ライム物語

プロローグ(1)


苦き香り、背徳の汗、そして怠惰なる悪魔の願い… 彼女はそこから生まれた、恐るべき破壊の権化の生贄として。

しかし、狡猾なる白き悪魔が囁いた 「逃げよ」と…

そして最初の生き物が彼女の前に現れた。

彼女は始まりの知恵と力を手に入れ、悪魔の小船に乗って逃げ出した。

これが歴史の始まりである。

そして歳月は流れた。


若者は身を捩った。 彼の両腕は頭の上に掲げられ、そこで黒き戒めに捕らえられている。

視線を正面に向ければ白い人影…それは彼自身。 あさましき姿を虜囚自身に見せ付けるかのように、大きな鏡が

壁に据え付けられている。

たくましい…と言うには少々たるみのある肉体、その背後にわだかまる闇が映し出されている。

ヒト… 無駄にすね毛の多い足に冷たい感触。 闇そのものから生まれたような黒い手が彼の足に触っている。 

そしてそれに続く黒い形…

(女…) 滑るような光沢を持った黒い女、その頭から胸に掛けてが目に入った。

彼の足に縋りつくようにして昇ってくる。 目指しているのは…

ピト… おぅ…

冷たく、柔らかい手が彼の股間に下がるものに触れた。 それがフルフルと震えながらじわりと包み込んできた。

その絶妙な動きが欲望の根源を刺激する。

はぁー…はぁー… 若者の呼吸が荒くなり、男自身が固く熱くたぎり始めた。

ヌフフフゥ… 女はねっとりとした声で笑うと、豊かな胸を震わせて若者の下腹に抱きついた。

フニュ… ニュルゥゥゥゥ… 女の胸の谷間が男自身を挟み込んだ、と思った途端二つの丘がすり合わせるように動き

出した。女の両手は彼の腰に回されているのにである。

そして、女の胴らしきものが彼の足の間でうねり、太ももから下腹に掛けてをヌメヌメした皮膚で擽っている。

(すげぇ…やっぱりこいつが噂の…おうっ…) 

