魔女の誘い

第一章(7)


 「なぁ、ディック ちょっと頼まれてくれるか?」 ビルは言った。

 「なんだ?」

 「集落に行って、少し食べ物を分けてもらってきてくれるか?」

 「お安い御用だが……館まで行って、そこで食事をさせてもらうのはどうだ? 頼めば、出してくれると思うが」

 「そこまで甘えるわけにはいかんさ」

 ディックは頷くと、ビル達を残して集落に向かった。 ディックの姿が見えなくなると、ビルとアランは顔を突き合わせて相談を始めた。

 「昨夜の夢は、全部本当の事なのか?」 アランが言った。

 「多分そうだ。 オイグルって男の事、そして……」

 「ディックの奴が『奥様』と……」

 二人は昨夜の夢を思い出しながら話し合う。

 「ディックはどうしちまったんだろう?」アランが尋ねた。

 「わからん。 ただ、あの『奥様』と情を交わしたんだ。 何かこう……ほら、魔物が人を誘う術みたいなものをかけられたとか……お前、なんか心当たりは

ないか?」

 ビルに聞かれ、アランは難しい顔をする。

 「無理を言うなよ。 ミトラのブラザーかシスターか、魔人や魔物を相手にしている護衛なら知ってるかもしれんが……」

 「そうだよな……そうだ! ルウならなんか知ってるかもしれん」

 「だめもとで聞いてみるか……」

 アランは、ババ車の番をしているダニーとルウを連れてきた。 ダニーまで呼んだのは、一人にしない方がいいと思ったからだ。

 「ルウ、少し聞きたいことがあるんだが」 ビルが切り出した。

 「なんです?」 ルウは戸惑い気味に答えた。

 「お前さんの村には、満月の晩に峠の向こうに行くと、帰ってこれないっていう話が伝わっていたよな」

 ビルの問に、ルウは無言でうなずいた。

 「その話には続きはないのか? 人をさらう魔女がいるとか、霧が沸いて人が消えるとか」

 「……」

 ルウは困った顔になり、考え込んでいるようだった。 三人は、息をつめてルウの様子を伺っている。 しばらく黙った後、ルウは思い出すように話を始めた。

 「……そういえば……本当は帰って来た者もいたとか」

 「何!? 確かか?」 ビルが身を乗り出した。

 「ええ、一人暮らしのおじいさんが『満月の晩、峠を越えて村にやって来た者に会ったことがある』と……ただ……」

 「ただ? なんだ?」

 「その男は、『その次の満月の晩に姿を消した。 だから帰って来た者はいないことになっている』と」

 ルウの話に、ビルとアランは顔を見合わせた。

 「今の話、どう思う?」 アランが尋ねた。

 「ここに出入りできるのは、満月の晩だけという話が本当なら、つじつまは合うな」 ビルが言った。

 「すると、やはり満月の晩までここで過ごすしかないのか?」

 アランは不安そうに言い、ビルは考え込んでいる。 と、そこにディックが帰ってきた。

 「芋と薪を分けてもらってきたぞ」

 ディックが籠に入った芋と、薪の束を見せた。

 「おお、ありがとう」

 「いや……なぁ、甘えてばかりもいられんから、野良仕事を手伝った方がよくないか」

 デイックの言葉に、ビルとアランが顔を見合わせる。

 「そうだな……ビル、どうする?」

 「むぅ……そうだな。 ここから出られないのなら……よし、飯が終わったら、集落に行って手伝うとしよう」

 ディックが芋の皮をむき始めたの見ながら、ビルがアランに囁いた。

 「……仕事をしながら、それとなく様子を探ろう」

 「ああ……」

 
 その日、五人は集落の野良仕事を手伝い、日が暮れるころ集落の入り口まで戻って来た。

 「納屋にでも泊めてもらえばよかったのに」 とデイックが言った。

 「そこまで甘えられんよ」

 ビルは言ったが、本音は夜になって館に誘い込まれるのを防ぐためだった。

 「どうするんだ?」 アランがそっと聞いてきた。

 「ディックを縛り上げろ。 ルウとダニーは袋に詰めて、口を縛っておこう」

 「まるで山賊か、人さらいだな」

 食事が終わると、ビルがディックを殴って気絶させ、縛り上げた。 唖然とするダニーとルウに、アランが袋に入るように言う。

 「お前たちの為だ」

 アランはそう言って、強引に子供たちを袋に詰め、口を縛って柔らかい草の上に横たえる。 顔を上げると、ビルがディックを縛り上げた所だった。

 「俺たちはどうする?」

 「足を縛って、ババ車に繋いでおこう」

 「うまくいけばいいがな」

 アランとビルは、自分たちの足を縛り、ババ車の車軸に結びつけた。

 「これでよし……」 ビルは結び目を確かめた。

 「おい……」

 アランがビルの肩を叩いた。 ビルが顔を上げると、集落の方から濃い霧が漂ってくるのが見えた。

 「……」

 ビルは無言で身構えた。 霧は生き物のように、地面を這い進んでくる。

 「に、逃げた方がよくないか?」 アランが言った。

 「森に走り込んでも、どうせここに戻ってくるんだ。 ここにいても同じ事さ」

 そう言っている間に、霧がビルの足元に到達した。 そして、霧はビルの足に纏いついてきた。

 「!」

 ビルは反射的に足を振り、霧を振り飛ばそうとした。 しかし、霧はねっとりと彼を包み込んでくる。 アランの方に視線を向けると、アランも同じように霧に

纏いつかれようとしている。

 「こ、この……」

 手で霧を振り払おうとしたが、その手が霧に纏いつかれ、あっという間にビルは霧に包み込まれてしまった。

 ………

 ……

 …

 
 辺りが白い……

 目を開けているのに、夢を見ているように頭が回らない。

 歩き出そうとすると、足が動かない。

 ”……”

 足が縛り上げられている。 ビルはのろのろと手を動かし、足を縛った縄をほどく。

 ”モゴモゴ……”

 物音がする。 そちらを見ると、袋が二つ、動いていた。 ビルは袋に近寄ると、口を縛った縄をほどいてやる。 なかから。ルウとダニーが転がり出てきた。

 ”うっ……”

 うめき声がした。 見るとディックが縛り上げられていて、アランが彼の縄をほどいていた。 すぐにディックも自由になり、立ち上がる。

 ”……”

 ビルはルウとダニーが立ち上がるのに手を貸してやる。 それから五人は集落に、いや館に向かって歩き始めた。

 
 ”いらっしゃい……”

 館で、メイド達が五人を迎え入れてくれた。 昨夜と同じように、ビル達は奥の間に通される。

 ”ああ……”

 ”ふふ……”

 中では、集落の者たちが淫らに睦合い、『奥様』は奥の方で村の男女たちと絡み合っている。

 ビルは、ゆっくりと衣服を脱ぎ、案内してくれたメイドを押し倒す。

 
 ルウとダニーは、村の子供たちと一緒の部屋に通された。 幼い子供たちは、笑いながら裸で戯れ、年長の子供たちは、互いに体をすり合わせている。

 ”また、きたのね……”

 背の高い女の子が微笑み、ルウの服を脱がせてくれた。 ルウはされるがままになり、彼女に促されるままに、体を重ねる。

 ”くすくすくす……”

 密やかな笑い声が部屋を満たし、淫靡な戯れの時が始まる。

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