第二十七話 チェンジ

1.来店


 乳白色のロウソクが灯る。

 ロウソクの明かりに照らし出されたのは、ふくよかな女の……下半身だった。 上半身は影になって見えない。

 (?)

 滝は首を傾げ、ろうそくの炎を見ない様にして女の顔を凝視する。

 「お」

 女の上半身が見えないのも道理、大きくせり出した胸が炎の光を遮っていたのだ。 ビデオか、CGでしかみた事の無い乳房の迫力に圧倒される。

 「……あー……君は本当に地球人、いや人間だろうな?」

 志度は半ば本気で聞いた。 相方が、耳をつまみ上げるようにして小声で話しかける。

 (馬鹿野郎。 何だ今のは)

 (Netに出てたぞ。 どっかの大学で巨乳の宇宙人を保護しているとか)

 (与太話だろうが)

 女はロウソクの前に座り、ちょっと困ったような顔をした。

 「それで、何をすればよろしいのですか?」

 「え? 知らずに来たのか」

 「はい、なんだかわけが判らないうちに『呼ばれて』ここにいます」

 滝は一つ咳払いをして気持ちを落ち着かせる。

 「君が何か品物を出し、それにまつわる話をする。 そう言う決まりだ」

 女は考えこむ風になった。 たいていの女性は、ハンドバックか何かを持っているものだが、彼女はワンピースの上からショールを羽織っているだけで、

何も持っていないようだ。

 「何もありませんわ」

 「あー……なんかないのか、指輪とか、ネックレス、携帯電話とか……」

 女はポン手を打つと、胸元に手を突っ込んだ。 ネックレスでも外す気かと見ていると、ブラジャーを引っ張り出した。

 「おいおい!」

 流石に志度が止めたが、女は気にした風もなく、それをロウソクの前に置いて顔を上げて二人を見た。

 「……」

 女の眼は丸く見開かれ、何も映していなかった。 滝と志度は、底知れぬ不気味さに硬直する。

 「他にありませんから、この中身にまつわる話をさせていただきます」

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 「ヒロシ、帰りにちよっと付き合えよ」

 「ん?」

 ヒロシは自分のPCから顔を上げる。 同僚のタカシが、コートを手に帰り支度をしている。

 「今日はもう上がりだろう?」

 「ああ……これか?」

 手でグラスの形を作る。

 「いや、これさ」

 タカシが小指を立てた。

 「おい……」

 ヒロシは渋面を作ったが、タカシはにやついた顔で、顔を寄せ小声て話しかける。

 「じつはな、ちょっと『やばげな店』を見つけたんだ」

 「馬鹿野郎! 自分からカモになりに行く奴があるか!」

 「まぁまぁ……」

 ヒロシはタカシにありったけの文句を言ったが、結局彼と一緒に『やばげな店』に繰り出すことにした。

 
 タカシはタカシの後をついて夜の街へと繰り出した。 にぎやかなネオンがまぶしい。

 「おい……これがそれか?」

 「ああ」

 てっきりキャバレーかスナックだと思っていたら、『当店は天然モノのみ。 巨乳レズビアンショー!!』と看板の出ている『覗き部屋』とかいう店だった。

 「どこが『やばげな店』だ?」

 「あれ」

 タカシが指さしたのは、店の前に立っている呼び込みの女……いや、呼び込みはせずに立っているだけだ。

 「あれのどこが……」

 いいかけてヒロシは言葉を切った。 普通の水商売の女と雰囲気が違う。 来ている服は白のワンピースで、胸元が大きくあいている。 そこだけ見れば

色っぽいのだが……

 「あの女、まともか?」

 女の眼は焦点が合っておらず、宙を見つめていた。 微笑んでいるのだが、まるで人形のように表情が変わらない。 時折、通りかかった酔客が女に

声をかけようとするが、女の顔を見た途端、気味悪そうにその場を離れていく。

 「どうだ、あぶなそうだろう」

 「『あぶない』の意味が違うだろうが!」

 文句を言ったヒロシだが、その妙な女が気になりだした。 どうしたものかと考えていると、さらに『あぶない』客がやってきて、女に声をかけた。

 「お姉さん……アマリアさん、いる?」

 「いらっさぁい、ボク。 また来たのね……」

 女に声をかけたのは、なんと学生服姿の高校生か中学生。 顔を真っ赤にしている少年を、女は背中を押す様に店の中へと招き入れる。

 「おい! いくらなんでもあれはまずかろうが!!」

 「ああ」

 流石に顔が強張る二人。 ずかずかと言う感じで女に歩み寄る。

 「おい」

 「はぁい……なぁに?」

 女は調子の外れた声で応える。

 「いまのは何だ! あれは子供、未成年だろうが!」

 「若く見えるだけだって……自分で20歳だって言ってた……」

 女の答えに、ヒロシの声が大きくなる。

 「詰襟来てたろうが!」

 「趣味だそうよ……大人が着ても、別に悪くはないでしょう……?」

 (こ、こいつ……)

 女の屁理屈に激高しかけたがヒロシをタカシが止める。

 「まぁ、まてよ。 客の年齢確認は店の義務だし、年齢査証したのはあいつだ。 俺達には関係ないだろ」

 「おい」

 「未成年を働かせていたら、問題だがな」

 「なあに……お兄さんたち、そっちの趣味なの?……あぶない人達……」

 『あぶない女』と思っていた相手から『あぶない人』と言われ、ヒロシはショックを受けて言葉を失う。 その間にタカシは女に店の『売り』を尋ねた。

 「で、ここはどういう店だよ」

 「あ……好きねぇ……ウフフフフ」

 妙な笑い方をする女に、さすがにタカシも渋い顔になった。

 「ここはねぇ……おっきな胸のお姉さんたちが、くんずほつれずするのを、周りで男の人がかぶりつきで眺めて興奮するお・み・せ」

 「あ、そう……」

 身も蓋もない説明に、とまどうタカシ。

 「追加料金で、自分でくんずほつれずできる……あ、違った……合意の上でベッドインできる……と、これなら合法なんだよねぇ」

 「声が大きい……」

 冷や汗をかくタカシとヒロシ。 どうやらこの女、いろんな意味で『あぶない』ようだ。

 「でどうするの?」

 「いくらだ?」

 女は指をニ本立て、次にもう一本立てた。

 「ん……どうする」 ヒロシが聞いた。

 「ここまで来て、引き返せしたらバカみたいじゃないか」

 憤然とした様子でタカシは、中に入ろうとした。

 「待って」女が止めた。

 「なんだよ」

 「合言葉を教えるわ。 扉をノックしてから言って。 じゃないと入れないから」

 二人はきょとんとした。

 「君が扉を開けるか、中に合図すればいいんじゃないか?」

 「決まりなの。 いい? 『マジステール』 覚えた?」

 「え? ああ」

 ヒロシとタカシは、戸惑いながら扉の前に立ってノックした。 扉の向こうで物音がした。

 「『マジステール』」

 扉が開いた。
   
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