ザ・マミ
第五章 イッツ・ショウ・タイム(4)
ヤッター!ヤッター!
「ヤッター!」
『みたか!わははははは!!』
大喜びするスライムタン&スーチャンに、拡声機で高笑いするミスティ。 しかし、エミはミスティの横顔を見つめながら尋ねた。
「一つ聞きたいんだけど……確か『知性』を使い果たしたときは知恵熱で寝込むといっていたわよね? 『運』の場合はどうなるの?」
「えーとね……確か今までの幸運の分、一度に不幸がね……」
「ああ、なるほど……」 エミは、ミスティの左頬のイエータトゥーが薄れて消えていくのを見て、すーっとミスティから離れる。
「?」 キョトンとした表情のミスティ。 その頭に何かが落ちてきた。
コーン 「べっ!?」 それは、ほどけきったガムテープの芯だった。
ココーン 「べべっ!?」
ココココココーン バサバサバサッ……
固いガムテープの芯が、連続してミスティを直撃し、ふらふらになったミスティに、トドメとばかりにほどけたガムテープが束になって降り
注いだ。
モガ? モガガガガッ!?
ミスティは『MKU』そっくりのガムテープの塊になって、スライムタンの上から滑り落ちた。
ミュー!?
スライムタンが、ミスティを慌てて巨大ツリーの枝で受け止め、そっと地上に落ろす。 すぐにボンバーとブロンディがやってく来た。
「これもミイラ取りがミイラになったと言うのか?」 とボンバー。
「さてな、ベタ……いや、ベタベタか……」 とプロンディ。
つまらない洒落を言いつつ、二人はミスティの救出に取り掛かった。
「あっちはあの二人に任せるか……スライムタン、野次馬をモールで威嚇、サーチライトで目くらましかけて」
リョーカイ、サー、ソージューキ。
「それはやめてって……」
エミは『MKU』のそばに着地した、茶色い塊が弱々しく動いている。 ふと、エミは『魔包帯』に哀れみを覚えた。
(何千年も主を復活させるために待ち続け……こんな馬鹿馬鹿しい最後を迎える……さぞ無念でしょうね)
タッタッタッタッ…… セーラー服の上に、ハーフコートを着た麻美が走ってきた。
「やっ……やっとついた」 荒い息を吐いて、アスファルトにへたり込む。
「遅い! もう終わったわよ」
エミは無情に言い放った。 鋏を使って『MKU』を包んだガムテープを切り開いている。
「そ、そんな……何もできなかったなんて」
うな垂れる麻美の肩をにエミが叩く。
「貴方がいなければ、マンションで立ち往生していたわ。 さあ手伝って。 『魔包帯』を袋詰めにしないと」
エミはどこからか鋏と黒いポリ袋を取りだして、麻美に渡す。 二人は手分けして、ガムテープごと『魔包帯』を切り開き、ポリ袋に詰め込
んでいく。
その間にブロンディとボンバーは、ミスティを救出するとさっさと撤退してしまった。
「エミ!奴はどうした!?」 川上刑事が駆けてきた。
「これよ」 エミは『魔包帯』を剥ぎ取られた『依代』を示した。 最初の『ザ・マミ』にそっくりな褐色の肌をした裸の女が横たわっている。
「信じられん……これが呪いの力なのか」
「呪いは解けたわ。 『ザ・マミ』は現れない……二度と。 この人は病院に運んでちょうだい」
「そうか……」
ほっとした様子で、肩の力を抜く川上刑事。 しかしまた難しい顔になり、隣の巨大ツリーを見上げる。
「で、これは? この騒ぎはどう収集をつけるんだ?」
「……」 ため息をつくエミの横で、スライムタンこと巨大ツリーがモールを振り回し、サーチライトで野次馬やパトカーを照らして牽制して
いた。
「川の字の奴、様子を見てくるとか言っていたが、戻ってこないじゃないか」
「我々も行きますか?」
「パトカーが必要になるかもしれんだろう……おっ?」
巨大ツリーの動きが変わった。 サーチライトとオーナメントの明かりを消し、モールを体に巻きつける。 そして……
ズーン ズズーン……
「動き出した……」
「何処に行くんでしょう……ひょっとして北極に帰るとか?」
「追うぞ。 これだけの騒ぎを起こしたんだ、取調べが必要だ」
「えっ!」 谷鑑識課員は、目を丸くして山之辺刑事を見た。 脳裏にその光景が浮かぶ。
−− 取調室でクリスマスツリーと向かい合わせ座る山之辺刑事。 ペンで机を叩きつつ、尋問を始める。
−− 「ネタは上がっているなんだ!」 黙秘するクリスマスツリー。
−− 「カツ丼食うか?」 静かに佇むクリスマスツリー。
