた限りじゃ」
「どうして?」
「軌道エレベータはいわばロープウェーで建造物や。 定期的な点検と修繕が必要になるわ。 宇宙と地球を結ぶ長ーいロープウェーの点検と修理には
莫大な費用が必要や。 維持費を考えると、ロケットより安くはならんやろな」
試験テーマは難しいものが多く、コストを考慮すると、悲観的な答えしか出てこないと思う。 でも同じテーマを選んだ他の受験生には『技術進歩により
新規油田の発見、農作物からの生成が望める』とか、『エレベータの利用料から利益が見込める』といった楽観的な応えを、得意げに披露する受験生が
いて、僕のような考えは後ろ向きだろうかと落ち込んだものだ。
「もっと前向きに考えるべきなのかな」
「前向きなのと、ご都合主義はちがうやろ。 見てみいや。 この教室に楽観的な考察を書いたやつがいるかや?」
ぐるっと見渡すと、確かに自信満々だった受験生の顔は見当たらない。
「現実と向き合って、問題を直視できているか。 それを見る為の試験らしいで」
「まぁ子供が考えても仕方ないのかも」
「そやろか? 10年もせんうちに、わいらは社会に出るんやで」
ドーン!!!
ものすごい音がして、教室にいた全員がそちらに目を向けた。 扉が微かに揺れている。
−あいた……あかないじゃない!!−
意味不明の文句が聞こえた、とおもったらガラリと扉が開いた。
「オッス!」
元気な声であいさつしながら入ってきたのは、ショートカットの女の子だった。 この子も新入生、クラスメイトになるんだろう。
「おっす」
「おはよう」
やや面喰いながら、教室の何人かが挨拶を返す。 僕も片手をあげて挨拶を返した。
「んー?」
女の子は首を傾けると、ずかずかとこちらに歩いてきて僕の肩を。
バシッ!
思い切り叩いた。 顔をしかめ、やや恨めしげな視線を返す。
「元気がない! 君! 男の子ならもっと元気を出さないと! 立派な体がもったいないよ!」
そう言って彼女はにっこり笑った。
「ボクはシェア−ズ・麗。 宜しく」
外人かハーフらしい、と思う。
「あ……木間です」
「土留や。 よろしゅう」
「ツチドメにアキマね」
「あ……アキマでなくて、木間(キマ)です」
「……『ア』はなんなの」
「さぁ?」
これが僕の人生にかかわることになる彼女、『麗』との出会いだった。
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