ガールズ イン ア ボトル

Part1:遺跡ヘ


 マジステール大学、生物学科、UMA講座。

 千年一日が如くのランデルハウス・クラチウス教授の講義。

 9月になれば、評判の駄法螺でも聴こうかという新入生も加わって、一時の活況を呈していた。

 「教授!お伺いしたいことがあります」 新入生の一人が声を張り上げる。 「教授はUMAを、特に知性を持ったUMAを探しておられるとか。 

人類は地球の隅々まで到達し、月を越えて火星にすら足跡を刻もうかと言う時代です。 そんなものが見つかるとはとても思えないのですが」

 「ふむ……」教授は顎に手を当て、しばし黙った。 「そうだな……君はSETIを知っているかね?」

 「はい、地球外文明の痕跡探査だったかと」

 「うむ、それと比べるとわしの研究は見込みがないかね」

 「……そう思います」 わずかに逡巡し、学生は応えた。

 「そうか……では、一つ思考の遊びをやってみようかね。 まず地球外にも文明があり、我々の技術と知識までは到達できるとしよう」

 教授は、黒板に何かの数式を書き始めた。

 「地球46億年で人類の歴史の始まりを、4万年前のクロマニヨンの登場と定義すれば、人類の歴史は地球の歴史の10万分の一になる。 これを

文明の存在確率としよう」

 カチカチと何人かがパソコンを叩き出した。

 「銀河系の恒星の数が約2000億個……少し楽観的な数字を取ってだ、この全て地球型惑星が一つずつあり、人類が誕生して文明を築いたとすると

……今銀河系に存在している文明の数は約200万になる」

 「凄い数です」

 「うむ、だが星と星の距離はきわめて大きい。 我々の地球を一光年ほどの距離で観測したとしてだ、文明の存在どころか生命の有無すら確認できない

だろう。 つまり、今の我々の文明を基準に考えればだ、SETIで他の星の文明を確認できる可能性は相当に小さい」

 何人かが、反論しようと手を上げるのを教授が制する。

 「最初に言ったとおり、今の我々の文明レベルを前提としてだ、具体的な観測方法を挙げて反論できるかね?」

 学生達は顔を見合わせ、そして首を横に振った。


 「しかし……」 教授はダン!と音を立てて床を踏んだ。

 「この大地の上では、生命が誕生した。 我々の様に知性を持った生命体が生まれると言う奇跡も起こった」

 教授は手を広げた。

 「脳髄の大きさだけを考えても、象やイルカ等、人間と遜色ない生物もいる。 我々は地球の全てを知り尽くした訳ではない」

 教授は教室を見渡す。

 「何よりも、知性は生物が環境の変化に大して生き延びる為の最大の武器だ。 この地球に我々の知らない知的生物が生まれ、今もどこかで生きている……

荒唐無稽な話だと思うかね?」

 教室は静まり返り、誰も応えない。 納得したわけではなさそうだが。

 「わしは、人と違う生き物と話しをしてみたい。 その思いを実現するために学者となった。 そして、もっとも確率の高い道を選んだ、そう思っておるよ」

 教授はもう一度教室を見渡し、机の水差しからコップに水を注いで飲んだ。

 「さて、今回私とコットン君は、マジステール大学日本校の考古学部、吉貝教授と一緒に、中東のある国の遺跡調査に向かった」

 「専攻が違うのでは?」

 「うむ、研究予算の関係でな、合同調査と言う事になったのだ」
 
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 一台のジープが、熱砂を巻き上げて乾燥した谷を走っている。

 何時間もジープに揺られ、コットン助手はほとほと閉口していた。

 「教授、遺跡はまだ先なんですか」

 「いや、もういくらもあるまい……おお見えてきた」

 コットン助手はランデルハウス教授の指した方向に目を凝らす。 しかし、谷の分岐点にそそり立つ岩山が見えるだけだ。

 「何も見えませんが……」

 「遺跡はあの岩山に開いた洞窟の中なのだよ」


 岩山の前でジープが止まると、ぽっかりと開いた洞窟の中から、眼鏡をかけた東洋人の小男が出てきた。

 男は不機嫌そうな顔で、ランデルハウス教授と握手する。

 「畑違いの所にでしゃばるのも大概にしてほしいものだな、え?ランデルハウンス大先生」

 「別にあんたに会いに来た訳ではないよ、吉貝教授」 ランデルハウス教授も不愉快そうだ。「わしは、この辺りに伝わる『蜘蛛の女王』の伝説をだな……」

 「馬鹿かあんたは。 おとぎ話を元にして、現実の遺跡を調べようってのか」

 二人が殴りあいになる前に、コットン助手と現地の作業スタッフが割って入った。


 「これが遺跡の平面図だ」 吉貝教授がジープのボンネットに図面を広げて説明する。

 「洞窟は『T』字型をしていて、縦と横の棒が交わる所に出口が開いている」

 「すると、玄室は縦棒の奥か?」

 「そうだ。 奥には細かな模様の彫られた『石棺』が安置してあってた。 もう運び出したがね」

 「何?」 ランデルハウス教授が目を剥いた。 「発見されて一週間しか立っておらんのだぞ。 なんて乱暴なことを」

 「ここいらの住民にくらべりゃましだ」 ふんと鼻を鳴らす吉貝教授。

 「どういう意味だね」

 「ここは数ヵ月後にはダムの底に沈むことになっていて、そのための地質調査で偶然発見されたんだがな。 発見した連中が、動かせるものはみんな持ち出し、

どこかに売り払いおった」

 「……」

 「残っていたのは、動かすには重過ぎる『石棺』だけだったというわけさ」

 「どんなものが持ち出されたのか、判っているのか?」

 「さてな、赤いガラスでできた悪魔の像を見たなんて奴もいるらしいが……」

 吉貝教授は悔しそうに顔を歪めた。

 「ま、そういう訳だから、調べるものなんか残ってないぞ」

 ランデルハウス教授は、吉貝教授のあまりの態度にあきれ返った。

 (これではただの墓泥棒ではないか)

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