−− 「お前にも母親がいるだろう……」 ピクリとも動かないクリスマスツリー
−− 山之辺の様子を伺う警察幹部たち・ 痛ましそうな視線を送り、指で頭を指して手を広げる。 やがて救急車のサイレンが聞こえ
てきて……
「何考えてる」 険悪な表情で山之辺刑事が谷鑑識課員を見た。 「よく見えなかったが、あの上で騒いでた奴らがいたろう、あいつら
から事情を聞くんだよ」
「あ、ああ、そうですね」
谷鑑識課員は、笑ってごまかしながら、運転席に座る。
会話の間に、巨大ツリーはビルの間の路地に入っていった。 ツリーのほとんどはビルで見えなくなるが、『ベツレヘムの星』の辺りが
ビルの上に突き出している。
「あんなでかいもの、見失うわけが……おおっ?」
どすんと言う感じで、ツリーの先端が低くなった。 下の方が一段、抜けたような感じだ。 と、また一段、さらに一段とどんどん低くなり、
ついにビルの間に『ベツレヘムの星』が消えた。
「な、なんだぁ?」
谷鑑識課員は唖然とし、慌ててギアを入れる。
パトカーが急発進し、巨大ツリーを追って路地に飛び込んだ。 路地を走りぬけ、大通りに並行して走るビジネス街に出る。 しかしそこ
にはツリーの影も形も無い。
「ばかな?……おい、だれかいないか?」
こちらの通りには、人の背丈ほどの街路樹がずらりと並び、クリスマスらしく飾り付けがしてあるものの、大通りと違って人影はない。
と、シャッターの降りたビルの玄関口に、サンタの格好をした人物が座っている。
「サンドイッチマンか?……おう、おっさん!すまねえが今ここにク……いや、何かこう変なものが来なかったか?」
ホ? 顔が見えなくなるほどの髭を蓄えたサンタは、考え込む様子になった。 そして、ポンと手を打って大通りと反対のほうを指差す。
「おうそうか!ありがとよ!」 山之辺が礼を言い。 パトカーが走り去る。
ホッホッホッー サンタは笑いながら手を振った……
パトカーが見えなくなると、サンタは立ち上がった。
「行ったわね」 女の声で言い、髭をはずす。 サンタはエミだった。
ミュー サンタの帽子にパチリと目が開いた。 サンタ服はスライムタン・リーダーが化けていたのだ。
「よーし、ではスライムタンズ&スーチャン集合!」
ミュー ミュー ミュー ミュー……
人の背丈ほどの街路樹が、ズボズボズボと立ち上がり。 サンタ=エミを先頭にして並んだ。
「撤収ー」 ピッピッピッと警笛を吹いて、小走りに去っていくサンタ=エミ。
ミッミッミッミッ…… その後を、ツリーに化けたスライムタンズが一列になってついて行く。
テッテッテッテッ…… 最後に、スーチャン=ミニツリーがテテテテテッとついて行く。
「なんなんだい……ありゃ」
目を丸くしてクリスマスツリーの行列を見送ったホームレスのA氏は、思わず飲んでいたポケットウィスキーのラベルを確認した。
、顔を上げたときには、もうスライムタンズは影も形も見えなかった。 彼は、クリスマスの夜空に向かってボトルを掲げる。
「メリー・クリスマス……」
さて……この物語はこれで締めくくり……ではなかった。
「あなた、もっともっとぉぉぉぉ」
「お前、どうしたんだ、こんな積極的にぃぃぃ……」
夜の生活に励む、ごく普通の夫婦を狙う魔性の影達……
ガン! ガン!
金属的なひどい音がして、夫婦は布団の上に気絶した。 その二人にエミ歩み寄る、フライパンと『コロコロ』(掃除用の粘着ローラ)を
持って。
「あー、やっぱり『魔包帯』の糸くずにやられているわ……予想外に散ってたのね」
『コロコロ』で裸の女の体から、『魔包帯』の繊維を取り除き、『魔包帯』が付着しているらしいショーツを引っぺがす。
ブーッブーッ!! 携帯が鳴った。
『エミちゃん♪パトカーが来たみたい♪』
「ちょ! 早過ぎ! 逃げて!」
『りょーかい♪』
走り去るバイク。 窓から飛びだし、夜空に消えるエミ。
直後、サイレンを鳴らしてパトカーがやって来た。
「今度は下着強盗だと! いったいどこのどいつだぁぁ!」 夜空に吼える山之辺刑事、
(エミの……嘘つき……) 腹の中で愚痴る川上刑事。
酔天宮署の警官たちに安息の日が訪れるのは、まだ先の事らしい。
<ミスティ・4 【ザ・マミ】 終>
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