第十四話 褥(しとね)
1.宵の口
柔らかな白色のロウソクが灯る。
ロウソクの明かりに照らし出されたのは、浅黒い肌の青年だった。 子供っぽさの残る顔立ちからすると、成人式前後だろうか。
(……よく焼けているが)
よく日焼けした顔からは、アウトドアに勤しんでいるように思えるが、体つきは貧弱で表情も暗く、ちぐはぐな印象を受ける。
(生活で苦労していない様だが……日に焼けた受験生か?……)
「……」
青年は木でできた箱を前に置き、蓋を取った。 中には木枠に和紙を貼った物が入っており、彼はそれを取りだしてその場で
組み立てる。 さして時をおかず、中の物が形になった。
「それは……行燈か?」
青年が頷く。 滝の指摘通り、小さな行燈がそこにあった。 和室にあれば調度の一つにすぎないそれが、ここにあると
『場違い』が具現化している様だ。
「これの由来を語らせてください……」
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A山観光道路、一台のランドクルーザーが、ごとごと音を立てて山道を進んでいた。 既に日は落ちて、山の稜線がわずかに
赤く見える程度だ。
「おい、本当にこの道で間違いないのか?」
ハンドルを握る男に、助手席の男が尋ねた。
「ナビは君じゃないのか?」
運転手は、前方を凝視しながらうんざりした様子で応えた。 ヘッドライトに照らされるのは、舗装すらない夜の山道で、月明かり
すらない。
「方向音痴のナビゲータに、若葉マークの運転手だものなぁ」
「文句があるなら、君らが運転しろよ」
後席からの文句に、運転手が応じた。
「俺は運転できるが無免許だぞ」
「僕は……二輪なら」
運転手が肩をすくめてみせた。
「先行きが暗いな。 『アウトドア同好会』としては」
「うん、もう真っ暗だ」
「いやそうじゃなくて……」
彼らは私立大学の新入生で、つい最近まで受験勉強に明け暮れる毎日だった。 ようやく、勉強漬けの毎日から解放され
『青春』を満喫しようと同好会を作り、その口開けに近隣のキャンプ場に向かっているところだった。 しかし『登山』や『ハイ
キング』でなく『アウトドア』同好会を作るぐらいだから、その手の経験は推して知るべしである。
「おっ、看板があったぞ!」
Y字路に差し掛かったところで、正面に立札を見つけ、ナビゲータ席の青年が歓声を上げる。
『左、キャンプ場まで1km、右、キャンプ場まで1km……』
「……」
「どこの馬鹿だ、こんな立札を立てたのは!」
「いや、これはきっとハイカー用の道案内だよ。 残りの距離を知らせるためにあるんじゃないか?」
「まて、続きがあるぞ。 ほら下に紙が貼ってある」
『キャンプ場は、○○月○○日を持って閉鎖しました。 マジステール興業』
「……」
「……」
「……そんなぁ!!」
彼らは車中でひとしきり騒ぎ、その後の行動を話し合った。
「帰るのか?」
「仕方ないだろう。 閉鎖されたキャンプ場に行ってどうなる?」
「肝試しとか」
「ベタなホラー映画の導入部じゃないぞ!」
意味のない文句の投げ合いをした後、引き返す事で意見は一致した。 ランドクルーザーを不器用にUターンさせると、山道を
引き返していく。
「おい、道が違うんじゃないか?」
「一本道だぞ、迷いようがないだろう」
「しかし……」
運転手を務めていた青年が言うとおり、来た時と道の様子が違う。 首をひねっているうちに、大きなお寺の前に出てしまった。
「やっぱり違うじゃないか!」
「おかしいな? どうしようか」
「道を聞けばいいだろう、そこの人に」
「人の道を説かれるような気がするな」
わいわい言いながら、4人は車を降りて寺の中に入った。 中はかなり荒れていて、人のいる気配がない。
「おいおい、いよいよホラーかよ」
「こっちは本堂だろう、人がいるのは奥の方じゃないか?」
本堂の脇を抜け裏に回ると、意外に大きな宿坊があり、明かりがついている。 一同はほっとしながら、扉を開けて声をかける。
「すみません、旅の者ですが、道に迷ってしまいまして」
「ゲームのキャラみたいだな」
「こら、騒ぐな。 迷惑だぞ」
建物の玄関で騒いでいると、奥から着物を着た女の人が現れた。 なんと、灯りに手燭を使っている。
「どちらさまですか?」
ロウソクに照らしだされたのは、整った顔だちの女性だった。 剃髪していないので、尼さんではないらしい。
「あー、すみません。 実は道に迷っていまして国道に出たいのですが」
「そうでしたか。 道はお教えできますが、迷われると危険です。 今夜はここにお泊まりなさい」
親切な申し出に、彼らは顔を見合わせた。
「どうする?」
「こういう場合、車で寝るのが当然だろう」
「遠慮はいりませんよ、どうぞ」
女性は、親しげな笑みを浮かべ彼らを招いた。
「では、折角ですから」
「あ、荷物を取ってきます」
一同は、やや浮かれた調子で宿坊を後にし、車に引き返した。
「なんか、風がでてきたな」
一人が呟いた途端、大粒の雨が降り始めた。
「わっ、こりゃ大変だ」
一同は荷物を手にすると、急いで宿坊に戻る。 わずかな距離だったが、ひどい雨の為にずぶ濡れになってしまった。 宿坊の
入り口でシャツを脱いで絞ると、垂れた水が土間に水たまりを作ってしまう。
「あらあら、これは大変。 風呂がありますから温りなさいな」
「それは在りがたいですが、宜しいのですか?」
「遠慮なさらずに、どうぞ」
そう言うと、女は彼らを風呂場に案内した。 かなり大きめの風呂で、十人ぐらいは一度に入れそうだ。
「お一人でここを?」
「いえ、他の者は奥におります。 私はここを預かっている桐葉と申します」
「桐葉さんですか。 僕は高呂木と言います。 彼は鈴虫、轡虫」
「俺は霧木栗鼠」
「まぁ、賑やかそうな方たちですね」
そう言って、桐葉はふっくらとした笑みを浮かべた。
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