第二十話 新しいママ

1.『ボク』


 ツヤ消し黒色のロウソクが灯る。

 ロウソクの明かりに照らし出されたのは……やたらに小柄な人影だった。

 「ボクは……」

 「ちょっと待て。 お前いくつだ? 保護者不在でこんな夜遅くに一人できていいのか?」 滝がきつい口調できいた。

 「ボク、大人だよ」 ……は口をとがらせる。

 「そうか?」 疑わし気な滝。

 「そうだよ『もうすっかり大人ね』っていいながら、ベッドの中でママが……」

  最後まで言わせずに、滝は小柄な『ボク』の首根っこをつかみ、オーディオ機器を操作している黒髪の女の処に引きずっていく。


 ”おい、この『ボク』はなんだ!? どう見ても、大人に見えんぞ!?”

 ’見えない?’

 ”見えるか!?”

 ’見えないでしょう? ラジオなんだし’

 ”……おい”

 ’声が若々しくても、口調が子供っぽくても、画がなければ『演出』で通るでしょ’

 ”マイク、ONだぞ”

 ……ブチ


 ※ 放送上、お聞き苦しい点があったことをお詫びいたします。

   本放送では、倫理的に問題のある演出がありますが、全てはフィクションであることを明言いたします。


 プチッ

 ’これでいいでしょう’

 ”いいのか?”


 再び……ロウソクの明かりに照らし出されたのは、『ボク』と名乗る小柄な少年だった。


 ”『少年』はOKなのか?”

 ’年齢が出なければ……多分’


 少年は、黒い布のようなものを広げて見せた。

 「なんだ? 毛布?」

 「身にまとう布みたいな……あれかな、女性が着る……『ブ……カ』とかなんとか」

 「『ブブカ』」

 「そりゃロシアの棒高跳びの選手だ」

 「……帰っていい?」

 「あーいや、悪かった。 それは、どういう曰くがある品なんだ?」

 少年はため息をついて布をロウソクの前に置こうとし、ブルッと体を震わせた。 

 「寒いのか?」

 「うん……着ていていい?」

 「ああ」「どうぞ」

 少年は布を取り上げ、器用な手つきで身にまとい、眼だけを残して頭を包んだ。

 (随分慣れてるな。 こうしてみると女の様にみえるが……) 滝は思った。

 ”これは『ママ』が着ていたんだ。 『新しいママ』が……” 
  
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 「ただいま」

 『ボク』は家の鍵を開けた。 中には誰もいない、いつものように。

 「ちぇ」

 靴を乱暴に脱ぎ捨てて玄関を上がり、チラリと靴を見た。 スニーカーはげた箱の前と傘立ての間に転がっている。

 「いいさ、誰も叱らないんだし」

 階段を上がって部屋に入り、背負ったラン……


 ブチッ

 ……ピー

 ブチッ


 ……皮のカバンを床に置いて、ベッドの上に転がる。

 「今日はお手伝いさん、来ない日だった……」

 壁を向いてため息をついた。

 「遊びに行こう」

 跳ね起きて階段を駆け下り、玄関で靴を履く。 ノブに手をかけたところで思い直し、郵便受けを確かめた。

 「チラシばっか」

 バサバサッとチラシを書き出す。 と、一枚のチラシが目に留まる。 真っ黒で何も書いていない。

 「?」

 表、裏ともに真っ黒だ。 何度も裏表を見比べていると、突然文字が目な飛び込んできた。

 「ええ? さっきまで真っ黒だったのに……」

 黒字に赤い文字が浮き出ていた。 文字を目で追う。

 「マ・ジ・ス・テ・ー・ル……『マジステール』?」

 リーン!

