第六話 童

1.迷


 白いロウソクが灯る。

 ゾクリ……

 炎が灯ったのに、なぜか背筋が寒くなる。

 (氷……いや雪の白さだな)

 滝の視線はロウソクに、そして火をつけた男へと移る。

 「は?」 いぶかしげな声が漏れ、彼は私的な感想を表に出したことを恥じる。

 しかし、それも無理も無かった。 男は黄色いアノラックを着込み、厳重な防寒装備を整えていたのだ。 これから雪山に向かうと言わんばかりの格好だ。

 ふっ……

 男は息をつき、背負っていた巨大なリュックサックをおろし、無造作にロウソクの脇に置いた。

 「……」 炎に照らされた顔は若い。 二十そこそこだろう。

 (ちっ……苦労を知らない野郎が、親の稼ぎで冬山登山か。 いい気なもんだ)

 「では、貴方の体験を語って貰えますか」 滝も若者も話を始めないので、志戸が促す。

 「ぼ、僕は大学の山岳同好会に入っているんです。 この前の冬に、みんなで甍岳に登ったんですけど……」

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 ザク、ザク、ザク

 かんじきを履いた足が規則正しいリズムを刻みつ、5人の男が純白の処女地に一直接の道を引いていく。

 「リーダ、低気圧の向きが変ったらしい。 今夜遅くから荒れそうだ」

 ラジオで天気予報を聞いていた3回生が、先頭を行くリーダに告げた。

 「そうか。 三郎小屋までは行き着けるだろうが、明日以降が困るな」

 「引き返しても、陽のあるうちに麓には戻れませんね」

 若者達は前進を止め、地図をとコンパスを取り出してルートを確認する。

 「まぁ、いくか戻るかしかないが」

 「あれ?ここからそう遠くないところにも山小屋があるみたいですけど」 黄色いアノラックを着た1回生が言った。

 「なに?俺は毎年来ているが知らんぞ? なんて小屋だ」

 「えーと……マジステール小屋?」

 彼が呟くと同時に、白い突風が吹きつけてきた。

 わっ!?

 一陣の冷たい嵐が彼らを取り巻いた……


 ヒュルルルルルル……

 つむじ風の様にやってきた吹雪は、あっという間にやんだ。

 「びっくりした……あれ?」 山小屋の名を口にした1回生は、自分がただ一人で雪原の真ん中に居るのに気がついた。

 「み、みんな!? おい、冗談はやめようよ……え?」

 辺りを見回した彼は、仰天した。 白い、白以外の色が見えない。 遠くまで目を凝らしても白一色だ、頭の上を見ても白い空しか見えない。

 「こ、こんな……」

 しばし唖然としたが、すぐに思い直してコンパスを取り出した。 しかし、コンパスの針はゆっくりと回り続け、止まる気配が無い。

 「なんてことだ……おーい!!みんなぁ!!」 叫んだ声が、空しく辺りに吸い込まれる。

 「気がつかないうちに滑落したのか?……ならばここから動かずに救助を……ん?」

 何か聞こえたような気がした。 耳に手を当て、目を閉じて耳をすます。

 「……笑い声……やっぱりからかわれたのか!」

 彼は半分ほっとしながら、声の聞こえるほうに向かって歩き出した。


 キャハハハハ……

 次第に声が大きくなってくる。 が、それにつれて彼の表情が曇ってきた。

 (子供の声?そんなばかな……)

 方向どころか、歩いているところさえあやふやになりそうな白い闇、そこを彼は歩き続けた。 そしてそれを見つけた。

 「……」

 キャハハハハ キャハハハハ

 楽しそうに笑いながら、三人の幼子が雪と戯れている、裸で。

 「なんで……なんでこんな所に子供が……まさか甍岳の『雪童』……」

 彼は、甍岳のガイドブックに載っていた、ある昔話を思い出した。


 ……甍岳には山ノ神の使い、『雪童』が住んでるげな……

 ……『雪童』さ見たもんはな、神隠しに会うげな……

 ……たとえ帰れてもな、『雪童』が迎えに来るげな……


 キャハ?

 気がつくと、『雪童』がこちらを見ている、じっと見ている。

 「あ……」 彼は恐れを感じ、一歩下がる。

 ボーォ……ボボボボボボボ……ババババババ…… 

 その時、背後から風の音が聞こえてきた、次第に大きくなってくる。

 振り返ると、雪が踊り白い渦を巻き始めている。

 (吹雪!? まさかこの子達が?)

 視線を戻すと、『雪童』が無邪気に笑いながら、一歩一歩と近寄って来る。

 う……

 たじろぎながら、彼は『雪童』を観察しあることに気がつく。

 (ない……女の子だ)

 『雪童』が、彼の表情の変化を見咎めて言った。

 「……スケベ」 

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