ずぶり

其の二 もてなし


 い……つっ……いてっ!

 頭は、がばりと跳ね起き、体の節々に走る痛み悪態をついた。

 「痛てて……ここはどこじゃい?」

 きょろきょろと辺りを見回す。

 黒々と磨かれた板の間に、質素だがふかふかの夜具が敷かれ、その上に寝かされていたらしい。

 三方は白い土壁で、一方のみが襖となっており、窓はない。

 部屋の片隅に灯明が立ててあり、薄い明かりで部屋をゆらゆらと照らしている。


 お目覚めでございますか……

 「だ、誰……ごほん! わぬしゃぁ、誰じゃあ」 大声を出しかけ、おびえを見せまいと声を落として尋ねる。

 この館のものでござます…… ささやかですが、夕餉の支度ができておりますゆえ、私が案内(あない)致します……

 声が襖の向こうから聞こえてくることに、頭はようやく気がついた。 くぐもっているが女の声のようだ。

 「ほう、そうかい」

 頭はせいぜい威厳を取り繕い、すっくと立ち上がるとぺたぺた足音を立てて襖に歩み寄り、がらりと引き開ける。

 (ぬ!こいつは……)

 襖の向こうは窓のない廊下になっていて、そこに矢絣の着物を着た黒髪の女が、頭を下げて待っていた。 襟元から覗くきめの細かい白い肌

がなまめかしい。

 女が顔を上げる。 整った顔立ちで、そこらの百姓や町人の娘にはない『品』がある。 

 (さむれぇの女中か何か? うーむ……)

 「こちらへ……」

 女は先に立って静々と暗い廊下を歩き出し、頭はやむを得ずその後をついて歩く。 武家の女中風の女が荒くれの山賊を案内する、それは
奇妙な光景だった。


 ざわざわ…… 先のほうが騒がしい。 

 女中が廊下端の板戸を音もなく引きあけると、騒がしさがその中から溢れ出てきた。

 「あっ頭だ!」 「頭ぁここはいづこじゃろうかぁ!」 「俺たちゃおっ死んで、極楽にきたんじゃろうか?」

 「だまらっしゃい! 馬鹿どもが」 

 そこは大広間の様になっており、ずらりと並んだ膳の前に、彼の手下どもがずらりと座っていた。

 (ここは旅籠か? まさかな……)

 頭は上座にしつらえてある膳の前に座る。 ご馳走と言うほどではないが、汁に魚、菜が乗った膳は、彼らが目にしたこともない立派な食事だ。

 が、それゆえにみな戸惑っているようだ。


 「お揃いになりましたか」

 張りのある女の声がし、山賊たちはそちらを見た。

 白い襦袢を纏った艶のある女が、何人もの女中を従え、大広間に入ってきた。

 女中たちは徳利を捧げ持ち、手下どもに酒を注いで回る。 そして、白い襦袢の女は頭の前に座り、自ら酌をする。

 「さあ、ご遠慮なさらずに」

 何人かの山賊が無遠慮に杯を干すと、ためらっていた者もそれに習い、猫をかぶっていた山賊たちは、すぐに本性を現し始めた。

 「さあ、貴方様も」 女は頭に酒をすすめた。

 「何が狙いじゃ」 頭はぎろりと女をにらんだ。

 「狙いとは?」 女は口の端だけで笑う。

 「とぼけるねぇ。 俺たちが賊なのは身なりで判るはず。 それをこの館に迎え入れ、あまつさえ酒、飯をふるまう。 俺たちに何か汚れ仕事で

もさせる気か?」

 「そのような事。 考えておりませぬ」 女は白々しい口調で言う。 「私達は、貴方様たちをおもてなししたいと。 それが主の願いでもありまし

て」

 「ほう、主とな……さの主はどこにおる?」

 「いずれお会いになれましょう。 それよりも、さぁまずは一献……もしや下戸の方でしたか?」

 「馬鹿にするな!わしゃぁ燗をつけた酒を産湯に生まれてきた男よ」 頭は杯をぐいっとあおる。

  そして大広間は宴の場と化した。


 うーい…… 一人の山賊が用を足すために宴席を離れ、さて戻ろうとしたが、帰り道が判らなくなった。 きょときょとと辺りを見回していた彼は

、女中の一人を見つけ、道を尋ねた。

 「おお、宴の間はどっちで……」 振り返った女中の顔を見たとき、なぜか彼は幼馴染の事を思い出した。


 『村ぁでていくだか……』

 『ああ、こんな村願い下げだぁ。 おらぁきっと大物になってお前さ迎えに帰ってくるだ』


 「いかがなさいました」

 「お……ああ、道に迷ってしまって」

 「そうでしたか……見れば随分お疲れの様子ですが、湯殿にご案内しましょうか?」

 「『ゆどの』……おお『湯』け。 そうだな……案内してけろ」

 「ではこちらへ……」

 女中は先にたって、彼を湯殿に案内していく。

 彼だけではなかった。 何人もの山賊たちが、一人、また一人と女中たちに案内されていった、その不思議な屋敷のどこかに……


 「はやぁ……」 山賊は絶句した。 岩を掘り込んだ湯船に湯が湛えられた立派な湯殿だ。

 一見露天風呂風だが、奥は岩壁に突き当たり、それが天井にまでつながっている。

 「洞窟風呂だやなぁ……やっ?ややっ!?」

 山賊は驚いた。 あろう事か女中が彼の衣服を脱がし始めたのだ。

 「わわっわっ!」 山賊は慌てて女中を追い出し、乱暴に服を脱ぎ捨てると、風呂に飛び込む。

 「ああ、びっくらこいた……」


 しばらく体を温めてから、湯からでて木の腰掛に座った(それが腰掛と気づくまでにしばらくかかったが)。

 糠袋で垢をすり始めてすぐ、背後から女中の声がした。

 「お背中をお流しいたします」

 さすがにここまで来ると驚かない、悠然と応える。

 「おう、ひとつ頼もうかな」

 背後でザバリとお湯をかぶる音がした、と思ったら背後からしっとりとした柔らかいものが抱きついてきた。

 (わっ!?) 危うく声を飲みむ山賊。

 背後から白い腕が伸びてきて、彼を抱きすくめる……と思ったら、右手が糠袋を取り上げ、左手が彼の一物をそっと持ち上げ、そこをやさしく

洗い始めた。

 (……) 予想外の行為に、山賊は硬直してしまい、彼の息子も次第に固くなっていく……

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