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30. そして結末は


(よかった…)心の中でエミは呟いて、『鏡』を見つめた。 其処に映る自分の姿には角も翼もない。『人』であった時の

自分の姿なのだ。

それが何を意味するのか彼女にも判らない。 ただこの『鏡』を失ってはならない、肌身離してはいけない…そんな

気がしていた。


「あーあ…壊れちゃった♪」能天気な声が彼女を現実に引き戻した。

振り向いたエミがミスティを睨む。 ミスティは壊れた携帯をプラプラ振りながらこちらを見ている。

「…どういうつもり!」詰問するエミ。

「ぬふ♪」小悪魔然とした笑いをみせるミスティ「まだ未練があるのかな〜人の心に…なんて。エミちゃん♪」

(…とぼけた奴…やっと名前を…あ!)はっとするエミ。

なぜ、『鏡』が暖炉の上に…しかもこちらを向けて置かれていたのか…なによりあの絶妙のタイミング…

じっとミスティを見つめ…次に『鏡』をちらりと見やった。 偶然『鏡』に映るミスティが目に入る。

(!?)驚くエミ。 そこにはミスティではなく、ひどいあばた顔の、悲しそうな目をした子供が映っていたのだ。

慌てて目を上げ、また『鏡』を見る。 今度はちゃんとピンク色の小悪魔が映っている。

(今のは…いったい…)『鏡』とミスティを交互に見ながら考え込むエミ。 


「どーしたの?」ミスティの声に顔を上げるエミ。 あっけらかんとした表情のミスティが其処にいた。 しかし、ミスティを

見つめるエミの表情は険しい。

(見た目どおりじゃない…其処が知れない)強い警戒心が巻き起こる。

「貴方とは…もう会わないほうがよさそうね」ミスティに背を向け、そのまま庭に出ようとするエミ。


グッ… ドテッ!! 「あ痛ぁ!」 エミは尻尾をミスティにつかまれて、顔面からリビングの床に倒れ込んだ。

「何するのよ!」怒鳴るエミにミスティは「ねぇ、おくって♪」

「は?」ミスティは壊れた携帯をしめす「迎えが呼べなくなっちゃった」

呆れるエミ。 「…仕方がないわね。私が電話してあげるわよ、番号は?」「携帯が記憶してた♪」

能天気な回答に、額を押さえるエミ。

「…歩いて駅まで行きなさい」エミはそう言いながら、倒れている美囲の財布を取り何枚かの万札を抜いて渡す。

(悪党…)

「オゥ、私ィ日本ノ地図ゥ読メマセン〜住所モ知リマセン〜」おかしなアクセントで胸を張るミスティ。 ちゃかりお金は

受け取ってリュックにしまっているが。(極悪…)

