第二十五話 ART

 12看板


 ヒロシはサキとミキに捕まえられ、会議室に連れていかれた。 他の者たちも続いて会議室に入り、愛し合ったり、その行為を見物したりと好き勝手なことを

始めた。

 ミキがヒロシに口づけする。 天使の口づけに、魂が震えるような歓びがヒロシを包む。

 サキがヒロシ自身を咥える。 悪魔の舌が肉棒を舐めまわし、溶けてしまうような妖しい歓びが、体の芯を貫く。

 「や、やめてくれぇ……」

 ヒロシは弱々しい口調で訴えるが、二人は気にする様子もなく、ヒロシを愛し続ける。

 「肉欲に溺れないで、私を心から愛して……」

 「体が熱いだろう? 我慢しないで欲望のままにあたしと交わろうよ……」

 ヒロシにお構いなしに迫る二人。 その意味では二人とも悪魔なのだろうか。 それとも、己の心のままにヒロシを愛する天使なのだろうか。

 「なかなかいいじゃないの。 そうね『極楽と地獄の挟間』というはどうかしら」

 キョウコはそう言って、ベッドの上で絡み合う三人を眺めている。 その背後では、ルーシーとレイが、タカシ、ミヤビ、ノブオ……だったモノを見ながら

何やら呟いている。

 「ミキ、サキどうしてだ。 どうしてこんなに変わってしまった……」

 ヒロシの嘆きに、キョウコが答える。

 「二人とも、貴方をモノにしたかったからじゃない。 むしろあなたが変わらないことが不思議ね」

 キョウコは恐ろしい事を平然と口にする。

 「あたしたちを含めて『生きている水』を飲んで、変わらなかった人はいなかったのにねぇ……」

 その言葉にぎょっとするヒロシ。 キョウコは椅子の背もたれをこちらに向け、そこに手と顎を重ねて座りこちらを見ていた。

 「あ、あんたも、いやここにいる全員が……こ、こんな化け物になっているのか」

 「化け物とは失敬ね……『生きている水』のせいで、姿かたちがいろいろと変わるようになっただけ……ほら」

 つるりとキョウコが顔を撫でた。

 「……の、のっぺらぼう!?」

 キョウコの顔が消え失せ、のっぺりとした肌色の卵のような塊になっている。 と、その表面が波打ち、キョウコとは別の女の顔が浮かび上がって来た。

 「面白いでしょう……ふふ……あーはっはっはっはっ!」

 何がおかしいのか、キョウコは大声で笑いだした。 レイがこちらを見て、キョウコに文句を言う。

 「やかましいわよキョウコ。 顔を変えたら、性格も変わるでしょうに」

 「あはは……いや、なんだか知らないけど楽しくなって」

 二人の会話を聞いたヒロシの頭の中に、恐ろしい考えが浮かんできた。

 「ひょっとして……形が変わるだけじゃなくて、性格も……いや、魂も変わってしまうのか!?」

 ”ソノトオリ 姿が変わり、中身もそれに合ったものになる。 問題があるのか?”

 ヒロシの頭の中に『生きている水』の声が響いてきた。

 「それでは、変身したらその姿に引きずられ、元に戻れなくなるじゃないか!」

 ”ソレデ? 自分の好みモノになって何が悪い?”

 「そうそう」

 同じ声を聴いているのか、キョウコが相槌を打つ。

 「楽しいわよ、これ。 そう言えば、貴方って変わらないのよねぇ……」

 キョウコだった女がゆらりと立ち上がる。 顔が艶っぽさを増し、体つきも次第に色っぽさを増していく。

 「もう少し、変わってもいいんじゃないの?」

 「ひっ!」

 恐怖がヒロシを突き動かした。 天使と悪魔の誘惑を振り払い、素っ裸で会議室を飛び出し、途中でズボンを拾い上げ、足を通して玄関から飛び出した。

 ”『絶望からの逃走』……かな?”

 「うるさい!!」

 『生きている水』の呟きを振り払うように、ホテルから飛び出し林道を全速力で走った。 すぐに、道路との合流点にたどりいた。 車は止めたままになっている

 「しまった!! キーが……」

 ヒロシはポケットを探ったがキーはない。 その時、道路の方に人影が見えた。

 「助けて!」

 叫びながら車の脇を抜けて道路に出ようとする。

 ゴン

 鈍い痛みを全身に感じ、もんどりうって倒れる。

 「何だ?」

 立ち上がり、手を前に突き出す。 見えない壁がある様に、手が止まる。

 「そんな!」

 ゴン、ゴン、ゴン……

 ヒロシは壁を叩いた、叩き続けた。 壁が壊れないまでも、道路の人影が気がついてくれることを祈り……

 
 「何か聞こえたか?」

 「いえ?」

 山道のカーブで事故処理をしていた警官達が顔を見合わせた。

 「ここは、事故が多いですね」

 「霧が出やすい上に、カーブになっているからな」

 「あの看板を目立ちやすい色にしたらいいんじゃないんですか」

 若い警官が、カーブの向こうに立っているラブホテルの看板を示した。

 「悪くない考えだが、民間のホテル看板だぞ……あれ?」

 中年の警官が首を傾げた。

 「あんな男、描かれていたっけ?」

 彼が指さした看板のラブホテルの前に、半裸の男が掛かれていた。 両手を上げた男の姿は、助けを求めているかのようだった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 話し終えた男は、青白い顔を上げた。

 「いかがですか」

 滝は微かに頷きかけ、慌ててしゃべり出す。

 「つ、つまり『水』を飲んだ人間は、粘土細工みたいに形が変わり、制御が効かなくなって化け物になると、そう言うことかい」

 「ええ……つまり、人気なの体が『生きた作品』になる……という」

 「猟奇小説には遺体を飾るとか、石膏に封じて飾るなんてあった……なぁ」

 志戸が合いの手を入れる。

 「もっとも、『ヒロシ』の言ってたように、歯止めが利かなくなって、最後は訳の分からないモノになるんじゃないか?」

 「おおそうだな。 うねうねと動き続ける、奇妙な粘土細工とか……」

 「あるいは……」

 男は、懐から小瓶を取り出して、中身をカンバスに垂らす。 入っていたのは血の様に赤い絵の具だった。

 「快楽の果てに蕩け切り、姿を失って絵具になり果てるか……」

 男がカンバスを立てる。 赤い線で描かれた若い男が『助けてくれ』と叫んでいた。

 迸った絵具がロウソクの炎を消し、辺りは闇に包まれた。
    

<第二十五話 ART 終>

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