第八話 変

1.ご案内


 乳白色のロウソクが灯る。

 ロウソクの明かりは、小さな人影照らし出す。

 (おや……靄?)

 ロウソクと同じ色、乳白色の靄が人影を包み込み、その容姿を隠している。

 「あんた、ずいぶん小柄だな」 滝が尋ねた。

 シャン……

 返事の代わりに涼やかな金属の音色がした。 人影が、右手に構えていた長い杖を鳴らしたらしい。

 「汝、背丈や形で人を見して、なんとする」

 人影は、妙に甲高い声で応じた。

 「夜も遅いから、子供だとまずいんだよ。 違うならいい。 謂れを語る物があるなら、出してくれ」

 志戸が求めると、人影は杖の先を、すいと突き出してきた。 二人は杖の先に、金色の輪が幾つも着いて

いるのに気がつく。

 「錫杖? これか?」

 「先を見よ」

 見れば錫杖の先に、一枚の紙切れが突き通されている。

 「ほう、『魔よけのお札』か何かか?」

 滝は、興味津々と言った顔で紙を抜き取り、乏しい明かりに照らし出すと、色鮮やかなプリント文字が踊って

いる。

 『イメクラ カーマンダラ 豊乳、爆乳、粘体乳を取り揃え、貴方を極楽浄土から奈落の底までご案内♪』

 こめかみを押さえ、滝は言った。

 「……はじめてくれや」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 N県、鬼去里山。 日も変わろうかという刻限に、曲がりくねった山道を、四人の若者を乗せた一台の車が

走っていた。 タイヤを軋ませて蛇行し、時折センターラインを跨ぎ越す、いかにも危うい運転だった。

 「……でさー、俺は言ってやったんだよ。 『2、3回寝たら恋人か? ざけんじゃ……』てさぁ」

 「はっはー、勘違いしてるやつ、多いよなー」

 どうやら走行ラインに負けず劣らず、根性も曲がりくねっているようだ。 やがて、その車は見晴らしのいい

峠で急停車した。

 「誰だ! こんなところに峠を作った奴は!」

 「道路公団の役人か、国つくりの神様だろ」

 見当違いの悪態をつき、四人は車から降り峠から遠くを見る。 月は出ていないが、降るような星空は宝石の

様だ。

 「町の明かりが遠いなぁ」

 「おっかしいなぁ、GPSの通りに走ってきたんだが」

 「おい、これ逆さについてるぞ」

 「なに?じゃあ逆方向にきたんじゃネェか」

 地図ではあるまいし、GPSの画面が逆さについていたからと言って、逆方向に来るはずがない。

 「ちっ、ついてねぇ……おい、なに見てるんだ?」

 一人があさっての方を見ている。 その視線の先には、古ぼけた祠が建っていた

 「お地蔵さまだ……あれ、左手に何か持ってら」

 石造りのお地蔵さまだが、左手に持っているのは黄色いビニールの旗のようだ。

 「きっと『横断中』とか書いてあるぜ」

 面白半分に地蔵の手から旗を引っこ抜き、黒々と書かれた文字を読む。

 「……『死亡フラグ』」

 「は?」

 旗を持った若者が旗を広げてみせる。 確かに『死亡フラグ』と書いてある。

 「……なんか気味が悪いな」

 「へっ、どっかのガキの悪戯だろ」

 旗を持った若者は、無言で旗を振っている。 と、旗に張り付いていたのか、紙切れが一枚落ちてきた。 

旗を持っていた若者が、それを拾い上げる。

 「よせよせ、今度は『貴方の後ろに立っています』とか書いてあるんだろ」

 「風俗のピンクチラシだ……『イメクラ カーマンダラ』……」

 「へぇ?」

 ピンクチラシが、若者達の間を往復する。  

 「おー、おっぱい専門か」

 「なんだぁ、この『粘体乳』って」

 「柔らかい巨乳のoilパイズリとか?」

 「おーそうか。 話のネタに行ってみるか」

 四人は旗を振りつつ、いくべ、いくべ、と車に戻って峠の道を逆送していった。 後には旗を持ち去られた

地蔵が残るのみ。

 ……愚か者め、死亡フラグを持っていきよったわ……

 何処からか声がした。 そして峠は元の静けさに戻る。


 急ブレーキを軋ませて、車は峠道を下っていく。

 「ところで『死亡フラグ』ってなんだ」

 「あれだろ、映画とかで死人が出るパターンの」

 「そうそう、一人でシャワーを浴びるとか」  

 「一人で風呂に入るとか」

 「酔払い運転で峠道を下るとか……」

 車内に沈黙が訪れた。 次の瞬間、ヘッドライトが正面に。 そして車は崖から飛び出した。


 「……は?」

 運転席でハンドルに突っ伏していた若者が、頭を上げた。 車が止まっている。

 「おい、墨屋、黒川、闇垂!」

 「……うーん、どうした夜鍋」

 「どうしたって……ここはどこだ?」

 ヘッドライトに照らし出されているのは和風の建物、それも民家ではなく旅館か何かのような大きな建物だ。

 「崖から飛び出して……ここに着地したのか?」

 「ばか言うな」

 夜鍋は運転席から外に出た。 他の三人も続き、建物に近づく。 と、玄関に明かりが点き、玄関の脇の

立て看板にも明かりがついた。 およそ和風の旅館に似合わない毒々しいピンク色の看板にはこう書いてあった、

『イメクラ カーマンダラ』。

 「な、なんだよ、これは」

 「……」

 能天気な酔っ払いでも、この不気味さには酔いもさめる。 四人はじりじりと後ずさりをする。 すると、からからと

音を立て、旅館の玄関が開く。

 「……お客様ですか? さぁどうぞ中へ」

 色の白い、やや年のいった和服の美女−−女将が頭を下げて彼らを呼んだ。 しかし彼らは、この状況で鼻の

下を伸ばせるほど、肝が据わっている訳ではなかった。

 「いえ、俺ら、あ、いやすみません、僕らは話のネタに」

 「ばか! すいません、道に迷っただけでして、国道にはどう出れば……」

 女将は、滑るように外に出てきた。 立ち居振る舞いは、和服に慣れている様なのだが、どこかおかしい。

 (胸だ)

 四人は一斉に思った。 とても豊かな胸の持ち主のようで、胸元がひどく開いている。 そして、自然に視線が

そこにいく。

 「もう遅いですよ。 見ればお酒を召しているご様子。 お客様を相手に商売をしている身としては、お返しする

わけにはまいりません」

 女将の胸元から陽炎が立ち昇ったように見えた。 その陽炎は女将の姿を歪ませつつ、若者達を包み込んだ。

 (おっ……) (いい香り……)

 心がふわりと浮き立った。 すうっーと女将の胸元に吸い込まれていくような気がする。

 「さぁ……」 女将が招く。

 「そこまで言うのなら……」

 四人は、宙を踏むような足取りで旅館、もとい『イメクラ カーラ』の玄関を潜った。


 四人が玄関の中に消えると、残された車のカーナビが点灯した。 しかし地図が表示されるべき画面には、

文字が表示された。 ただ一言『マジステール』と。

【<<】【>>】


【第八話 変:目次】

【小説の部屋:トップ】