若者の思考が途切れた。女が口で若者のものを咥えたのだ。

だが、普通のそれとは感触が違う。 女の口の中には2つ、いや3つ、いやいや無数の舌があるのだろうか。

カリに、筋に、背に、鈴口に、冷たい無数のナメクジが吸い付き、這い回るような感触。

皺の一つ一つを広げては先でそこを撫で、くぼみがあれば潜り込んでうねる。

男根に備わった全ての感覚器を余す事無く刺激するその動きは、この世のものとは思えない。

そして同時に股間が冷えていくような感覚… その冷たい触手が熱を奪って若者をいかせまいとしているのか。

クク… 冷たくて心地よいであろ… 背後の闇が囁いた。 ねっとりと粘りつくような女の声だ。

「ああ…」 合意ともため息ともつかないものが若者の口から漏れる。

簡単にいってはつまらないであろ… 冷やして、ねぶって… 我が愛撫に酔いしれるが良いぞ… 

「ああ…もっと…上も…」 男が喘ぐような口調で言った。

「さらなる快楽には…さらなる代償を…」 別な声が彼の耳に届いた。

声のしたほうに目をやると、そこには茶色いフード付きのマントを被った女が…車椅子に座っていた。

彼は、この女にこの魔境に連れて来られたのを思い出した。

「払う…代償は…だから…あう…」

背後から新たな黒い女が現われ、彼を背後から抱きしめた。 形の良い乳房がフルフルと背中に心地よい。

高くつくぞえ… ゆるりと楽しむが良い…

声は女のさらに背後の闇から、いや闇そのものがしゃべっている。

男を愛撫する二つの女体、そして男を拘束している戒め…黒い触手は全てこの闇のような塊から生えていた。

この闇の名は『マダム・ブラック』…人を惑わし、魂を操る漆黒のスライム女。


ああっ…あああっ… 若者が喘ぐ。

下半身に取り付いた女体は、口で男を捕らえたまま、両手を尻に這わせて体をゆっくりとうねらせる。

そして背後から抱きついてきた女体…その胸がべったりと背中に張り付いて、ズルリズルリと上下させながら、

口で耳を咥え、細く伸ばした舌を耳朶に這わせる。

舌が耳の穴に侵入すると、濡れた音が耳いっぱいに広がって頭の中で反響する。

黒き魔性の爛れた愛撫に若者はただ酔いしれるのみだった。


ふふふ… そろそろ逝かせてあげましょうか…

ヒクヒク震える若者の体がじわじわとマダムの本体に引き寄せられていく。

蠢くマダムの本体に縦にスリットが現われた。 フニフニ震えながら、それは大きな女陰の形になる。

さぁ… 入れてあげましょうぞ…

マダムは、若者の下半身を下の女体ごと自分の中に迎え入れた。

「あ!ああっ!」

若者のへそから下がズッポリとマダムに呑み込まれた。 両手は解放されたがこれでは身動きが出来ない。

ズリュュ… ズリリュュュ… うぁ…ぁぁぁぁぁ…

若者の下半身にうねって吸い付くゼラチン質の襞、滑って流れるのは愛液なのかマダムの一部か。

そして2つの女体は若者の上半身に縋りつき、甘くソフトな愛撫と美しい姿で、グロテスクな下半身を隠す。

絶妙な淫戯で若者を心を虜にする。

「ううう…くる…いくぅ…」 搾り出すような声と共に、熱い痺れが若者の下半身に溢れた。

全ての精を出しつくすかのような勢いで男根が心地よく脈うつ。

それに合わせて、マダムの中も強く弱く、激しく優しくと動きを変える。

若者は少し暖かくなったマダムの中で心地よい虚脱感に浸る。

ふふふ… お主の精…確かに頂いたぞ… マダムの満足気な声が部屋に響いた。


「5?…」 

「最初の話だと3だろ。2つになったからって倍ってことはないだろ?割引ってものが…」

部屋の外で『マントの女』と若者が交渉する声を聞きながら、マダムは窓から夕日を眺めていた。

古ぼけたアルミサッシから差し込む西日が、うらぶれた四畳半の部屋を橙にに染めている。

扉が開いて、『マントの女』が車椅子で玄関から上がってくる。

「マダム…いえ、お母様、すみません5万円に値切られました」すまなさそうな『マントの女』

「アクエリア」マダムは、本体に座らせた形の女体で『マントの女』…アクエリアを見た。「しかたありませんね…今月の

稼ぎはどうです?」

「は」アクエリアはどこからか電卓を取り出して、ポチポチと弾く「今月分は…まだあと50万ほど不足かと」

マダムはため息をついた。「お客を集める方法でもあれば良いのですが」

「お母様…やっぱり広告をだしては…」アクエリアが提案するがマダムは首を横に振った。

「我らのやっていることは人にとって忌み嫌われること…これが公になれば…」マダムは辺りを見回した「やっと帰還

がかなった我らが聖地、『コーポ・コポ』からも石もて追われることでしょう」

アクエリアは黙って頭を下げた。


『マダム・ブラック』…彼女はここ、水神町コーポ・コポで生を受け、そして逃げ出した。

数年間の遍歴の後、彼女はここに戻ってきた。 己が生きる理由、それを聞くために『創造主』に会いたくなったのだ。

しかし、彼女の創造主はもうここには居なかった。

落胆した彼女がこの部屋の押入れで見つけたもの、それは『可塑性擬似生命体素材試作10号』と書かれた幾つか

の紙袋と使い方だった。

彼女は生きる理由を見つけた。

彼女は試行錯誤の末、5人の娘を生み出した。

アルテミス、スカーレット、アクエリア、ライム、プロティーナ。 

家族となった彼女達には『家』が必要だった。

幸い…と言ってよいかどうか判らないが、老朽化が激しいコーポ・コポは取り壊し寸前であり、捨て値で売りに出てい

たものを買い取ることに成功し、マダム一家はその支払いに追われていると言うわけであった。


「我らは人ならざるもの…すなわち『人外』」重々しくマダムは言った。「我らに安住の地はここ以外にはありません」

「は」

「『人外』であるがゆえ…」マダムは遠い目をする「部屋は借りられず、給金は値切られ、石を投げられ、犬には吼えられ、

あまつさえ税金を取っておきながら行政サービスは受けられぬ等とぬかしおった!」

「お、お母様」アクエリアがやたらに具体的なマダムの怒りを押さえる。「落ち着いてくださいませ」

「おお、ごめんなさい。つい昔を思い出して」彼女は相当に苦労してきたようである。


”お母さま、アクエリア” 部屋の中に鈴を振るような玲瓏とした声が響いた ”スカーレットとプロティーナが…慌ててい

るようですが?”