「…」無言で出て行こうとするエミにミスティが声をかける「置いてっていったらお巡りさんに言いつけるから♪」

「ついて来なさい…」疲れたように言うエミに嬉しそうにミスティが駆け寄ってくる。


「わぉ♪」歓声をあげるミスティ。

「ちょっと動かないで!」エミが文句を言う。「落ちるわよ!」

車で送ることも考えたが、一台なくなって他の場所においてあれば警察が不審に思うかもしれない。 途中で検問に

引っかかる事もありうる。

結局エミがミスティを抱えて飛ぶことになった。 

しかし、エミは人(小悪魔)一人抱えて飛ぶのは初めてだった。 不安はあったが歩いて行くわけにも行かない。 もの

はためしとやってみると、まちがっても軽いとは言わないが結構飛べる。

ところが、空が白みかけて辺りが見え始めると、ミスティがやたらにはしゃぐのでバランスが取りにくくなってきた。


「いい加減に…」

ガン! ドガン!! 派手な音を立てて二人が何かに衝突した。

『ヨガ行者』の像となって地面に落ちる二人。

「あ痛…」「何よこれは!」自分達がぶつかった金属製の塀のようなものを見上げる二人。 それは田舎の線路の

沿線によく立てられている看板であった。 

そこにはこう書いてあった。


『仲良きことは美しき哉』


「…」 ガン!看板を蹴飛ばし、つま先を抱えて辺りを飛び跳ねるミスティ。

エミは腕組みをして、やっぱりここに置いていこうかと真剣に考える。

「あはは♪失敗失敗♪」頭をかくミスティに背を向け、エミはミスティのリュックを探っている。 そして彼女が振り向い

た時、その手には『緊縛!悪魔のハンモック』が握られていた。

「!?」穏やからならぬ気配を感じ逃げ出そうとするミスティ。 しかし、エミが一瞬早く『ハンモック』で彼女を絡め取っ

た。


「ふえーん…」「荷物はだまっとれ」 縦横に紐がかけられ、また『荷造り』されたミスティをぶらさげて、エミは漆黒の翼を

広げて空を行く。

ヒラリヒラリ… ミスティにくくりつけられた一枚の札が風に揺れる。 其処にはこうあった 

『クロコウモリの宅配便 内容物:小悪魔一匹 送付先:… 危険物に付き取り扱い注意』

(ここで手を離すのが正解かもしれない) 遠方の山々が『影絵』から『景色』に戻っていくのを眺めながらため息をつく

エミ。

自分達の時間は終わる。 ここから先は人の時間だ。 急がないと…

…スギノキー… 誰かが別れを告げる声がした…


陽が高く昇ってから、ようやくログハウスに警察が到着した。

其処で彼らは、転がる酒瓶と立ち込めるアルコールの匂いの中で無様に倒れる7人の男を発見した。

しかし、彼らが手配中の鶴組長達だと確認されたのは2日後になってからだった。

手配写真と風貌が全く違っていたうえに、皆ひどく衰弱していて口を聞けない有様だったからである。

しかも、回復してから彼らから得られた証言は「悪魔が…」「コウモリが…」「ワラビもちの化け物…」とうわ言(たわ言

とも言う)ばかりであり、弁護士に「被告は精神に異常をきたしており…」という逃げを打たせる格好の材料を提供する

ことになる。

なお、現場で押収された物品のうち『壊れたピンクの携帯』は容疑者の所有物として警察で保管される事となった。


「頭いたーい…」頭を押さえて寝ているミスティの頭にボンバーが氷嚢を乗せる。

「普段から頭を使わないからだ。これでもやってみるか」とブロンディが差し出した小学生の算数のドリルを恨めしげに

見るミスティ。

「何か忘れて…あっ!ゼリーは?…」跳ね起きて、頭を抱えて倒れるミスティ

ボンバーは肩をすくめてコーヒーゼリーを買いに行く。 逃げ出したりしないものを…

そしてミスティこれから三日三晩、頭痛で寝込む事になる。


「…」ベッドに横になり、『鏡』を見つめるエミ。 其処に映る自分は人であった時そのまま… ふと疑問がわく

(これに…角や羽が映るようになった時…私は完全に人でなくなるのかしら…)

恐れはない。 ただ疑問があるだけだ。 ふと、もう一人の事を思い出した。

(ミスティ…何者なの…)

答えの出ようはずのない疑問… やがて、彼女は寝息を立て始めた。


「…」学校の屋上で夕日を見つめる少年。 彼の腕には女物の皮のブレスレットが巻き付いている。

下を見れば、新聞社やTV局の自動車が何台も通り過ぎる。

「…うん…」一つ頷く少年。 彼は都会の学校を受験することを決意した。


そして時は流れ…エミとミスティは真夏に発生した『連続ミイラ事件』で連絡を取り合うこととなる。


−−数ヵ月後:エミのマンション−−


ふぅ… エミはベッドに腰掛けてTVをつけた。 深夜なのだがエアコンは全開。 今はさすがに男よりもビールがうまい…

『先日発生しましたミネラル・ウォータへの毒物混入事件に関して、警察は金銭目的ではなく愉快犯との見方を強め…』

プツッ… スイッチを切る。 エミが起した事件だが、目論見どおりの展開になっているようだ。

(これで、『水魔』入りのミネラル・ウォータは回収されるわね…でもミスティから情報を入手したのはまずかったかな…)