 ベルの音に『ボク』は飛び上がった。 急いで靴を脱ぎ、廊下の壁に掛けられた電話を取る。

 「はい、『ボク』です……パパ!? え、今日!? 帰って来るの!?」

 さっきまでの沈んでいた様子が嘘のよう、『ボク』の声が弾む。 電話を壁に戻すと階段を駆け上る。 僅かの間をおいて『ボク』の部屋から歓声が響いた。

 
 ブー

 「パパだ!」

 『ボク』は階段を駆け下り、玄関の鍵を開けてチェーンを外す。

 「おかえりなさい!」

 「……ただいま」

 古びたスーツを身にまとい、良く日に焼けた『パパ』が立っていた。 『ボク』は『パパ』の手を掴み、家に入る。

 「……待ちなさい。 一人じゃないんだよ」

 『パパ』はそう言うと、振り返って誰かを呼んだ。 『パパ』の背後から、真っ黒い布を身にまとい、顔ま隠した細身の人影が現れ、家の中に入ってくる。

 「誰? 考古学の助手の人?」 『ボク』は尋ねた。 『パパ』は考古学の学者だ。

 「……いや、ご挨拶しなさい。 新しい『ママ』だ」

 驚いて固まった『ボク』の前に、細身の人影は進み出て『ボク』の前で顔の布を下ろした。

 「宜しく『ボク』。 私、『新しいママ』よ」


 夕食は、お手伝いさんが冷蔵庫に用意していてくれたものを温めなおした。 いつもなら『パパ』がかえってきた時、『ボク』は饒舌になるのだけど、その

日は静かだった。 代わりに『パパ』が『新しいママ』の話をしてくれた。

 「『パパ』達は砂漠の奥にあった遺跡を調査していたんだ。 随分前から知られていたものだったけど、その遺跡のある国で戦争が起きていてね。 今は

休戦中だったけからなんとか行けたんだけど……そこで『新しいママ』と出会ったんだ」

 「……遺跡の中にいたの?」 『ボク』がきく。

 「ははは。 それじゃ物語か映画だ」 『パパ』が笑った。

 「私、遺跡の近くの村に住んでいました。 戦争、激しくなって。 皆、よそに連れていかれました」

 「『新しいママ』は隠れていて難を逃れたらしい。 でも一人ではいずれ生きていけなくなる。 それで『パパ』は彼女を連れて帰ることにしたんだ」

 「ふーん」

 『ボク』は気のない返事をかえした。 『パパ』が『新しいママ』をやたらに気にしていたからだ。 『パパ』が取られたようで、面白くなかった。 それに、女の

人が家にずっといるのは初めての事だったからだ。

 「ごちそうさま」

 食器を重ねてシンクに運び、水をかける。

 「水、いっぱいあるのですね」 『新しいママ』が感心したように言う。

 「そう?」 『ボク』は気のない返事をして、食器を洗い、水きりに立てかけた。

 「宿題、やらなきゃ……」

 食堂を出かけた『ボク』は、振り返って『パパ』に尋ねた。

 「いつまでいるの?」

 『パパ』は時々「発掘」に出かける。 一度行くと何ヶ月も帰ってこない。

 「しばらく家にいるよ」

 「ほんと!」

 「うん、『新しいママ』の事もあるし……」

 「そう……」

 『ボク』は『パパ』の返事にがっかりした、何故だか判らないけど。


 その晩、気分がもやもやしてよく眠れなかった。 天井を見上げて何度も寝返りを打つ。

 「水を飲もう」

 ベッドから出て階下に降り、台所で水を飲んだ。


 ……ン……ン


 微かな物音が聞こえた。 『パパ』の寝室……いや、今は『パパ』と『新しいママ』の寝室だ。

 「……そっかぁ」

 『パパ』達が何をしているか、『ボク』は知っている。 『パパ』達は知らないと思ってるけど、みんなちゃんと知ってるんだ。

 「……」

 子供が見ていいものじゃない……らしい。 見ようとすると、ひどく叱られる。 みんなそう言っていた。

 「……別に見たくなんかないや」


 ……ソウ?


 「……え?」


 ……ミタク……ナイノ?


 「……?」

 耳を澄ませる……何も聞こえない、いや。


 ……あ……あ


 「『パパ』の声だ……」

 変な声だった。 苦しそうだ……

 「……『パパ』が病気だったら……確かめた方がいいかな……」

 後でよく考えたら『新しいママ』が『パパ』の傍にいるだから、そんな心配は必要なかった。 でもその時は、『パパ』が心配で確かめなきゃって思ったんだ。 

ほんとだよ?

 「抜き足、差し足、忍び足……」

 そっと歩くときは、こう言うらしい。 でも、黙って歩いたほうが静かじゃないかって思ったりもする。

 「……」

 廊下の奥、『パパ』達の寝室のドアの下にオレンジ色の光の線が見える。

 「そーっと、そーっと……」

 呟きながら、ドアの隙間から寝室の中を覗く。 中では……予想通り『新しいママ』と『パパ』が抱き合っていた、裸で。


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