第十一話 シェア

1.彼女


 薄い水色のロウソクが灯った。

 (ん?)滝は首をかしげた(二人……)

 明かりが照らし出したのは、白いシャツの少年−−おそらく高校生−−ともう一人、同じくらいの年の少女が

背後に立っている。

 (ちっ、デート帰りか?……ん?)

 滝は二人に違和感を感じ、その理由を考える。

 (デートにしちゃ……何か変だな?)

 デートしている若い二人、雰囲気はアツアツか険悪、どちらにしてもはっきりと態度や表情に出そうなものだ。 

しかし目の前の二人は、およそ表情が無い。

 (二人とも無表情……まぁ、そういう意味では仲がいいのかね? とにかく仕事と)

 「……いいねぇ、若い者は。 おじさん妬いちゃうよ」 やっかみを口の端に乗せつつ、仕事をこなす。

 (仕事……そうだ、こいつら客席に居た?)

 滝は、少年たちの顔を前座仕事の時に見たことを思い出した。 自分の物覚えの良さに気を良くした滝は、身振り

で少年に話をするよう促す。

 「うん」

 コクンと頭を垂れ、ロウソクの前に座ると、ポケットからプラスチックのケースを取り出し、ロウソクの前に置いた。 

半透明のケースの中身は、赤い錠剤だった。

 「これ」

 「これ……じゃわかんねぇなぁ」

 「面倒なんだね、おじさん」

 滝はむっとしたが、それより少年の口調が妙に平板で、あまり感情が感じられないのが気になってきていた。

 「おじさんになると、面倒になるのさ」

 合い方の志戸が、判ったような、判らないような答えを返す。

 「じゃ話すね。 僕タカシ。 後ろのはサツキ」

 背後の少女が微かに会釈する。 表情の無さは少年そっくり。

 「サツキは転校してきたんだ」

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 『サツキ シェア』

 少女は黒板にカタカナでそう書いた。 教室がどよめく。

 「すげー、ハーフだぜ」「だからなまっ白ろいのか」「だから何よ」

 勤続三十年の教師は、手を打ち鳴らして注意を引く。

 「静かに、シェアさんは……」

 「サツキです」

 少女がよく通る声で訂正し、気まずい沈黙が教室に訪れた。

 「皆さん、どうぞよろしく。 先生、私の席はどこでしょうか?」

 「そこ」 教師はあいている席を指す。 気分を害したようだ。

 こうしてサツキは、空気の読めない嫌なハーフ女と皆に認識された。


 ……おいおまえ……

 ……生意気よ!……

 ……サツキです……

 タカシは裏門から帰宅しようとして、聞き覚えのある声を聴いた。

 (……あの子だ……)

 二三度、裏門から出たり入ったりした挙句、鞄を持ったまま校舎の裏に回った。

 そして、今時珍しい典型的な学園ドラマが展開される。


 「血」

 サツキがハンカチを出し、タカシはそれをだまって受け取ると、口の端にあてた。

 現場につくと、サツキは男子二人、女子二人に絡まれていた。 余計なことと知りつつ、タカシは彼らを止めたが、

返事の代わりに拳と蹴りが飛んできた。

 「おせっかいだね」

 サツキが言い、タカシは憮然とする。 確かにおせっかいだったようだ。 なにしろ、タカシに蹴りを入れた男子は

サツキに投げ飛ばされ、もう一人の男子は掌底で倒された。 その間に二人の女子はどこかに行ってしまった。

 「そうだね、じゃ。 これは洗って返すよ」

 タカシは、そう言うと踵をかえす。 今日は厄日だったに違いない。

 「待って」

 サツキがタカシの首根っこを掴み、引き戻す。

 「お礼」

 サツキの言葉に、タカシは流石に腹を立てかけた。 が、勝てるとは思えない。 仕方なく財布を出しかける。

 「違う」

 サツキが首を振った。

 「お礼をする……から、ボクと来て」

 タカシは二三度瞬きをし、サツキを見た。 表情に乏しいが、エキセントリックな少女が自分を真剣に見ている。

 「だから逃げちゃダメ」

 タカシは、果し合いを申し込まれた様な気がした。


 「あがって」

 サツキの住まいは1DKのアパートだった。 玄関の向こうに生活感の漂う、というより生活が詰め込まれたような

部屋があった。

 「えー……お邪魔します」

 スニーカーを脱いで、クロス張りのキッチンに上がる。

 「こっち」

 サツキが居室から手招きする。 しかし、寝室兼勉強部屋にベッドと机、クローゼットが入っていれば、客が座る

余地はない。

 「そこ、座って」

 サツキがベッドを指したが、タカシは躊躇している。

 「そこは……まずいと思うけど」

 サツキはタカシを見た。

 「いいの」

 ポンとベッドを叩く。 しかたなくという感じで(内心ワクワクしながら)タカシはベッドに腰掛けた。

 「……えーと、ご両親は」

 「いない」

 速攻の答えを頭が理解するのに以外に時間がかかった。

 「ごめんなさい」

 「なにが?」

 会話が成立しない。 タカシはどうしようもなく気まずい雰囲気を感じていた。


 ……

 白い手がタカシの頬に添えられた。 サツキは、とまどうタカシの顔を自分に向けさせた。 整った顔立ちが

タカシに迫ってくる。

 「ちょっ……」

 「お礼」

 唇が触れそうになり、タカシは慌てて身を引いた。

 「ダメだよ、そんなの」

 「どうして? 女嫌い?」

 「じゃなくて、知り合ったばかり、じゃなくて好きでもない……」

 「ああ、ボクが嫌いなんだ」

 「ちがーう!」

 自分の声に驚き、タカシは口を閉じた。 その隙を狙ったかのように、サツキは顔を近づけた。

 「じゃ、何?」

 「……き、君はどうなの!」

 「?」

 「お礼!? 君、人にお礼するのにキ、キスを……」

 まくしたてるタカシの言葉に、サツキが微笑む。

 「そっか、ボクの気持ちが知りたいのか」

 タカシは、なぜか顔が赤くなってくるのを覚え、知らず知らずのうちにサツキの次の言葉を待っていた。

 「ボクは、君とシ・タ・イ」

 そしてタカシは唇を奪われた。

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