記念切手

1.臨時郵便局


20XX年、夏、午前10時。きつくなり始めた日差しの中、中年の男が一人歩いている。

「もう少し記念切手の企画を考慮して欲しいものだな…」
彼の趣味は、切手の収集。今日は、『日本の警察:第3集 京都府警』」の発行日であった。
”どう考えても『外れ切手』…まあ、こういう人気がなさそうな切手の方が、後で希少価値が出るかもな…”
淡い期待を抱きつつ、暑い中を出かけてきたのであった。

近道をしようとマンションの角を曲がると、見慣れぬプレハブの建物が建っていた。
「おや?昨日は空き地だったはずだが?」
看板をみると『日本郵政公社:凸凹町 臨時出張郵便局』とある。
「ふむ?ま、いいか。此処で買えればよし、駄目なら先まで行けばいいだろう」
そう呟いて、男はプレハブの中に入る。
良く見れば、看板の下の方、『局』の字の下に小さく『う・そ♪』と書いてあったのに気がついたかも知れないが…

中には窓口が1つだけあり、女の郵便局員が座っている。
室内なのに帽子を目深に被っていて、顔が良く見えない。
”接客担当なのに失礼だな。おまけに何だ、顔中ピンクに染めて…まあ最近は珍しくないけど…”
彼は窓口に行って「すみません、本日発行の記念切手『日本の警察:第3集 京都府警』はまだありますか?」と尋ねる。
郵便局員が顔を上げる。かなり若く、『美しい』より『可愛い』という形容詞がふさわしい。
目じりの下に星型のタトゥーまで入れてるのに気がつく。

「御免なさーい♪。只今、切らしてまーす♪」楽しそうに言う郵便局員。
男はその態度にムッとして「そうですか、ではまたきます」と言い捨てて出て行こうとする。
「お待ちくださーい♪別の記念切手は如何でしょうかー♪」郵便局員が引き止める。
「別の?今日発行の切手は他にはなかったとはずですが?」不審そうに聞く。
「はーい♪、突然決まりました『マジステール祭記念:第一集:悪魔の誘惑切手』は如何でしょうか♪」
「な、なんですかそのセンスのないネーミングは?」
今度は、郵便局員がムッとするが、直ぐに、笑顔を取り戻す。少々ぎこちないが。
「大きなお世話でございまーす♪…こちらになりまーす♪」
彼女は、ドンと束になった切手シートらしき物を取り出し、カウンターの上に置く。

一枚をとって見せる。男の目が点になる。
「…これが…切手?」
見たようなアイドルが、大胆なポーズをきめている。
一つがA4サイズのそれは、ヌードグラビアにしか見えなかった。
「はーい♪ちゃんとミシン目も入っていますし、料金も印刷してありますよ♪」
アイドルの部分だけミシン目が走り、バラバラにして切手として使えるようになっている。しかし…
「そういう問題では…ぶっ…」別の一枚をとって、驚く。ヘアヌードだ。
「こ、こ、こ、こんな切手があるか!」
「お客さん、最近はこのぐらい刺激的でないと受けませんよー♪」
「切手で受けてどうする!…ぶわっ!」さらにもう一枚をみて、目が飛び出る。
股を広げた女性が、女陰を指で開いて見せつけているではないか。
「わ、わ、わ、猥褻物…ちょっと、こんな物を売っては…」
「あ、大丈夫ですー♪これは、出版物ではなく切手ですからー♪」
「そ、そうか?」首をひねる男。(当然嘘です。なんと言おうが、猥褻物を印刷して売れば罪になるはずです。多分。)

「お客さん、見たところ通でしょう♪。こんな物他では売っていませんよー♪」
「それはそうだろうが…うーん…珍しいというより非常識…で幾らぐらいだね?」
「大サービスで、1枚2,000円のシートが50枚1セットで10万円となっておりますー♪」
「高い…バラで売ってくれ、気にいった物だけにしたい」
「だめですー♪セット販売のみとなっております♪」
「そこを何とか」
「だめです♪」
「そう言わずに」
「お客さん♪」
「ん」
女郵便局員が、男の目を見据える。
「目を見てくださいー♪」「?」

女郵便局員の瞳に渦巻きが現れる。
「あ、そーれ♪、目玉がぐ〜る、ぐ〜る…脳みそく〜る、く〜る…〜♪貴方はこれが欲しくな〜る♪是非とも…」
「お、あああ…」男の頭の中が、白くなる…

気がついたとき、男は空になった財布と、猥褻切手シートの束を持って通りをとぼとぼ歩いていた。
我に返り、先ほどの臨時郵便局に急いで戻るが…ない。
「そんな…ばかな」呆然とする男。
首をひねり、新手のサギ、いや押し売りかなどと考えつつ家に帰っていく。

男が立ち去ると、空き地に一瞬霞がかかり、遠近感が無くなる…空き地に見えたのは写真のシートだ。
いつの間にか、幕のような写真のシートが、プレハブの正面に立てられていた。
古典的な仕掛けだ…しかし、よく見れば気づきそうなものだが?
写真シートを持ち上げ、二人の女が現れた。身長は二人とも2m近く、グラマラスな体つきの美人で、日本人ではない。
一人は、赤い皮のライダースーツを着たブロンドの白人、もう一人は黒い皮のライダースーツをきたアフロヘアーの黒人である。
「全く…ミスティの奴、仕掛けに懲りすぎなんだよ」黒人が愚痴る。
赤「まあ、遊びと思って付き合おう。あの切手が使えるなら、あたしらの役にも立つかも知れないし」
黒「大丈夫か?ミスティの作る物は3回に1回は爆発するぞ」不審そうに黒人が言う。
赤「あの切手はミレーヌが作ったらしいから、その心配はない」
黒「魔女ミレーヌ?日本に来てるのか?あいつは苦手だ、人間のくせにミスティより得体が知れん」
赤「だから魔女なんだろう。どこかで、魔道具の店を開くらしい。『妖品店』だと」
黒「ふん、他の悪魔との契約履行の為だろうよ、剣呑な話だ」

プレハブの入り口から、話題の主が声を掛ける。
「おーい♪、ブロンディ、ボンバー、アジトに戻るよー♪ボンバーは『配達』をお願い♪」
2人は肩をすくめて、シートを巻き上げ片付けていく。

ほどなくして、金髪白人−ブロンディは大排気量のアメリカン・バイクの後ろに女郵便局員…小悪魔ミスティを乗せて走りさる。
そして、黒人−ボンバーは、こちらはヨーロピアン・バイクで表通りに出て、さっきの男の後をつけ始めた。


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