王子とスーチャン

プロローグ


 O県I島。 日本の中でも南端に位置する平和なこの島に、悪魔達の影が現れていた……


 太陽の光が溢れるI島の砂浜の一角、そこにパラソルを立てビーチベッドを並べて日光浴をする三人の人影があった。

 三人三色の肌の色が、やたらに人目を引いている。

 「うむ、やはりバカンスとは南の島で行うものだ」

 ビーチベットにグラマラスな黒い肢体を晒した、アフロヘアのブラックビューティが呟いた。

 「まるで人間の意見ではないか。 我らは悪魔の眷属、人間どもの心胆を寒からしめるような言葉を選べんのか」

 と官能的な白い肢体を晒す、プラチナブロンドのクールビューティが絡む。

 「まぁまぁ、ボンバーちゃんも、ブロンディちゃんも。 バカンス中はお休みなんだから、難しい事を考えるのはやめようよぉ」

 と、発育不良気味の……

 「何か言った?」

 あーいや、発展途上のピンク色の『ぼでぃ』を晒した、一部受けしそうな少女が宥める。

 「え?え?」

 ピンク色の少女は、腕組みをして考え込んでいる。 普段から頭を使わないから、間接的物言いをされると、褒められて

いるのか、けなされているのか、判断がつかないのだ。 そもそも労働をしていない悪魔がバカンスなど、とんでもない話で……

 「じゃっかましいやぃ! 悪魔がバカンスしてどこが悪いっちゅうんじゃい!」

 
 I島の浜辺で騒いでいる三人は、小悪魔ミスティとその相棒ブロンディ&ボンバーだった。 つい最近、『赤い悪魔の像』事件

として知られる騒動が発生し、その解決にミスティ(正確にはミスティの中で繁殖したインフルエンザ・ウィルス)が貢献した。 

そのミスティが『風邪が治っていない、療養に行く』と言い出し、すったもんだの挙句、I島に行くことになったのだった。


 さて、騒ぐミスティを横目で見ていたボンバーは、視線を上に向け、パラソルに書かれた広告の文字を裏から読む。

 「南国の味、マジステール・ジュース……。 ふむ、南国とはどういう味がするものかな?」

 「甘いんじゃない? ほら、太陽の卵とか言う果物があったでしょ」 

 「それはマンゴーだ」 

 ミスティに混ぜっ返し、ボンバーはもう一度視線を上に向けた。 椰子の梢の辺りに、異様に大きな『椰子の実』がついている。

 「あれか?……『椰子の実』か。 順番から行くと、『水陸両用』ではなかったのか?」

 「この間の『バオバブ』に参加できなかったから、バリエーションの『トロピカルタイプ』をモノにするんだって♪」

 「理屈がよく判らんが……まぁ、向上心が高いのは良いことなのだろう」

 ボンバーとミスティが、意味不明の会話を交わしていた間に、その『椰子』に異変が起きようとしていた。

 ピーッ!!

 突然『椰子』が大声で泣いた、と思ったら、子供程の大きさの巨大な『椰子の実』が、三人の前に落ちてきた。 『椰子の実』は

地面に落ちるや否や、半透明のライトグリーンに変色し、溶ける様に形を変える。

 「スーチャン!? どうしたの!?」


 『椰子の実』は10才ぐらいの緑色の女の子に姿を変え、ミスティに抱きついてピーピーと泣き声をあげている。 この子は

『スーチャン』という名で、ミスティの使い魔のである。 もともとはスライム状の生き物だが、今の様に人型になったり、植物に

化けることができる。 さっきまでは、『椰子の実』に化けていたと言う訳だ。


 「ブロンディ、あれはなんだ?」 

 ボンバーが指差したのは、『椰子』から降りてきた黒い物体だった。 固そうな殻で覆われ、凶悪そうな爪を振りたてている。

 「あれは……地上最強の甲殻類……ヤシガニ」

 「ほう、『最強』とな」

 ゆらりとボンバーが立ち上がる。 どうやら『最強』という言葉に興味をそそられたらしい。 その間に、ヤシガニは『椰子』から

飛び降り、ミスティとスーチャンに正対し、盛んに鋏を振りたてている。 


 ヤシガニA氏は困惑していた。 彼は日常生活の一環として、椰子の木に登り食事をしようとしていたのだ(※1)。 ところが、

彼の『ごはん』が泣き出し、あろう事か逃げてしまったのだ。 それは彼の理解を超えた出来事であった。

 "カーニィ……? カンニン"

 とりあえず、挨拶のつもりで鋏を振り上げる。


 「うぬぬぬぬ! こら、このカニ!」

 「カニではない、『ヤシガニ』だ。 それに、そいつはヤドカリの仲間だ」

 「こら、ヤドカリのヤシガニ! よくもミスティのスーチャンにひどい事を!」

 ミスティは、ヤシガニに指を突きつけ、彼の行いを糾弾した。 


 "カーニィ……? カニッ!"

