パイパイパー

1.巡視達の災難(1)


 こことは別の場所、別の時、人の住む世界があった。

 人は文字通り『自分の力』で大地を耕し、日々の糧を得て生きていた。

 いずれは知恵あるものが天地の力を操る術を見いだし、この世界に一時の繁栄、『宴』をもたらのすかも知れない。

 ……ひょっとすると、『宴』は終わってしまったのかもしれないが。


 人の影が、背丈と変わらぬ長さになる刻限。 人々は自分の、あるいは他人の物……と勝手に決めた土地、『畑』を

掘り返し、自分たちの食べ物を作る作業に余念がない。

 人の数だけ食い物が必要となれば、動けるものは皆働く。 さもないと、たちまち飢えてしまう。 だから人は、歩けるよう

になれば何がしかの労働に従事する。

 住居が集まる場所、人々はそれを『村』と呼ぶ。 その村と畑をつなぐ細い道を、『ウースィ』と呼ばれる角のある獣が車を

引いて進んでいた。

 ホーレィ♪、ペシッ、ンモォー

 ホーレィ♪、ペシッ、ンモォー

 ウ−スィの後ろを歩いている少年が、手にした鞭でその尻を叩いて歩を進めさせていた。 彼にとっては、日常の仕事の

一つだった。

 「ホー……あれ?」

 ンモ……モゥ?

 少年の手が止まり、『鞭が来るなぁー』と思っていたウースィが、間合いを外されて戸惑い鳴き声を上げる。

 「おんや、ババだ」

 彼の進む方向から、人を乗せた『ババ』と呼ばれる獣がやって来る。 ババは一頭だけだが、その前後に数人の男女が

歩いていた。 村でもババは飼っているが、向こうから来るババは村のものではない。

 「なんだろなぁ」

 少年は興味を覚えながら、ウースィと車を道の端に寄せる。 『ババ』に乗れるのは『威張れる』人だから、道を譲らないと

いけない、そういうことになっていた。

 「えと、取りあえず頭下げくんだったな」

 少年が頭を下げて待っていると、ババの前を歩いている男女の声が聞こえてきた。 何か買い物の品の真贋を話している

ようだ。


 「そのソフィアって女から『オーサの黄金』を買った? 偽物だろう、シタール」

 「蜂蜜のまがい物を扱えば重罪よ。 偉い人のご用達ですもの」

 「高価だからな……お、子供がいる。 書記官殿、道を尋ねますか?」

 ババの前を歩いていた男が、ババに乗っている人物に振り返って尋ねた。

 「お願いします」

 男は小走りで少年に近づき、道を尋ねる。

 「坊主、俺はタ・カークと言う。 ミトラの書記官の護衛をしているのだが、パイパー村はこの道で間違いないか?」

 少年は顔を上げた。

 「ああ、教会の人ですか。 村はこの先ですだが……パイパーって何ですか?」

 「この先の村はパイパー村じゃないのか?」

 「おら達は、村って呼ぶだよ」

 タ・カークと少年がかみ合わない会話を続けているうちに、ババに乗った書記官と他の者も、その場にやってきていた。

 「タ・カーク。 その子は自分の村から出たことがないので、村の名前をまだ知らないのではないですか」

 「そういうもんですか?」

 書記官は、ババから降り(正確には落ちて)、少年に道を尋ねた。

 「君、村長さんか教会の人の名を知っているかね」

 「村長さん? ああ、ゴー・ツックさんの事だか」

 「ゴー・ツック村長なら間違いないですね」

 書記官は、護衛の者たちに押し上げられるようにしてババに戻り、少年に礼を言って村の方に去っていく。

 「はぁ、あれが『巡視』だか。 初めて見ただ」

  
 『ミトラ』は、この世界の宗教の一つであり、同時に一種の教育機関の役割を担っていた。 人々の暮らしに直結する

さまざまな情報を集め、提供する。 『巡視』とは情報収集の一環で、ミトラの保有する情報にない現象、植物、獣……

そして魔物が報告された場合に書記官が派遣されてくることを意味していた。


 「ときにタ・カーク」 ババの上から書記官が尋ねる。

 「はい?」

 「貴方達は見たことがないのですね? 『白いウースィ女』に」

 「ええ」 タ・カークはババの前を歩きながら答える。

 「『ウースィ女』ってのは『ミノスの娘』とも……おっと、書記官殿の方が詳しかったですね」

 「かまいません、あなたの好きなように話してください。 その方が話しやすいでしょう」

 「そうですか。 では、『ウースィ女』は、まがった角の生えた、がっしりした体格の魔物で力が強い。 しかし力が強いと

いっても、せいぜい二人力で、しかも女の魔物。 一対一ならともかく、こっちの数が多けりゃまず遅れをとるような相手

ではありませんね」

 「ふむ」

 「で、概ね巨乳……シタール、睨むなよ……肌の色は褐色から黒色、まれに白黒のブチもいるそうですが、俺は白黒の

奴は見たことないですね。 まして真っ白となると……」

 「ふーむ」

 「しかし、珍しいかもしれませんが、色の違いが重要なんですか?」

 「判りませんが……」 書記官は口ごもり、続けた。 「色が違うということは、『ウースィ女』とは別の魔物である可能性も

あるかと……」

 その言葉に一行の足が止まる。

 「別の? まさか『知られずの魔物』じゃねぇよな」

 口を開いたのは、ずっと黙って後ろを歩いていた体格のいい男で、ドドットと名乗っていた。 『知られずの魔物』とは、ミトラ

教会に情報がない魔物を指す。

 「『知られずの魔物』はやばいぜ」

 「判っています」 書記官は応えた 「だから、確認に行くのです」

 護衛たちは不安そうに顔を見合わせていたが、タ・カークが「まぁ、調べに行くだけで、退治するわけじゃないから」と言うと、

「それもそうだ」ということになり、一行は村を目指して再び歩き始めた。


 「……」

 ババに揺られていた書記官は、ふと思い出してふところから書付を取り出した。 出立前に貰った呪いで、旅の安全を祈る

もの……のはずだったが。

 「あ? 『貸証文:金1000 担保:クリスタルの鉢 期日 1周期 マジステール金融』……しまった借金の預かり証じゃないか」

 旅の先行きが怪しくなってきた。

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