ずぶり

其の一 始まり


 この世は創造主が作りたもう。


 この世の始まりは無なり。  そこより日と月が生まれる。

 この地の始まりは混沌なり。 そこより天地いずる。


 ならば……


 混沌の地、禍汚素(カオス)に住まいし者も、また創造主の眷属なり。

 この世の終わりには、禍汚素より来たりしものが全てを無に返すであろう。

 「素より来たりし無にかえすもの」が全てを呑み込み、この世は終わる……

 語られる事のない神話の一説より

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 村が燃えていた。 

 山賊と呼ばれる、人の形をした獣たちが、非道の限りを尽くしていた。

 「お、おめえらぁ鬼だ! おめぇらぁ地獄に落ちて、閻魔様に舌ぁ抜かれるだぁ!」

 土間に引き倒された老いた百姓は、最後の力を振り絞って、山賊の頭を罵る。 

 「そうかよ」

 山賊の頭は気にする様子もなく、血刀を振り上げた。 思わず目を閉じる老百姓。

 しかし頭は刃を返し、刀を鞘に収める。 仏心からではなく、ただ面倒になっただけだった。


 「頭ぁ、しけた村だ。 ろくなもんがねぇ」 手下の一人がそう言いながら近づいてきた。

 「ちっ、見込み違いか。 おい、領主の手勢が来る前に引き上げるぞ!」

 「へぇ、領主の館はここから見て南ですから……北の山に逃げますか?」

 「それじゃ丸わかりだ。 西の山はこの辺りじゃ『禁忌の山』として土地の者もはいらねぇ。 そっちに行くぞ」

 頭は気がつかなかった、老百姓の顔が奇妙に歪んだのに。

 やがて、三十人にも及ぶ山賊たちは、惨劇の村を後にして、禁断の山に逃げ込んで行った。

 焼けて落ちていく農家、その土間に倒れていた百姓の口から呪詛の言葉が漏れる。

 「食われちまえ、お前らみんな『ずぶり』様に喰われちまえ……」

 そして村に静寂が戻った……


 「頭ぁ、ここまでくれば大丈夫じゃないですかぁ」

 「そうだな」

 彼らは、禁忌の山の中腹まで来ていた。 

 誰も入らない山にしては、ここまでしっかりした道が続いているのが不思議だ。

 「よし、夜が明けるままでここで休む。 おい、火は使うなよ」

 『へい』

 薄汚れた格好の山賊たちは、あちこちに散って寝場所を探す。

 「おお、こっちは原っぱになって……あれ? 頭ぁ。 こんなとこに地蔵がありやすぜ?」

 「地蔵?」

 地蔵を見つけた手下のところに、頭と他の連中が集まってきた。

 「薄汚れているなぁ、おまけに杖を落としてやがる」

 「手にもたせといてやれ」

 誰かが、落ちていた錫丈を拾い上げ、手にあいた穴に差し込む。

 「妙に可愛らしいな……胸もあるし、女の地蔵か?」

 「聞いたことないぞ、そんなの」

 わいわい騒いでいると、誰かが地蔵の台座に文字が刻んであるのに気がついた。

 「地蔵の名か?……誰か字の読める奴がいるか」

 「この三太に任せてくだせぇ。 苦節十年の山篭りの末、ついにあっしは字を読むすべを会得しやした!」

 「……まぁ読んでみろや」

 三太は前に進み出ると、地蔵の台座の文字を読んで行く

 「るぇてすじま……どこかの島の名前ですかねぇ」

 「読み方が逆じゃないのか?」

 「なるほど……まじすてぇる……やっぱり判りませんや」

 阿呆なことを行って騒いでいた山賊たち、夜露に濡れたその着物や草鞋から、赤い滴りが地面に落ちて行く。

 ポツリ……ポツリ……

 かすかな音が、山の静けさに染み入って行く


 血よ…… 

 血の匂いよ…… 

 恨みを含んだ血の匂いよ…… 


 「……おい? 誰か何か言ったか?」

 「……いいえ」


 地獄よ……

 地獄行きよ……


 「……誰だ?」

 「……俺たちじゃ」


 可哀想に……

 可哀想に……

 可哀想に……


 「おい!誰かいるぞ」

 頭が叫ぶのと同時に地蔵を中心に地面が崩れ、ぽっかりと黒い巨大な穴が開いた。

 山賊たちは、地蔵もろともにも地面に呑み込まれる。


 うわぁ!!……あああぁぁぁぁぁぁ……


 ふつりと声が途絶え、禁忌の山に静寂が戻る。 

 ふもとから続く道に隣り合う小さな原っぱ、そのどこにも穴などなかった。

 しかし山賊たち、そして地蔵の姿はどこにも見当たらなくなっていた。

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