 ヤシガニA氏は、ピンク色の生き物が自分とコミュニケーションをとろうとしていると感じた。 かの生き物は、突起を彼に

差し出している。 ヤシガニA氏は、『これに触れよ』との意思表示だと解釈し、それに応える事にした。


 「あだーっ、あだだだだだだ!」

 ミスティは、ヤシガニに指を挟まれ飛び回った。(※2)

 「こやつ、我らに戦いを挑むか」

 ボンバーは、拳を固め、ファイティングポーズをとる。

 「地上最強……相手にとって不足はない」

 フットワークを使い、ヤシガニとの距離を詰めていく。


 "カニッ!?"

 ヤシガニA氏は、黒色の生き物が自分と戦おうとしている事を感じ取った。 彼も野生の生き物、挑戦されたからには……

とっとと逃げだすに限る。 ところが黒色の生き物は、すばやく彼の退路を塞いでくる。 こうなれば戦うしかない。 彼は

反撃にでた。


 ドカッ!

 鈍い音がして、ボンバーが仰け反った。 ヤシガニ必殺のボディアタックが、ボンバーの顎にきまったのだ。 スローモーションで

倒れていくボンバー。

 「わー! ボンバーちゃんがやられた!」

 ミスティが慌てふためいていると、今度はブロンディが流れるような動作で立ち上がった。

 「情けないな、ボンバー。 このような下等な生き物に、悪魔の眷属が敗れるなど」

 冷笑するブロンディにボンバーがやり返す。

 「……あててっ。 なら、お前がやれよブロンディ。 結構強いぞ」

 「ふっ」

 ブロンディは鼻で笑うと、手近にあった薪を拾い上げ、ヤシガニに迫っていく。

 「おい、素手(素鋏?)の相手に武器を使うのか?」

 「愚かな。 かような下等生物を退治するのに、何を遠慮する事がある? ボンバー、ミスティ、お前達も手を貸せ」

 「うわー、ミスティちゃん、ど卑怯」

 「うーむ、一理あるような、無いような」

 首をひねりつつも、ミスティ、ボンバーも薪を拾い、ヤシガニを包囲した。


 ”カニッ!?”

 ヤシガニA氏は、自分が追い詰められた事を悟った。 三対一で相手は武器を手にしている。 自分に勝ち目は無い。 

覚悟を決めた彼は、ヤシガニ族伝承の戦の踊り『ヤシガニダンス』を踊り、最後まで戦い抜く事をヤシガニの神に誓う。


 チャチャンチャチャンチャン♪ チャチャンチャチャンチャン♪ チャチャンチャチャンチャン♪ チャンチャンチャン♪

 「おや、恐怖におかしくなったか? それとも許しを請うているのか? 愚かな」

 冷笑するブロンディ。 しかし、その笑いが凍りついた。

 チャチャンチャチャンチャン♪ チャチャンチャチャンチャン♪ チャチャンチャチャンチャン♪ チャンチャンチャン♪

 背後から、そっくり同じメロディが聞こえて来た……それも複数。 三人はそーっと振り向いた。

 「あー……」

 予想通り、彼女達の背後にヤシガニがずらりと並び、『ヤシガニダンス』を踊っている。 その数、ざっと50。

 「ブロンディ?」「ブロンディちゃん?」

 ボンバーとミスティがブロンディを見つめる。 

 ブロンディは、くいっと背をそらしてヤシガニたちを見つめ、口元に笑みを浮かべた。

 「愚かな下等生物め。 多数で少数を襲うとは、誇りというものを知らんらしい」

 『お前がそれを言うか!』

 ミスティとボンバーが声を揃え、それを合図にヤシガニ達が突進して来た。

 ”カニーィ!”

 平和な島の静かな浜辺に、今、戦いの嵐が吹き荒れようとしていた……


 南海に夕日が沈む頃、ようやく戦いに決着がついた。

 チャチャンチャチャンチャン♪ チャチャンチャチャンチャン♪ チャチャンチャチャンチャン♪ チャンチャンチャン♪

 全身に鋏の後を残し、とぼとぼ去っていくミスティ一党を、勝利の『ヤシガニダンス』で見送るヤシガニ達の姿がそこにあった。

 「月夜の晩だけだと思うなよー!」

 中指を突き立てて、捨て台詞を残すミスティ。 その彼女達を、椰子の木陰から見つめる異形の影があった。

 ”あの娘ならば……王子を……”

 (※1) 実際には、ヤシガニが『木登り』する事は確認されていません。 また雑食性で、椰子の実が主食という訳でもありません。
 (※2) 大変危険な行為です、真似をしてはいけません。

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