途端にドアが音を立てて開いた。 そこに居たのは…小ぶりな雪ダルマのような物体だった。 但し色が違う。 上の

玉が透き通るような赤で、下の玉が健康的なベイベーピンクだった。

シャー!! シャー!! 赤い玉が鋭い音を立てる。

プップップッ…プロプロプロプロッ!! ピンクの玉が震えた。

「スカーレット。プロティーナ」マダムがたしなめる様に口調で言った「少し落ち着きなさい。だからお前達は中々人間

語が話せないのですよ…ライムはどうしました?」

シャー!! 赤い玉、スカーレットが一枚の紙を差し出し、アクエリアがそれを受け取る。

「お、お母さま!」アクエリアは紙を見るなり叫んだ「何が書いてあるか判りませんわ」

マダムとスカーレットがこけた。

「どれかしてみなさい」マダムは紙を受け取った「ライムの字…だと思うけど… スカーレット、ライムの文字の練習帳を

とっておいで」

言われた赤い玉がピンクの玉の上から転がり落ち、シャーシャー言いながら走り去った。

彼女達がライムの練習帳と手紙(?)を照合し、内容が判読できたのは夜も大分ふけての事だった。


「えーと…『オかあさま。おせわになりました。ライムか…』へ?…『は』?…ああそうね。『ライムはひとりたちします、

きと』…『きっとにんげんのうえにたつそんざいとなってみせます』…ふぅ」

マダムは大きく息をはいた。 それからはっと顔を上げる。

「た、大変!!ライムが家出した!」

「ええー!」 シャー! プププッ! 大騒ぎするスライム娘達。 そこに冷静な声が響く。

”落ち着いてみんな。お母様”

「おお、アルテミス。どうしたら良いでしょう」

”ライムを捜しましょう”

シャー! プロプロプロッ!! 合点承知といわんばかりの勢いで、ピンクの玉、プロティーナがスカーレットをのせた

まま転がっていく。

「これ、お前達が行っても…ああ行ってしまった」マダムが呆然と見送る。

「お母様、ご心配なく。 私が参ります」そう行ってアクエリアが車椅子を滑らせて出て行った。

「アクエリアー…階段に気をつけて…」

あっれぇー!!… ガチャンガャガチャ… 悲鳴と金属音が廊下の向こうから聞こえてきた。

思わず顔を覆ったマダムは窓から外を見た。

ぴょこぴょこ跳ねて遠ざかるピンクと赤い玉、それを車椅子で追うマントの女。

「ふぅ…」不安そうなため息を吐くマダム。 しかし彼女はここを動けない。 

今の彼女は体積が大きすぎて、動きが鈍く、外を出歩くのはかなりの危険が伴うのだ。

”お母さま。私も参ります”

「アルテミス?」マダムは振り返った。「良いのか、お前は…」

部屋の中にぼうっと人影が浮かび上がった。

しばらくもやもやとしていたそれは、やがてはっきりとした形になる。

白いスーツにハンドバッグ、ハイヒール…どこから見ても普通の人間の女の姿だ。

”これならば怪しまれないかと…”

そう言うと、女…アルテミスは滑るように部屋を出て行った。

「だといいのですが…」マダムはアルテミスを透し、向こうの壁が見えるのを見て呟いた。


その夜、水神町は跳ね回る謎の球体、後を追ってくる車椅子のマント女、話しかけてくる女の幽霊で大騒ぎとなった。

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「マダムブラック」:『ピンクの小悪魔ミスティ』がコーヒーゼリーを作ろうとし、誤って『可塑性擬似生命体素材試作10号』を

混ぜてしまった為に生み出された生命体。

決まった外見を持たず、スライム娘、またはスライム女に分類される。

人間と性交渉を行う事で、相手の知識、能力をコピーでき、同時に精気と呼ばれる活動力を吸収できるる。

また、性交渉の相手をその後で操ることができる。 彼女達はこれを『洗脳』と呼んでいる。

マダムブラックの『洗脳』力は一度に10人、10日程度まで有効。 但し、一度洗脳状態にすると自然に戻るまで解除

できない。 このため、性交後必ず相手を『洗脳』状態にすることはしない。

マダム・ブラックの体積は8立方mあり、粘性が高く、内部骨格なしで人型を作り出せる。

一度に数体の人型を作り、制御できるが、分離は出来ない。

性格は『肝っ玉お母さん』

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