少し後悔するエミ。

(最初にあの子と会った時…変な感じがした直後から騒ぎに巻き込まれたのよねぇ…)

ツ…ッ… 頭に『何か』を感じる。

(そうこんな風に…!)

はっとして顔を上げるエミ。 方向を見定めようかとするかのように頭を巡らす。

(近い!窓の外!?)

気がつけば、曇りガラスが緑色に染まっている。 窓の向こうに緑色の何かがいる。

(まさか『水魔』…な訳が…)

窓を開ければ…強い木の香りと木の枝。

「…なんだ…? 変ね?」

この窓はマンションの駐車場に面している、近くに木は生えていない。

首を傾げると、風もないのに木の枝…杉の木のが揺れた。

…スギノキー… 

「…うそ…」唖然とするエミ。「あ…あなた…ここで何を!…しているのよぉ…」大声を出しかけ、途中から囁き声に変

わるエミ。

…ミュ…ミュミュュ…ミュミュュ…

「え?…退屈になったから遊びに来た!?」

…ミュー… 杉の木の枝が上にしなる。 胸を張ったつもりらしい。

「…どうやってここを…」エミは、はっとした。 さっきから感じていたこの感じは…「リンクが完全には切れていない!?

 これを辿って来たのねぇ!」

頭を抱えるエミ。 窓から下を見れば駐車場のど真ん中に杉の木がでんと生えているように見える。 このままでは騒

ぎになるのは確実だ。 引っ越すのは簡単だが、これが着いて来れば同じことだ。

「やっと『水魔』が片付いたのに…やっばりミスティに連絡をとったからかしら」すっかり疫病神扱いである。

「ミスティ…」顔を上げるエミ。 

「そうだ、私の問題でなくせばいいのよね…」


…スギノキー!!…

大きな枝を手のように上げて挨拶する杉の木をぽかんと口を開けて見上げるミスティと、平然としているボンバーと

ブロンディ。

実はエミが『これ』をここに連れて来て、「ここで待っていれば遊び相手が来るから」と言い含めて無責任にも帰ってし

まったのだ。

そんな事とは知らないミスティは、『杉の木』が自分を訪ねてきたものと思ったようだ。

「ふむ、立派な枝ぶりだな」とボンバー

「うむ、しかしこのアパートには少々不似合いなようだが」とブロンディ。

裏庭というにはあまりにも小さな猫の額ほどの地面、其処からにょっきりと『杉の木』が生えているのだ。 思いっきり

不自然。 第一昨日まではそんなものはなかったのだ。

「さて、どうするミスティ」ブロンディが言う。

ミスティの表情が『驚き』から『思案』にそして変わり、そして…

「命名『スライムタン』!」

…ミャンミャー!! スライムタンー!!… 気に入ったようである。

ボンバーとブロンディは顔を見合わせた。

「飼うつもりらしい」

「…さて、動く『杉の木』の世話ははじめてだが…」そう言いながら、どこから持ってきたのか『植木屋』と背中に染め抜

かれた印半纏をボンバーがまとい、アフロの頭に鉢巻をする。 妙に似合っている。

「クリスマスまでには『樅の木』…いえ『クリスマツツリー』を覚えてね♪」無邪気に言うミスティ。

…モミノキー!クリスマスー!… 

こうして、ミスティは新しい使い魔を手に入れた。


『判定:…かくして悪魔とサキュバスは協力して悪人一味を退治した、ご褒美としてパーティの仲間が増えた…いいの

だろうかこれで…』

<ミスティ・3 終>

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